第38話 父親の狼狽
翌日。
午後のお茶会に出席したヴィークと同じテーブルには、ノストン国王、アスベルト、マルティーノ公と数人の大臣が着いていた。
(これがクレアの父親……)
ヴィークが斜向かいに座るマルティーノ公に目線をやると、ちょうど目があった。その視線を会話を許可する合図と受け取ったベンジャミンは、ヴィークに話しかける。
「随分ご立派になられましたな」
「ありがとうございます。ご子息のオスカー卿には一度パフィート国の式典でお会いしましたが、マルティーノ公にお会いするのは久しぶりですね」
「息子のことを覚えておいでですか」
同席している大臣たちが、ヴィークの記憶力に色めき立つ。
「もちろんです。優秀な方と記憶しています」
実際、それは嘘ではなかった。数年前、ノストン国からパフィート国への使節団に年若いオスカーが同行した際、少し話しただけでヴィークは好印象を抱いていた。
「私には、娘もおりまして」
ベンジャミンは本題に入る。
「名をシャーロットといい、アスベルト殿下の婚約者なのですが、見聞を広めるため殿下のお話が聞きたいと申しております。今夜の夜会でぜひ紹介させていただきたく存じます」
思いもよらないベンジャミンの言葉に、ヴィークの隣に座っていたアスベルトは紅茶が気管に入り、むせた。
ついでに、アスベルトの後ろに控えているサロモンは無表情だ。ヴィークは笑顔を崩さない。
「ごほっ、マルティーノ公、シャーロット嬢は夜会の招待客リストには入っていなかったはずだが……」
むせたまま、アスベルトが聞く。
「先程、国王陛下と相談しまして、出席させることにいたしました。未来の国王夫妻として経験を積むため、2人揃って表に出る機会はいくらあっても足りないほどです」
ベンジャミンの答えに、国王も笑顔で頷いている。アスベルトは絶望した。
「御意……」
アスベルトは国王へ受け入れる返事をしたものの、シャーロットが好む中身のない会話にまた夜会のあいだ中ずっと付き合うのかと思うと眩暈がしていた。
それでなくても、今回のアスベルトはパフィート国からの賓客であるヴィークをエスコートするという重要な役割をこなさなくてはいけない。シャーロットがそれを理解するかどうかは甚だ疑問だった。
(あの頃は確かに彼女こそ正妃にふさわしいと思っていたが……冷静に考えると、シャーロットでは公務をこなすのは難しい)
「マルティーノ公、ご息女はおひとりですか」
ベンジャミンからの提案を肯定も否定もせず、張り付いた笑顔を浮かべたままヴィークは問いかける。
「ええ、まあ。……実は、シャーロットには姉がいたのですが、不幸な事件に巻き込まれてしまい現在行方不明になっています。」
「……へえ」
(……不幸な事件に巻き込まれた、だと?)
