救出と既視感
救助対象であるエルマン君の船を見つけたと思ったら、船に囲まれていて戦闘中だった。
囲んでいる船はほとんどカッターやスループ、一隻だけブリッグだ。
さらに、どの船も規定の旗を掲げておらず、法律上の『不審船』に該当する船だった。
不審船と言えば海賊だったり密漁・密貿易船だったりとやましい事を抱えている船であることが確かだが、あの船団の編成からして既視感がありすぎる。
「とにかく、助けに入るか。戦闘用意! 魚雷を発射しろ!」
現在の所、ヘーゲル号は敵から見て水平線の向こうにある。
舵輪を僕ごと艦橋に降ろし、速攻で魚雷を発射。
魚雷は見事に敵船2隻に命中し、沈んでいく。
さらに敵船団は突然の事に浮き足立ち、混乱しかかっている。
「よし、プロペラを全力で回せ。突撃する! ジェーン姉様とエリオットは左舷に待機、合図したら攻撃を仕掛けて!!」
全速力で走り出したヘーゲル号は、戦闘中の船からしたら突如乱入した巨大な物体に他ならない。
さらに、ヘーゲル号の巨体と分厚い氷すら砕く衝角により、進路上にあった船は一瞬で木片に変わった。
「今だ、やれ!」
「了解! 行くよ、ジェーン!」
「うっし、やってやりますか~」
エリオットはキラキラ光る粉末をまき散らし、ジェーン姉様が光魔法を発射する。
そう、フグレイク連合でレリジオ教国のブリッグの乗組員を抹殺した、あの拡散する光魔法だ。
今左舷にいるのは、敵のブリッグ。あの時の再現化のように、甲板上の敵船員を次々と蒸発させる。
そして撃ち漏らした敵を、マリーが機関銃で射殺していった。
「そのブリッグは沈めないで。後で調査する」
他の船は、魚雷で1隻ずつ仕留めていく。
大砲を使ってしまうと、弾幕の密度がありすぎるのでエルマン君の船を誤射してしまいかねないからだ。
ブリッグを戦闘不能にさせると、敵船団はもう足並みが完全に揃わなくなり、烏合の衆と化した。
ここまで来れば、決着が付くのもあっという間だった。
こちらの情報を渡さないよう全ての船を始末した。僕達が戦闘に乱入してから30分が経った位だった。
『戦闘終了。お疲れ様です、キャプテン。救助対象の船ですが、舵が損壊している模様です』
マリーの報告があったのでよくエルマン君の船を見てみると、帆は畳んであり、完全に浮いているだけの状態だった。
必要以上に流されないようにするための処置だったと思うが、僕達が助けに入らなければいい的になっていただけだろう。
「あれは曳航するしかないな。それより、救助して何があったか聞かないと」
というわけでエルマン君の船の乗組員を全員ヘーゲル号の甲板に上げ、メアリーの診察を受けさせた。
それと平行して事情を聞いていたのだが。
「決まっている。船長がボクの命令に従わなかったからだ」
「坊ちゃんが無理な航路を進ませようとしたからでしょう!」
エルマン君と船長の間で言い合いが始まってしまった。
らちが明かないので一度引き離して別々に聞いてみたところ、船長の言い分が正しいことがわかった。
船長はかなり具体的かつ詳細に説明してくれた。
話によると、悪天候やそれによる海流の不順が見られたので、アングリア大陸南南東の沿岸付近で、一度大きく外回りしてサザンエントランスを目指そうとしたらしい。
だがエルマン君は『早く到着したいから最短距離で行け』と命令。
当然ドラモンド・ルール上、船長の命令がなりよりも優先されるが、エルマン君が商会の経営者の息子であることを盾に解雇をちらつかせたため、仕方なく短距離ではあるが危険な航路を取らざるを得なかった。
その結果、大きく東に流され遭難、さらに不振船団に襲撃されたという状況になったらしい。
そういえば、似たような事件が前世にあったな。外国の航空会社で、幸いにも人命に関わる事故は起きなかったけど。
なお、エルマン君の言い分は船長の責任だけを主張し何一つ具体的な説明がなかったため、船長の言い分が正しいと判断したのだ。
「どういうことだ! お前は貴族のボクより平民のそいつの言うことを信用するのか!」
「船長の言い分の方が説得力あるし、そもそも身分差で言えば船の上では船長の方が上だから。エルマン君、確か船乗りとしての教育、受けてないよね?」
捜索に出掛ける前にもらった資料では、エルマン君は船乗りの教育を受けておらず、船乗りとしての必要な技術や知識は身についていない。
商船学校に入学したのも、家業の貿易業を営む上で必須な船の管理・運用方法を学ぶためであって、船乗りになりに来た訳ではないのだ。
だから、ドラモンド・ルールに従えば、船の上では船長や航海士の方が上の立場で、エルマン君はただの乗客という扱いなのだ。
つまり、船上においてエルマン君に命令権はない。強いて言えば、目的地の決定と出港する大まかなタイミングくらいしか命令できない。
「なんだと! 平民の、しかも孤児のくせに生意気な……」
「君は、俺の祖父が決めた規則をバカにするのかい?」
エルマン君が逆ギレしそうになったその時、エリオットが帰ってきてくれた。
「あ、あなたは……確かドラモンド公爵家の……」
「次期当主だ。と言っても、何十年も先の話だろうけどね。それより、今回の件は俺の祖父が決めたルールを破ったことに起因するようだね? 今後の教訓にするために事故や事件は海運ギルドか海軍に記録されるルールになっているから、今回の件は消せない。けど、これ以上君の汚点を作りたくなければ、もう黙っていた方がいいと思うよ?」
そうしてエルマン君は顔面蒼白になり、マストの近くでへたり込んでしまった。
エルマン君は貴族の息子であることを鼻に掛けている。それしか自分の武器がないような振る舞いである気もするけど。
そのような人間に対抗するには、より身分の高い人物に一喝してもらうのが手っ取り早い。
エリオットの実家であるドラモンド家は貴族の最高位である公爵であるため、効果は抜群なのだ。
「助かったよ、エリオット」
「これくらいどうって事無いさ。それより、あのブリッグから聖典が見つかった」
実はエリオットとジェーン姉様にお願いして、不審船のブリッグを簡単に調べてもらった。
すると、やはり聖典が出てきたそうだ。つまり、この不審船団もフグレイク連合の時と同じくレリジオ教国の船なのだ。
だが、不審な点もあるという。
なんと、同じ聖典が十数冊も見つかったのだという。
これはフグレイク連合で鹵獲した船とは明らかに異なる点だが、何の意味があるのか不明だ。
「それと、これも」
続いてエリオットが差し出したのは、全く法則性がない文字が上と左の余白に書かれたこの辺の海図と、数字が羅列してある紙だった。
数字は『○-○』というようにハイフンで繋がれた数字がいくつも並んでいる。前方の数字は2桁以内、後方の数字は1桁から4桁まで幅広く記載されていた。
何かの暗号なのは間違いないが、何を意味しているのかはわからなかった。
「とにかく、エルマン君の船と不審船を曳航しよう。あのサイズだったら2隻くらい曳いていけるさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます