決闘代理のメイドたち
瀬戸内ジャクソン
コロシアム・а
砂塵舞うコロシアムで、ふたりのメイドが対峙している。
片や、瀟洒にして長身、銀縁眼鏡をかけたインテリ風のメイド。
片や、齢二桁になったばかりという雰囲気の、着せられてる感ばりばりなメイド。
それぞれがクラシカルなエプロンドレスを纏い……肩口まで伸びた黒髪を毛先から辿れば、頭頂には白いフリル付きのカチューシャ……そして獣じみた耳が立っている。
インテリ風のメイドは、どこか鋭利さのある三角形の獣耳で、狼や狐を想わせる。他方はどう見ても狩られる側、ゆるく半折れした兎耳だ。
人外のメイドたちは、どこか達観した面持ちで、それぞれの得物を手に睨み合う。
「まさかデッキブラシとは……斯様に半端な得物でよろしいのですか?」
インテリ狼メイドが、太い鎖をじゃらりと手にして尋ねる。鎖の両端には金属製の錘がくっ付いており、流星錘と呼ばれる武具であると判る。
「いっちばん使い慣れてるからね~~だってメイドさんだし」
ちび兎(うさ)メイドはあっけらかんとして、デッキブラシを槍よろしく構える。
「……皮肉でしょうか」
「よくわかんない」
「貴女はできないタイプでしたね」
インテリ狼メイドが嘆息したところで、決闘(デュエル)開始を告げる銅鑼が高らかに鳴る。歓声に沸くコロシアムの客席では、せり出すようにして等間隔にノボリが立ち、決闘する両陣営の――主人の御名がはためいている。眼鏡越しにじっと見つめ、呼吸を整えて。
「行きます」
先に動いたのはインテリ狼である。細い腕からは信じがたいトルクで、流星錘は初速から最大回転を発揮する。空を切る双流星が穏やかならぬ音を奏で、砂塵を吹き飛ばす。
攻防一体の無敵状態で跳び――射程に入ったと見るや、片側の錘を投擲する。遠心力によりパワー増し増し、直撃すればタダでは済まない。
直撃すれば、の話である。
「おっとお!」
デッキブラシを抱いて軽やか踊るように躱す、ちび兎。――想定内、と冷静な表情でインテリ狼は鎖を引く。角度をつけて俊敏に引き戻された錘は、ちび兎を追尾して今度こそヒットさせる。初撃ほどの威力はなくデッキブラシの柄で受けられた。
(折れない。樫製かしら)
狼の追撃は続く。手元で回転していたもう一つの錘が放たれ、インテリ狼メイドは蛇使いのように双流星を制御する。
受ければ武器破壊と思われたが、
「むんっ!」
ちび兎メイドは曲芸めいた回避をみせる。デッキブラシを立てて柄先で逆立ちしたのだ。
代償に、エプロンドレスのスカートがめくれてドロワーズが露わ……めくれすぎて彼女の視界まで妨げてしまう。
(ドジな娘……最初に会ったときから)
あらためて流星錘が放たれる。絶体絶命のピンチに、ぴくりと獲物の兎耳が動く。
次の刹那、雑技団めいた目隠し倒立状態から、ちび兎メイドは逆袈裟にデッキブラシを振り抜いた。流星錘は――そういう球技であるかのごとく――打ち返され、あさっての方向へ。
(耳で察知した? 目赤の聴力っ!)
錘の一方をホームランされ、インテリ狼メイドは武器の制御が利かなくなる。
その間隙を縫って、兎が駆け出していた。狼から逃げるべく? 否、狼のほうへ間合いを一気に詰めていく。デッキブラシを大きく振りかぶって。
「たのしいねっ!」
頬を紅潮させ、狂気を孕まぬストレートな眼差しで、ちび兎メイドが叫ぶ。
どうして? どうしてそんな純粋さで臨めるの? 主人の〝代理として〟命を賭ける、血なまぐさい決闘にっ……どうして。インテリ狼メイドは唇を噛む。
愛らしいライバルの勇姿を瞳に映し、謎のきらめきに溺れながら。
彼女の背後にある、知らない物語へと想いを馳せる――。
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