俺の最強メシ
維 黎
第1話
一口目。
舌の上に乗せると最初に感じるのは微かな甘味。
砂糖のような強い甘味ではなく例えるなら果物、いや野菜の――それも芯に含まれているような淡い甘さ。
同時に部分的にホロリと崩れる身と噛み崩す身。
咀嚼という反復行為により、塩味とほぼ同時と云えるくらいの時間差で酸味が感じられる。そして最後に苦味。
噛み崩した身から溢れ出す良質な動物性の脂が、
その後、しばし咀嚼を止め一度鼻呼吸をしてみると爽やかな香辛が抜けていく。
味覚と嗅覚の二覚でもって存分に堪能する。
口の中の余韻を楽しみつつ、二口目。
デンプン質の存在と最初の調味を包み込む上質な絹のような幕が味の刺激を和らげる。
味を薄めているのではない。
口内に残っているであろう最初の味を考慮した上での技法である。
濃い味を重ねていれば飽きも来ようというもの。
デンプン質と絹幕が五味と混ざり合うことで、まろやかな味わいへと変化する。
追いかけるようにデンプン質だけを三口目とする。
一口目とは違うほのかな甘みは主張し過ぎず飽きの来ない、ともすれば永遠と食べ続けていられるようなそれ。
口の中に残る味の残滓――残り
また味こそ控えめなれど、ずっしりとした存在感は"
ここで箸休めに汁気の物。
さらさらと云うよりはほんの僅かなとろみも感じるそれは塩味が大きく主張する。しかしながらそれは、水と調味料だけでは到底たどり着けない境地。その裏にはしっかりとしたダシの存在があることを、賢者は知り得るだろう。
家屋の基礎土台の如きダシがしっかりと支えているからこそ、汁に在る肉や野菜の旨味を際立たせてくれるのだ。
その肉と野菜を同時に口にすれば、まるで
汁に旨味を溶け出させて尚、己を主張する
一通りの味の調べは堪能した。
あとは怒涛のように喰らうのみ。
ドレスコードの三ツ星レストランとは違うのだ。お上品に行儀よくなんてこの料理には失礼だ。ただただ喰らって旨いと叫べばよい。
二口、三口と息を吸うことも忘れ口の中へ放り込む
グビグビと咽を通る感触がたまらない。
さらに追い香辛料をパパッと振って味変をしてさらにかき込む。
味を詰め込んだ行為に思えるだろうそれは、しかしながら味の混沌とはならず、その複雑かつごっちゃに混ざり合った口の中でのその状態こそが、一つの完成形ではなかろうか。
咽苦しさと引き換えにしてでも、大量に書き込む行為はこれからも否定し得ない。
とはいえ、落ち着きを取り戻すべく汁で咽を通すと、次いで少しだけ重たくなった口内をくたくたに近い野菜で清めていく。
ラストスパート。
大きな盃を傾けて酒を吞み干すがごとく、メインの残りを一気に放り込む。
再びの残り味を汁で流し整えれば
※※※※※ ※※※※※
「――っていう感じの料理を作ってくれよッ! かーちゃん!!」
「どんな料理かわからんわッ!!」
10代半ばの少年と40代後半の女性。おそらく親子だろう。
「何なの? その下手くそなグルメ小説に書かれているような文句わ」
「いや、何となく湧き上がって来た食へのぱっしょん?」
「な~にがぱっしょんよ。どうせなら勉強へのぱっしょんを湧き上がらせなさいっての」
「それは無理な相談だぜ」
「なんでよ?」
「とーちゃんの息子だぜ? 俺」
「……納得」
一瞬、悲壮感を漂わせた母親だが「まぁ、
「――ところでかーちゃん、見たこともない
「今日はおかーちゃんの誕生日なのだよ、息子よ」
「……応、それが?」
「その反応、忘れてたな?」
「覚えてるよ。48歳の誕生日おめでとう」
「47歳だっつーの」
「で? どこへ行く?」
「とーちゃんと
「これからかッ!? 聞いてねぇ!」
「言ってねぇもん」
「くッ! 俺も――」
「ざーんねん。二人だけの予約だしぃ♪ そして聞いて驚け! 二つ星の料亭、割烹『御前』に行くのだ、息子よ」
「は、謀ったなぁ!」
「ふははははッ! では、さらばじゃぞえ」
「――って、待てッ! 俺の晩飯はどうすんだよ? もう口の中は『俺の最強
「知らんわ。もう高2でしょうが。晩御飯の一食や二食、自分でなんとかしなさい」
「横暴だッ! 育児放棄だ!!」
「――ならこれでも食べときなさい」
そういうと水屋の上に置いてある籠から何やら取り出して、息子に放り投げる母親。
息子は反射的に受け取る。
「ではさらばじゃ。ふはははははー」
ドレスの袖のよくわからないヒラヒラを、ふぁさぁと翻してキッチンを後にする。
息子はそれを見届けると、溜息と共に一人呟く。
「――まぁ、お前もある意味『最強メシ』だけどなぁ」
息子の手には、おそらく食べたことがない人を探すのが難しいと思われる『
――了――
俺の最強メシ 維 黎 @yuirei
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