第2話 《真白》悪夢





世の中の女たちは、未知のイキモノ、としか形容できない。



「見て! 顕家様よっっ!!」


「あ~! 今日も素敵~!!」



甲高い声が、きゃいきゃい鳴って、脳に突き刺さる騒音へと姿を変える。


今日も朝から嫌な気分にさせられた。


参内するたびに、こんな風に騒ぎ立てられ、不意に足を止めれば御簾の内から手が伸びて、袂に強引に文をねじ込まれる。


だから俺は縁のギリギリを歩くようにして、手が届かないようにしている。


でも諦めないのか、俺に向かって文を投げてくるのは本当にやめてほしい。



一連の【いやがらせ】を思い返すと、どんどん腹が立って仕方なくなる。


女の考えることも、その行動も全く理解できない。


俺の考えを凌駕して、突拍子もなくて怖くなる。



「みんな消えろ……」



ぶつぶつと呪いの言葉を唱える。


周囲に聞こえないほどの小声で呟きながら考えごとをしていたせいか、周囲がおろそかになっていた。


気づいた時には、飛んできた白い文が頭に当たる。


軽い衝撃に、一気に怒りが頂点に達する。



駄目だ。


落ち着け。



怒鳴ったところであいつらはなぜか喜ぶだけ。



気にも留めない、何も反応しないのが、最善。


そう言い聞かせて、怒りを何とか収めようと深呼吸する。


駄目だ、苛立ちがおさまらない。


冷静に、冷静に……。


「顕家様~! こっち向いて!」


「文、読んでくださーい!」



無言でいたら、甘ったるいあいつらの声がさらに大きくなる。


本当に煩い。



ああ、もう嫌だ。


一人にしてくれ。



苛立ちが収まらなくなる。



全部振り切って駆け出したくなる――。



「――くん?」



女なんて理解できる日がくるとは思えない。


俺が誰に恋をするだなんて――。




「真白くんっ!!」




突然呼ばれて目を開けると、心配そうに覗き込む見慣れた顔があった。


驚いて、そのまま目を見張って固まっていたけれど、俺の反応なんてどうでもいいと言うように、大きく胸を撫で下ろした。



「……よかった。うなされていたのよ? 大丈夫?」



「う、うなされてた?」



尋ねると、不安げにこくりと頷く。



「ええ。すごく辛そうだったけれど、嫌な夢でも見た?」


「あ、ああ……、ちょっとだけ……」



あれは夢か。


夢と言っても、実際に俺が体験した過去。



でも、【今】じゃない――。


今、雛鶴がいる――。



そう思ったら、体から力が抜ける。


ああ、よかった。夢で。


それに、目が覚めて初めに見た顔がこいつで――。



ちらりと目線を上げると、目があって、にこりと笑ってくれた。


その姿を見て、胸が大きく弾む。



苛立ちが嘘のように引いて行って、あとに残ったのは、胸に灯ったあたたかい感情だけ。



「大丈夫よ。夢は夢だから、心配しないで」




夢は夢。

でもあれは実際にあった、過去。



俺が女嫌いになった原因。



口に出そうかと思ったけれど、やめた。


別に俺が女からきゃあきゃあ言われていたのが不快だった、なんて言っても、雛鶴はきっと笑い飛ばす。


でもそうしてくれたら、【あれは些細なこと】だったと思えるのかもしれない。



雛鶴が笑ってくれたら、俺はもう……――。



「! 真白くん!?」



その細くて華奢な手に、自分の手をそっと重ねると、雛鶴は驚いたように体を強張らせた。



「……ちょっと、怖い夢、見たから、少しだけ……」



少しだけ、このままで。


心配してくれるのを良い事に、その優しさに付け込んでいく。


傍にいると自覚すると、触れたくてたまらなくなる。


もっと近くに行きたくて、仕方なくなる。




でも雛鶴は、大塔宮様のもの。




ぎゅっと唇を噛み締める。



切なさが、俺の心を壊していく。



あの女たちも、こんな感じだったのかな?


毎日山のように届く恋文を、全部読まずに捨てたけれど、もしかしたら俺と同じように、こんな狂ってしまいそうなほどの感情を持て余して筆をとっていたのかもしれない。

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