二〇一九年・もういつ死んだってこれっぽっちも後悔なんてありはしないのですよ

「……おい」

 睨み上げたところで中寉は真っ赤になって目に涙を溜めてぷるぷると震えているばかりだ。

「ごめっ、なさい……、だっ、だっ、だって、だって、僕のそこは、弱いんですっ」

 締まりのない身体をした男である。だからと言って、出会った時点でもう二十歳の男が、出会ってから肌を重ねるようになってこんなに頻繁に失禁するなどとは想定していないに決まっているだろう。

 まして、口の中で。

「だらしない身体だよな、お前は」

 中寉の感情の発露に応えたら、また新しい反応が返ってくるというのは、何ともあっけないなりに甲斐があるというものだ。上を向いたままの幼物からは澄んだ液体が弱々しい噴水となって止まらない。その飛沫が承の足の指先を濡らす。どういうわけか、ちっとも不快だと思えないのが癪だった。

「ひあ!」

 横たえる。涙に濡れた目で承を見上げながら自身の腹に胸に失禁していく男が、可愛く見えてしまう自分になってしまった。けれど、沽券に関わるのでそんな中寉の在りようを「可愛い」なんて言うものか。代わりに、クソ不味いものを飲ませやがってという顔をして唇を重ねる。

 中寉は舌を返して来た。一番の弱点であると公言した場所を差し出しつつ、両手で、感極まって涙を流してしがみついて来た。せっかく清浄な石鹸の芳香であった浴室なのに、中寉の小便の臭いが底を這う。自分たちにはよく似合うと承は思った。指先を中寉の中に挿し入れて、舌に存分に蜜のような声の味を感じながら解すための短い時間ら承は先程少し考えたことの続きを転がす。

 こいつを、病院に連れて行こう。

 ブルガダ症候群。中寉は「死に至る病」と言っていたが、それは中学一年のときの話である。

 もっと言えば、畑村が医師に告げられた話を、自身の言葉に換えて中寉に伝えたものである。

 いまでもそうなのか。中一から二十歳までこの男が成長する間に、医療の進歩はなかったのか。発作によって絶命することを避ける方法ぐらい、発作を減らす薬ぐらいならば、開発されていたっておかしくないのではないか。

 僅かな希望に縋っている。僅かでも希望が存在するのだと、信じている。そうしないではいられない。だって、ああ、認めよう。

 承は中寉を愛していた。

 この男の命と自分の命の重さ、とうに逆転してしまっている。もし仮に、この可愛らしい命が終わらずに済むために、お前の心臓が要るのだと言われたら、承は幸福に包まれて差し出すに決まっていた。

「マスター」

 指で身体を穿たれた後で、どうしてかそんな風に笑える男のために、この心臓が役に立つというのなら。

「マスター、ひどいですねえ、僕はマスターのせいで、どんどんはしたなくてだらしない男になってしまいそうです」

「人聞きの悪いこと言うなよ。お前がこういう身体なのは元からだろうが」

「それこそ心外です。僕はこう見えて、十歳のときを最後にオネショだってしたことないのですよ」

 いまにそれが再発するようになるのではあるまいかと懸念するようなありさまの中寉である。

「僕は、確かに淫らな身体ではありましょう。それを否定は致しません、致しませんがしかし、自分でそれを飼い慣らす術をきちんと身に付けておりました。畑村先生の親戚の女の子たちになぶられたときだって、僕は眉一つ動かさずにいられたのですよ」

 中寉はくらい笑みを浮かべて両の手を重ねて上げた。

「お邸に蔵がありました。畑村先生は僕を柱にこうやって、裸で括り付けて、僕より歳下のお孫さんたちの前で言ったのです。『これからおじいちゃんはお仕事をしなければいけない。お前たちは退屈ならこれを使って遊びなさい』と」

 畑村がもう墓の中に眠る骨の粉であってよかった。

 いや、それを凌辱しに行ってもまだ足りないか。

「畑村の墓はどこだ」

「はい?」

「……いや、何でもない」

 中寉が、これまで何度も口にして来た単語の意味がようやく解った。

 お前は玩具じゃない、人間だ。

 承の目の中を、少し心配そうに覗き込む。感情は、目に出る。しかし思考まで覗くことは出来ないはずだ。それでも中寉は微笑んだ。

 この十年近く、人間として生きて来ていないのならば、なんとしてもこの男を死なせるわけにはいかない。どんな薬が要るのか、一体どれだけの金が掛かるのか、承には想像も付かなかった。しかし金で片付く話だと言うのなら、構わないと考えている。概ね劣等生として辿って来た人生ではあるが、経済と経営については大学で学んだ。現場レベルの算盤勘定は教師や政治家よりは得意なつもりである。

 中寉の顔に掛からぬよう、焔みたいな溜め息を、承は吐き出した。

「お前は人間として生きるんだ。俺の側で、これからずっと、今まで過ごして来た時間の何倍も、人間として生きるんだ。わかったな」

 きょとんとした顔で、中寉はいた。少しずつ、承の言葉の意味を理解しようとして、結局追い付かない。なぜってこの男は、自分の命が次の発作で尽きることがあっても驚かないつもりでいるから。

