王の視察
「余がアングリア王国国王、フィリップ3世である!」
へーゲル号が停泊している桟橋の前でそう宣言しているのは、彼の言葉通り正真正銘この国の王様である。
40代の男性だが、鍛え上げられ発達した筋肉が服の上からでも目立っている。正直、今にもはち切れそうだ。
ちなみに、名前の意味は歴代国王でフィリップの名前を持つ人物としては3番目という意味だ。決して初代国王から数えて3番目という意味ではない。
「へーゲル号船長のウィル・コーマックです。陛下を安全に、かつ快適にお運びいたします」
「義妹で婚約者のメアリー・コーマックです。へーゲル号には船医として乗船しております」
「義姉のジェーン・コーマックです。主に戦闘員として陛下の安全をお守りいたします」
「コーマック伯爵の子供か! 噂には聞いていたが、あいにく長男しか会っていなかったからなぁ。だが、噂通り優秀そうな子供で何より!」
陛下との初対面は無難だった。
一番ヒヤヒヤしたのはジェーン姉様だったが、意外にもこういう場をわきまえておとなしく対応していた。
「お久しぶりです、陛下」
「おお、ドラモンド公爵の跡取りか! こうして会うのは久しぶりだが、大きくなったなぁ! しかも、数々の発明を行って航海技術の発展に寄与しているとか!」
なんと、エリオットはたまに陛下と会うことがあったらしい。商船学校に入学してからは会わなくなったそうだが。
子供の頃から何度も国王陛下と会っていたとは、さすが公爵家の子息といったところか。
「陛下、船の中へ案内いたします」
「うむ、頼んだ」
そしてタラップを渡り、乗船していただいたのだが……なんと陛下は荷物を連れてきた使用人に運び込ませ、ご自分は甲板に待機していた。
「陛下、船室へ向かわなくてもよろしいのですか?」
「出港してからで良い。国王たる者、見送りに来た者への返礼はきっちりやらねばならんからな」
今日の王都の港には、人がたくさん集まっている。
ほぼ全員、国王陛下のお見送りに来ているのだ。
「わかりました。陛下がそうおっしゃるのであれば」
そして陛下が連れてきた護衛や使用人、持ち込む荷物を全て確認すると、僕は船尾楼上の舵輪をつかんだ。
「タラップ収納! 錨を上げろ! フォアセイル、メインスル、ミズンスル、ジガー、トップスル、トガンスル、ロイヤル、全ての帆を開け! 出航だ!!」
そしてへーゲル号はゆっくりと離岸する。
その間、陛下は港が見えなくなるまで甲板で手を振っていた。
国王陛下を乗せて船旅をしていると、陛下の人となりについてある程度わかってきた。
ざっくり言うと、部下との距離が非常に近い方だった。
陛下がお泊まりになっているスイートルームにはソファセットの他にテーブルとイスが置かれており、食事を直接部屋に運んでもらう事もできる。
だが、陛下は食堂での食事を選んだ。しかも、非番の護衛や使用人の人達と一緒に食事をしていたのだ。
さらに、スイートルームに浴室があるのにわざわざ大浴場を使って男性の部下の人達と一緒に入浴していたし、遊戯室では部下の人達と一緒にビリヤードに興じていた。
ちなみに、ビリヤードでは接待プレイというものは一切見受けられなかった。
エリオット曰く『陛下は勝敗よりもゲームに対する真剣さを重視するお方』だからだそう。
僕はほとんど舵輪を握って船を操作していたのであまり陛下と話す機会に恵まれなかったが、何度かしっかりと話をした。
僕は夜に時間が空くと、バーに行くようになっている。
アングリア王国ではお酒を飲めるのは16歳以上なのでジュースや紅茶、コーヒーなどしか飲んでいないが。
バーは前世の大航海時代をイメージしていて、ロープ、箱、樽、舵輪が装飾品として配置され、他にもへーゲル号を描いた絵画や模型も飾られている。
照明も抑えられており、上品ながらどこか海賊酒場的な騒がしさも想起される、非常に僕好みの空間なのでなるべく通いたいのだ。
で、そのバーに高確率で陛下がいらっしゃるのだ。
「おお、船長ではないか! こっちに来て一緒に飲もうではないか!」
「では、お言葉に甘えて」
そんな感じで陛下と話しながら飲んでいる。
話題は多岐にわたり、最近の政治情勢や戦況といった真面目な話から造船や航海技術といった技術面の話もした。
女性関連の話を振られたときは何と返答すればいいか困惑したが……。
ただ、陛下の話し方が非常に上手く、こちらもどんどん話したくなってしまうという魅力があることは確かだ。
そして、陛下はその魅力を確実に認識し、自分や国にとって必要な情報を聞き出すよう利用している。
なぜなら、船関連の技術やへーゲル号について僕自身が『ここまでしゃべったことは無い』と後で思ってしまうくらいしゃべりまくったからだ。
とまぁそんなことがあったが、道中では大したトラブルも起きず、魔物とは何度か遭遇したが全て(主にジェーン姉様の手で)返り討ちにしており、無事に陛下の視察・激励を終え、王都へ帰還できた。
「コーマック船長、此度の船旅、非常に快適だった。礼を言うぞ」
「いえ、船乗りとして当然の事をしたまでです」
「うむ。これから余は王宮へと戻るが……先に言っておくが、もしかしたら軍務大臣から近いうちに依頼を出すかもしれん。頭の片隅にでもいいから覚えておいてくれ」
「わかりました。陛下も、王宮までの道中お気を付けて」
軍務大臣からの依頼……。時期的に考えて、アレのことだろうか?
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