変わらぬ声

西条彩子

第1話

 ちょっと、寝物語程度に聞いてもらっていいですか? いや、そんな、大した話じゃないんですけど……。

 五年くらい前かな……、友だちがスマホ見せながら、「コレ、お前の彼女に似てね?」って言ってきたんです。で、見るじゃないすか。それがエロ動画のサムネで。

「はあ!?」って。や、そりゃこんだけAV女優がいるんだから一人くらい似てる人がいてもおかしくないとは思うけど、彼氏の俺に言うかよお前ふざけんなって。

 でも、そいつの顔がなんか冗談っぽくなかったんです。実際、たしかにちょっと似てるって思っちゃって。そいつにも自分にもイラついたけど、見たんすよ。

 冒頭はインタビューでした。いつもテキトーに飛ばすのに、ちゃんと見た。そんなわけないよなあ、彼女こんな雰囲気じゃないもんなあ、声だってさあ、って、否定する理由をひたすら探しました。

 なのに喋ってるの見てたら、ふとしたところに彼女のクセが出てくるんですよ。人の話を聞く時、頷くのと同時に瞬きするところとか、笑う時に右目が下がるところとか。もう、見れば見るほど彼女にしか見えなくなってくるんです。

 初体験は? えー、十七ですぅ。って右に首傾けた瞬間、あ、これ嘘だって思って。あ、いや嘘ってなんだって思ったけど、それも嘘つく時のクセで。俺には十五つってたから、たぶんそっちが合ってるんですよね。まあ、だからどうって話ですね、はは。

 とはいえ頭はずっと否定したかったから、インタビューは飛ばして先に進めました。

 彼女、ウエストのくびれ辺りにホクロがあるから、それさえ確認できたらいいって思って。

 サムネが脱がされたところから、また再生したんですよ。

 男がちらついてんのがすげーもどかしくてしょうがなくて、早くそこ映れってイライラして。で、やっと映ったんです。

 映ってたんです。小さな黒い点。

 びっくりしました。

 何がびっくりしたって、喘ぎ声って誰とヤッても一緒なんだな、って冷静に思ったことに一番びっくりした。

 俺の彼女、いつの間にかAV女優やってた。

 それで? その女優の名前頭に叩き込んで帰ってソッコー調べましたよ。

 したらさ、出てくんの。一つどころかいくつもですよ。それ全部彼女なんですよ。サムネ見てもパッケージ見ても、あー彼女だ、としか思えない。

 え、じゃあ俺が付き合ってたのってAV女優なの? 新卒でソフトウェア会社のデザイナーやってるんじゃないの? にしたっていつからよ、って話。そん時もう一年近く付き合ってたんすよ。

 そのあと? もちろん訊きましたよ、本人に。すげえ怖かったけど訊いた。

「コレ、君だよね?」って。「そうだよ」って軽く返ってきた。

 理由も訊いた。そしたら「興味あったから」って。

 俺なんかもうめっちゃくちゃ考えてたんすよ、もしお金に困ってのことだったら、とか、

 なんかコエーやつに脅されてたらどうしようとか。でも『興味あった』って、「はあ!?」って。

 頭思いっきしガッツンって殴られた気分になりましたよね。

 もうそっからどう話したかあんまり覚えてないです。ただ、その場では別れなかった。支えようって思った。それも彼女の仕事なんだし。

 でも、結局長くは続かなかったです。

 それで終わりって思うでしょ。違うんすよ。

 や、俺が女々しいだけなのかもしんないけど、その彼女、AV女優なわけですよ。

 見ちゃうんですよね。

 で、いけない気がしながらも、抜くんです。

 あー、こういうの好きだったよな、この体位お気に入りだったな、なんてこと思い出しながら抜いちゃうんすよ。

 これがまたあとからすんげえ罪悪感生まれんの。意味わかんないですよね。

 んで、こんなんよくないって思って消すじゃないですか。でもまた気づいたらダウンロードしてんすよ。

 もうね、ほんと意味わかんない。マウスを持つ手が震えてんすよ。ぷるっぷる。それでもクリックしちゃうんすよ。

 何回同じこと繰り返したか数えきれないです。

 今ですか? 今はもう、さすがにしてないですよ。連絡も取ってないし、彼女のAVも、もうしばらく見てないし。

 でも時々、ほんと無性に見たくなる時もある。ほんと、馬鹿ですよね……。

 なんでしょうねこれ。寝取られなのかな。それ以来いいなって思う子はいたけど、写真撮ったらその画像で検索かけるようになっちゃいました。

 そういう疑心暗鬼もイヤだから、こうして行きずりみたいなことで紛らわせてるんですけどね。

 楽しかったですか? だったらよかった。あんま言い方よくないけど、後腐れないって気楽です。

 あなたもそういうタイプですか? 声かけ慣れた感じでしたもんね。ホテル隣接のバーで一杯奢って、実は上に部屋取ってあるって。俺最初つつもたせとかマルチとかそっち系かとすっげえビクビクしてましたもん。

 あは、キョドってました? やっぱり。ハハ。でも俺も、気持ちよかった。しかもこんな話まで聞いてもらって、すみません。

 あ、その過去のせいで男に走ったのかって?

 うーん。ゼロではないです。女性よりちょっと楽なのは本当です。喘ぎ声あげても許される感じがあるってか……。あ、喘ぎ声ってほんとに誰とヤッても変わんないって知りたかったのかもしんない。

 うわ、なんか安心したせいかな。また元気になってきちゃった。

 今度は、俺にもさせてください。最初あまりの大きさにビビったけど、なんつーか、お礼したいし。

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変わらぬ声 西条彩子 @saicosaijo

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