「マスターがたくさんたくさん僕とセックスをしてくださったら、それも可能かもしれません」

 首を上げて、唇を重ねる。承が舌を返したら、少し恥ずかしそうに、「おしっこって美味しくないですね」と言った。そうだな、と思う。美味いものではない。しかも臭い。けれど、中寉了の身体が生きている証拠がそれだ。

「マスターは、他のどんな男の人のものより美味しいです」

「……そんなわけがあるかよ」

「これについては、信じていただくしかありません。僕は普通の人よりもたくさんの人のを飲んできましたから、横の比較が出来るということをどうかお忘れにならないでください」

 上品な微笑みを浮かべて両足を承の腰に絡めた。

「マスターから出るものは愛の味がするのだと僕は解釈しています。おしっこも今度飲ませてください。いずれも僕の栄養になります。そして、マスター、栄養は直腸からでも吸収出来るものです。僕の身長はもうこれ以上伸びそうにありませんが、太ることは出来ます。マスターが簡単に持ち上げることが出来なくなるぐらい、僕を肥え太らせてください」

 もうとっくに、手軽さをなくした身体であるという自覚はないらしい。

「……ベッド行くか。風呂は、後でもいい」

「いいえ、ここでしてください。僕がもう我慢出来ません」

 承の手を取って、自身に触らせる。三度の頂に向けて、……いや、三度で収まるものであれば容易い話だ。中寉は、自分の命のためにもセックスを求めるだろう。

「いっぱい、いっぱい、僕に出してください。そのぶん、僕が長生き出来るとマスターが信じて下されば、きっと僕もその願いを叶えて見せましょう」

 承は厄介なものを拾ってしまった。人生の設計図を一度白紙に戻さなければならない。その上で、自分ではなく中寉という、極めて慎重な扱いを求められる男を中心に据えて描き直さなければいけないのだ。

 それでも、後悔は浮かばないのだ。何よりこれが、一番厄介なことに。

「あ、はぁ……、マスターの、……ふふっ、おっきい……。嬉しいです、嬉しいですっ、ますたぁの、僕を欲しがってくれてるっ……」

 直腸でも体温は計れるそうだ。実際にそうしたという話は聴かないけれど、情報だけは持っている。中寉の胎内は承の熱根に負けない熱を帯びて、力強く、鮮烈に締め付けてくる。痛くないのかと訊いたとき、この男は「マスターが同じことをされたら泣いてしまうかもしれません」とケロリとした顔で言った。

 でも、僕は嬉しくて堪らないのです。他の誰にこうされたって、膀胱の震えるような感覚を味わうことはないのに。

「マスター、好きです……、好きです、あの、僕、またおしっこ漏らしちゃうかもしれないですけど、あんまり怒らないで頂けたら嬉しいです……」

 それは、心臓とは無関係な体質なのだろう。だから承は何度中寉に小便を引っ掛けられようと怒ったことはないのだ。別にそれが好きというわけではないけれど。それよりも気にするのは、タイル敷きでこそないけれど、ベッドとは較ぶべくもないバスルームの床で中寉の背中が擦り剥けてしまわないかどうか。

 四つん這いにしてやるのもいい、けれど、どうしてもちょっと、乱暴な印象がある。なので、仕方がない、中寉のために、この甘ったるいやりかたを選ぶ。中寉のために……。

「んく、あっ……」

 承はだったら耐え難いはず、泣いてしまっているはずの、腹底への突き上げる圧迫感を、一瞬身を強張らせるだけで済ませた中寉が、必要以上に甘ったるい体位を承が選んだことに戸惑う。間近に目が合った瞬間に、唇は重なり、甘く諍うように舌が絡まる。舌に喜ぶ中寉の身体の中が芯が、承の達して放つ火に灼かれることを執拗に求める。

 腰を揺らすたびに中寉は声を上げた。禁忌かと思うほど快感が膨らむ。大人である、男であることも気にしない。妊娠し出産し命を繋ぐことは出来ないが、男女の快楽の排泄物の結果として生まれたこどもなるものに何十年と搾取され続けることもない。承は何を奪われたくないって、この男だけを愛する心を。

 中寉は、承の熱を受け止めるとき、声を止め、気を失った。彼の身体が危うくぶれた瞬間が挟まって、

「っああ……!」

 息を吹き返す。彼は自身の中に承のあることを、どうやって感じるのだろう? どうしてそれが嬉しいんだろう?

 中寉は男である。もとより望んで同性愛者になったわけではなく、女の心を有しているわけでもなく。ただ、ごくフラットに男と交わす性愛を悦びと感じるだけの。いまだけは、冗談のように考える。俺は幸いなことにこいつと同じ男なわけだ、……幸いなことに!

 であるならば、こいつに俺の感じた悦びを教えてやることも出来る……、まだこの男がそれを知らなくて、そもそも知りたいと願うかどうかは解らないけれど、俺が知ることと引き換えに。

「……お前、いつの間に出してたんだよ……」

 あまりに強い快感に果てた承が長い長いキスを終えて顔を離して、そういえばもう膀胱の中は空っぽだったのかと見下ろしたら、そこは違うものでべとべとにされているのだ。

「マスターがイッてくださったのが嬉しすぎて」

 中寉はにっこり笑って言う。幸福の直後に催すはずの後悔も感じる暇はない。まず身体を洗うことを考えなければいけないはずの承の脳は、

「マスター、もっと出してください。僕にマスターをください」

 中寉に請われるよりも前から、そうすることを考えていた。

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