三月五日・初日
小・中学校の頃から台所に立っていた私は、主婦でもない独学家庭内料理人としては、そこそこ料理上手な方だと自負している。元から、料理をするのは嫌ではない。近年ではクック☆ッド先生という優れたアドバイザーもいる上、人生において周囲に病人が絶えず、挙句の果てに介護職になって長く、栄養的知識も増えた為、割とお役立ちの家庭内料理人であると思う。
それにも拘らず、何故自分のお弁当を作るのが嫌なのか───理由は二つある。
一つは、前書きで述べた通り、超人的に・驚異的に・ありえない程に朝が苦手だからだ。これはおそらく長年の不眠症と無関係ではないだろうが、不眠症になる前から苦手だったことは間違いない。過去、幾つの目覚まし時計を寝惚けて破壊したか、全く覚えていないほどだ。
二つ目は、二十代後半の頃、やはり倹約目的で簡単なお弁当を作っていたことがあった。その事始めに我が母は、「自分で作っていきなさいね。わたしは知らないから」と
だが、正直にいうと、二十歳を過ぎた頃からストレス障害の一環である不食症(拒食症とは違い、食欲そのものを感じず、空腹感もないという症状)の傾向があった私としては、自分が食べることが可能な量だけを持って行く方が気も楽だった。つまり、母がイメージするThe Bentouは全くもって必要なかったので、『手出ししない』宣言はむしろありがたいぐらいだ。
───と思っていたのだが、どんなに不可侵条約を結んでいても、己の過干渉を全く自覚も反省もすることがない我が母は、気が向けば手を出してくる人だったのだ。
当初、『炊いたご飯だけあれば、後は自分でする』ということになっていた。なので、Myふりかけだとか小さな干物のままかりだとか、必要なだけ茹でれば済むブロッコリーだとかを、その時々で用意していた。小さなおにぎり二つと少しのおかずがあれば、当時の私には充分だったのである。使用していたお弁当箱は、八センチ×十センチ程度の小さなタッパーだ。
当時の私は、まだ『不食症』という言葉も知らなかったが、自分の食欲不振が単なる食欲不振ではないということだけは判っていた。そんな症状が出始めてすでに数年が
だから、食べることも作ることも無理をしないつもりだった。繁忙時期には、作る余裕もないことがあるからである。───自分では、そのつもりだった。
だがしかし、それを許さない干渉をしてくるのが我が母である。時に、巨大なおにぎりを用意し、時におかずの一部だけを提供してくる。最初の不干渉宣言はどこへやら。
食べられない人間にとって、食べられない量の食事を強要されるのがどれだけ苦痛か───贅沢な話だと思う人が多いとは思うが、当事者にとっては本当に苦痛でしかないのだ。何とか口にしたとしても美味しくも何ともなく、無理に飲み込めば食道を通過させることすら困難であり、何とか胃に到達しても、下から外部に直帰するのが常なのだ。ちなみに、不食症が最も重篤な頃は、ウイダーinゼリーを飲み込むことすら難しかった(そしてその後、知り合いのお医者さんに拉致されて病院送りになったとさ)。
挙句の果てに何が起こったかというと、母が用意していた物をお弁当として持って行くのを拒否したり、残して来たりすれば、後は泣くわ・喚くわ・怒り狂うわの大騒ぎ───かくして、自分で用意していた食材の多くを廃棄する羽目になった。倹約目的だというのに、本末転倒とはこのことである。
そして、私は自分のお弁当を作るということを止めた。
そんなこんなの過去があった為、長らく弁当持参を拒否して来た私だったが、自分の人生で一位・二位を争う経済危機に陥って、『弁当を持参する』という一大決心をするに至ったのである。
決意の後押しをしたのは、会社に冷蔵庫と電子レンジがあること。そして、電子レンジ対応のお弁当箱が売られているということだった。それならば、食材が痛む心配をしなくて済むのがメリット。デメリットは、昼食時に必ず会社に戻らなければならないということ───まあ、これは、まだまだ暇なコロナ禍の中では可能なことだろう。
たいへん気負ったこれまでのプロセスを語りはしたが、今回の『弁当持参節約計画』の初日は、二段の弁当箱の一つに前夜の夕食に作ったビーフシチューを詰め込み、もう一段にご飯を入れただけの三十秒で出来るお弁当だったことを、ここに報告しておく。
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