第13話 図書館で

「魔導書には呪文が書いてあります。その呪文の効果を発揮するには魔力が必要です。これはガジェットや魔法を使用するのと同じ運用なので、日々の訓練に加えて、呪文も読み込んでいきましょう」


 読書と同じですね。司書さんは魔導書について噛み砕いて教えてくれた。

 魔導書については姫昏にきけとイリスさんも支部長もいってくれた。図書館には通うつもりだったから、ラッキーかなあって思ったりして。


(なんて、思った私が甘かった)


 魔導書は読むと頭がクラクラする。呪文は短いのに、一文字を追うのにも時間がかかる。こんな経験は初めてで、図書館の椅子の上で脂汗をかいたほどだ。


「集中すればすらすら入ってきますよ。没入フルダイブといいましてね、慣れれば簡単です」

「それって司書さんたちの技じゃないの?」

「戦技官ができてもいいじゃないですか。攻撃のきかない魔導書も存在しますので、できて損はありませんよ」


 集中ならもうしているのに、ちっとも頭に入ってこない。


「疲れてるのかなあ」


 クロードを取り逃してから毎日の自主訓練とは別に、イリスさんと実戦訓練をするようになった。一対一の組み手をやれと支部長に叱られたらしい。

 そういう生活が一週間くらい続いているけど、まだ実感できる成果はない。


「それもあるでしょうけど、フルダイブにはコツがありましてね」

「本当?」


 司書さんは「仲良くなることです」と言う。


「何事にも意味があって、なぜそれが記されているのか、どういう意図なのか、それを理解してあげるんです。理解を深めていくこと、それはつまり友人関係のようなものですので」


 わかりやすいようなそうでないような。司書さんへの理解は置いておくとして、ともかく読まなきゃ始まらない。


「災禍を、めっする、導き……えーと、ひか、光……」

「あ、不完全なままの詠唱は暴発する危険性がありますから——」


 勇気の蝶番の周囲に光球が発生した。


時を知らぬ我が身の息吹ウィンディ! 『風が吹くときブリッグズ』を!」


 光球は司書さんに発射され、その寸前にキラキラとした風がそれを防ぎ、さらには消し飛ばしてしまった。確かに何かと衝突したのに音も衝撃もなく、図書館は静かなままだった。


「ご、ごめん司書さん! 大丈夫だった? 平気? どこか怪我は」


 彼は額の汗を拭い、しかし嬉しそうに肩を揺する。


「威力はなかなかですが、まだ不安定ですね。申し訳ないが、私はとても興奮しました」

「え? なにに?」

「あなたの魔法を見れたこと。それと、まあ、見れたことが嬉しいのです」


 濁した先になにがあるのか。さ、好奇心の出番ですよ。

 私の態度で察したのか、また汗を拭うそぶりをした。言わなきゃしつこいだろうなあって顔してるけど、正解だよ司書さん。


「今ですね、私はとっさに呪文を使いましたよね」

「うん。すっごく早かった」


 光球が現れた瞬間には、もう魔導書があった気がする。


「それがですね、嬉しかったのです。私はまだこれくらいならできるんだなあと、昔とった杵柄というか、そんなところです」

「司書さんは二等栞尉なんだっけ。みんなそれくらいできるの?」


 彼はあまり協会の話をしない。私が知っているのは、全てイリスさんや支部長の又聞きで、あの人たちは姫昏はすごいぞくらいにしか教えてくれない。


「どうでしょうか。もともとは二等栞佐だったので、同階級の人たちなら平気でやりますけども」


 栞佐? それって、すごく、偉い人?


「あの、栞佐ってさ」


 言ってしまった、なんて顔を白くしている。好奇心を宥めようとしても口からぽろっとこぼれてしまう。


「戦技官でいうところの中佐ってことだよね! 司書さんってそんなに偉い人だったんだ」

「あー、偉くはありませんよ。それに、降格処分を受けていますからね」


 色々あったんです。と汗する表情に若干の陰りを浮かべた。しゅんしているような感じで、私の好奇心もそれに応じて小さくなった。


「色々かあ。でも、イリスさんたちは姫昏はすごいって」

「あなたに嘘はつきたくないのですが」


 なんて前置きしているけど、結構やってるよ。


「どうも自慢話になりかねないと思いまして」

「聴きたいなあ」

「言いふらさないでくださいよ。あなたの上司や私の上司に」

「もちろん」


 そんなことはしないけど、事実かどうかの確認はしたい。その時は、誰にも言わないでくださいって伝えるから大丈夫だよね?


「私は十六で協会のことを知りました。生まれはこの街ですが、やはり蝶番のような事件に遭遇したのです」


 それから司書になるための勉強をしたのです、あなたと境遇は似ているかもしれません。そう言う司書さんは、懐かしさに少しだけ目を細めた。


「二十歳を過ぎたあたりでウィンディと出会いました。あの当時のミドルレインは危険な街でして、レベル5が月に一冊は現れて、いやあ寝る暇もないくらいに出動していました」


 それは激務を超えた修羅場だろう。想像したくもないけど、司書さんは妙に穏やかに語る。


「ここが自慢になりそうで怖いのですが、協会でレベル5を最も多く読み伏せしたのは私なんです。蔵書に収めた数も」


 もし本当なら、凄過ぎて言葉が出てこない。クロードだってレベル4を数冊なのに、こののほほんとした人が、なんだか失礼な言い方だけど、人は見かけによらないって本当なんだ。


「疑ってるわけじゃないけどさ」

「あはは。いえ、疑り深さも必要ですよ。あなたには経験とそれが足りないかもしれません」

「じゃあさ、ちょっとだけレベル5を見せてくれたりする?」

「ふふ、そのうち見せる機会もあるでしょう。なるべくなら使わない方がいいんですけどね」


 昔話はこの辺にしましょう。そう言って時計に目をやった。いつの間にか閉館時間だった。


「そうだ、書評会はどうでしたか」


 見送られる際、司書さんは「じゃあね」の後に一言だけ付け加える。気をつけてください、とか無理やり捻り出してる時もあるけど、今回は失念していたことを思い出したみたいだ。


「とても好評でした。今度は推理ものにしたいんだけど、なにがいいかな」

「探しておきます」


 気をつけて帰ってくださいね、と語調も軽やかだ。実は文芸部のみんなには私に司書さんという強い後ろ盾があることを黙っている。司書さんの方からそうしてくれと頼まれている。もし頼まれていなくても、私はそれをしなかっただろう。みんなには申し訳ないけど、この図書館にまつわるものは、私だけの秘事にしたい。


(なんで秘密にしたいのかな)


 すぐに答えは出なかった。でも、明確にする気はない。

 

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