勘違い

「帆を畳め、錨を降ろせ。停泊準備!」


『帆の収納完了、投錨完了、タラップ展開完了。停泊作業、完了しました』


 僕達は無事にフグレイク連合南部の港、『スーハウ』に到着した。

 ヘーゲル号なら1ヶ月程度で到着できると思っていたが、マストを増設したからか、予定を大幅に短縮できてわずか半月で到着できた。


 さっそく船を降りようと思ったが……。


「おい、お前ら最近この近くに出没してるっていう船の親玉か?」


「はい? 何のことでしょう?」


 突然男達に囲まれ、何か聞かれた。

 一体何を聞かれているのかと思っていたが、次の言葉で判明した。


「とぼけるな!! 縦に張ってある帆なんて、最近海を騒がしてる不審船以外にあり得ねぇ!!」


 どうやら、僕達は縦帆を張ってある船に乗っているという理由だけで、フグレイク連合近海を騒がせている不審船の関係者だと思われてしまったらしい。

 しかし、この反応から不審船は縦帆を張っている船と言うことらしいが――なんか嫌な予感しかしない。


 そんなことより、今はこの状況をどう切り抜けるかだ。

 勘違いが原因であるため話してわかってもらうのが一番だが、どうも相手は怒りで興奮しているらしく、話を聞いてもらえるかどうか怪しい。


そしてこちらも臨戦態勢になりつつある。

 特にジェーン姉様がすぐにでも戦闘状態に入りそうだ。しかも楽しい事が待ちきれないという感じの、ワクワクした笑顔を浮かべている。


 そんな一色触発の状況下で、何かの拍子に衝突が起こるんじゃないかと思ったその時、乱入者が現れた。


「お前達! 何をしている!!」


 割り込んだのは、40代位の女性だった。

 部下らしき人達を何人か引き連れており、着ている物も気品を感じさせていることから、かなり身分の高い人物なのだろうと窺える。


「ですが支部長! あの縦帆は間違いなく不審船と似ています! 絶対奴らの仲間に違いありません!」


「なるほど。ですが彼らの船は航海法上必要な旗を掲げていますし、法に触れるような行為を行ったという報告もありませんが」


 海軍や沿岸警備隊が不審船と見なす要素はいくつかあるが、代表的なのは今女性が言った物だ。

 航海法上、小型ボートでも無い限り所属組織を示す旗と船籍を置いてある国の国旗を掲げなければならない。これを掲げていないと警備から停戦命令を受ける。

 それと他の航海法に記載されている禁止事項、わかりやすく言うと他の船の安全を脅かすような航行をすることだ。


 僕はその2つとも守っているから、何か文句を言われる筋合いはない。

 それを理解したからか、僕達を囲んだ男達の顔が真っ青になった。


「そもそも、縦帆はアングリア王国が初めて開発した物。この船もアングリア王国船籍の船だから、縦帆を装備していても不思議ではない。今騒がせている不審船は、決められた旗を掲げていないから不審船と呼ばれています。わかったら、さっさと自分の職場に戻りなさい」


 そう言うと、男達は蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ去っていった。


「うちのメンバー達が失礼な事をしましたね、お詫びいたします。私はこのスーハウの海運ギルド支部長を務めています、ヘルミ・サルマントと申します。お見知りおきを」


 先ほど男達から『支部長』と呼ばれていたが、実は海運ギルド支部長だった。

 うすうす感じてはいたけど、やはりただ者ではなかったか。


「あなたがあのヘーゲル号の船長ですね? お噂はかねがね」


 どうやら僕のことやヘーゲル号の事もすでに知っているようだ。

 さすがは海運ギルドの情報網、と言ったところか。


「はい。ウィル・コーマックと申します」


「今到着したと言うことは、寄港手続きに海運ギルドへ向かうところですね? この際ですし、私がご案内しましょう。もちろん、先ほどの謝罪も兼ねて」


 そういうわけで、僕達はサルマント支部長と共に海運ギルドへと向かった。

 この時、僕は書類を書いてちょっとお茶するだけで終わりかと思っていたが、とんでもない展開になることをまだ知らなかった。

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