ヴィークの後ろに控えていたキースが、怒りをはらんだヴィークの声色に気付き、小声で問いかける。
「殿下、お疲れでは。少し休憩を挟みましょうか」
「キース、下がれ」
緩衝材になろうとしたキースの提案をヴィークは突っぱねた。
「婚約者といえば」
ヴィークはタイミングを見計らって話を切り出す。
「実は、私も近く、正式に婚約をするつもりでおります」
「なんと、おめでたい」
ノストン国王が目を細める。
「どちらのご令嬢ですか」
アスベルトも祝福の素振りを見せながら興味を示したが、実際にはシャーロットを連れた状態での夜会での立ち回りに頭がいっぱいだった。
「はい、彼女はノストン国の公爵家の出と聞いています」
「「「!!!」」」
ヴィークの発言の全てを聞き逃すまいと静かだったサロンが、一気にざわめく。
「何だって」
「本当か」
「我が国の公爵家がパフィート国の王族と見合いをしただなんて話は聞いたことがないぞ」
(ヴィーク殿下の紋章入りの手形……そういうことか)
その中で、アスベルトは婚約者が誰なのかを悟った。サロモンに目をやると、彼も同じことを考えているらしく、驚きを隠せない様子だ。
「彼女の名は、クレアと言います」
「「「「!!!!!」」」
サロンがさらにどよめいた。
「出自に関しては、マルティーノ公がよくご存じかもしれないですな」
「クレア……? 一体、どういう……ことだ……」
ベンジャミンは状況が理解しきれていないようで、放心状態になっている。
「春の立太子の式典でお披露目する前に夜会でご紹介しようと思いまして、彼女を今回の訪問に同行させています。……まぁ、皆様がご存知の令嬢とは存じますが」
ヴィークは笑顔で話しているが、瞳の奥は笑っていない。
クレアがアスベルトの婚約者だったということは、このサロンにいる者の全てが知っている。ついでに、アスベルトがこっぴどい方法でクレアからシャーロットに乗り換えたことも。
ベンジャミンの言い草に腹を立てているヴィークの口調は怒りに満ちていて、冷たい。一同が状況を察すると、サロンはしんと静まり返ってしまった。
「実は、わが国では数か月前、魔力竜巻が発生する予兆がありました」
「「「……」」」
皆がフリーズし、言葉を発せないのを非礼にあたると判断したサロモンが口を出す。
「存じております。どうやって予兆に収めたのかと、この国ではその話題で持ちきりでした」
「竜巻は浄化しました。浄化の術を発動させたのは、クレアです」
「……なんだって」
ベンジャミンの本音が暴かれるのを慌てて側近たちが制止しようとするが、それは上手くいかなかった。
「あの子の魔力は弱いはずだ。何かの間違いでは。落ちこぼれのクレアに、そんなことが……」
告げられた事実を受け入れられず、しつこく事実確認をしようとするベンジャミンの前にキースが笑顔で立ちはだかる。
ヴィークの背後にはリュイが回り、事態がエスカレートしないように見守っていた。
「マルティーノ公。彼女は悲しい目に遭い、国を追われながらもあなた方のことを悪く言ったことは一度もありません。……クレアは私の婚約者だ。いくら娘とはいえ、夜会で会った時に彼女を傷つけるような発言は慎んでいただきたい」
ヴィークはベンジャミンを牽制した後、アスベルトにも目を向けた。アスベルトはヴィークから目を逸らし、黙り込んでしまった。
―――――
「結婚の許しをもらうんじゃなかったわけ?」
茶会を終えて部屋に戻る途中、リュイが表情を変えずに半分キレた口調で言う。
「本当。ケンカ売っちゃって、どうなることかと思ったよ。のんきにおめでたいお茶会~、って思ってたのに、ひやひやした。かわいい女の子と口直ししたい」
ドニもぐったりしている。
「うるさいな。……悪かった。夜会はちゃんとやる」
個人的な感情で公務をぶち壊したことを、ヴィークは一応反省しているようだ。
3人の後ろを歩くキースは、根が真面目過ぎるだけにショックを隠せない様子だ。
「俺は……立場上、間に入ったが、正直クレアの父親を殴りたいと思ってしまった」
「いいんじゃない。そうしたら、目が覚めるかもね」
リュイの言葉に、ドニが同意する。
「あ、リュイもやっぱりそう思った?」
「うん。確実に、クレアの父親は魔力の影響を受けているね。術者が未熟なために、まじない程度のものだけど。もし、術をかけられる者の根底にクレアへの妬みや嫉みがあれば、十分に影響を受けてしまうと思う」
「妬みや嫉みって……娘だろう?」
キースはさらにショックを受けている。
「女傑・マルティーノ家と言われるほどだからな。生まれながら突出した才能を持ち将来を約束された彼女に対して、歪んだ感情を持つ者も少なくないのだろう」
そう言うヴィークの顔はどこか寂しげだった。
「さて、この後は夜会だ」
ヴィークは切り替えて言う。
「リュイ、侍女たちと全力で、クレアを誰もが見とれる華に仕上げてくれよ」
「任せて」
リュイは自信をのぞかせた。
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