予想の裏切り
晴天の霹靂、とはまさにこの事を言うのだろう。
レリジオ教国の船団は、追い風に乗るとは言えなるべく早く目的地に到着しようとするため、積載物を軽量化しようとする。そのため、大砲などの火器の類いはほとんど持ってきていない。
それでも航海は長期にわたるため、積載物資のほとんどは食料だ。武器も使い回せる近接武器が主で、消耗品を必要とする弓矢は少ない。
長距離航海の弊害はさらに存在し、あいつらはコグでやって来るのだ。ガレーではいくら帆が付いているとは言え、長距離航海には向かないからだ。
だから、船種の問題で戦闘に不向きな船を使わざるを得ない。
そして食料の補給も困難だ。どこか町か村を1つでも襲って略奪でもしない限り、食料は尽き戦闘どころではなくなる。
対して、アングリア王国側は相手が近くまで来てくれるのを待てるので、遠慮無くガレーを使える。
積載量も最低限のスピードさえ保てればいいので大砲を多く積めるし、鉄砲や弓矢も豊富に使える。
食料も供給されるから安心して戦闘を継続できる。
そして今年は、向かい風でも進める船――僕が少し開発に加わったカッターも配備されている。
その名の通り海を切り裂くようにして素早く航行する小型船なので、大砲を1門、狙撃兵や魔法使いを乗せるだけであらゆる位置から攻撃し、すぐに離脱する。向かい風に向かって逃げれば、相手は追って来られない。
さらに、銃火器についても若干の進展があった。
実は、僕がディベロップールに滞在している間、銃火器の研究を行っているグループが面会に訪れ、ヘーゲル号の銃器類を見せてくれと頼んできたのだ。
僕は帆の開発グループのリーダーであるブリジットさんとレナードさんに確認を取ってから銃器を見せた。
銃火器研究グループはヘーゲル号の銃器の再現を目指していたらしいが、結局技術に隔絶した差があることが発覚しこの計画は頓挫した。
だが完全に無駄になったかというとそうではなく、銃器の内部における空気の使い方が非常に参考になったらしい。
その知見を元に火薬を爆発させたときに出るガスの動きに色々工夫を加えた結果、従来よりも高威力・長射程・精密さの向上を達成できた。今後は火薬のガスを使って自動装填装置を作り、連射できる銃を作りたいらしい。
そしてこの新作の銃や大砲は少数生産され、対レリジオ教国船団に向けてアングリア王国東部沿岸地域に優先的に配備された。
もちろん船も銃火器も、コーマック伯爵家は十分な量を受け取っている。
さらに元から持っている戦力を加味しても、レリジオ教国の船団に対しては圧倒的に有利であったはずなのだ。
それなのに――負けた。
コーマック海軍の迎撃艦隊はほぼ壊滅、重傷者多数で軽傷者はもっと多い。傷を負っていない兵士は皆無と言ってもいい。
そして僕の父様は――意識不明の重体だ。
「お父様……そんな……」
メアリーはボロボロになった父様を見て、今にも泣き出してしまいそうになっている。
もちろん、父様の寝室は即席の病室へと変貌し、コーマック家お抱えの医師や薬剤師、看護師がせわしなく走り回り、一刻も早い父様の回復のために奔走していた。
「バーニーさん、何があったかお聞かせ願いますか?」
以前メアリーの護衛団の団長を臨時で務めていたバーニーさんに、僕は戦闘の詳細を聞いた。彼もこの戦闘に参加しており、軽傷を負っていた。
「わかりました。お話しします。少なくとも、戦闘時間の9割はこちら側が有利に進んでいました」
当初の予想通り、終始コーマック軍が優勢だった。
戦闘はルーチンワーク状態で、相手の飛び道具や魔法の射程外から攻撃を加える。次に、そのまま攻撃を続行するか、一気に突撃して移乗攻撃を行う。
そうやって次々に敵船を沈めていき、敵側は旗艦だけの状態になったと言う。
「ですが、旗艦へ攻撃を始めたときから状況が一気に変わりました」
敵旗艦へ攻撃を加えたが、逆に敵の船の破片が豪速で飛んできて、どんなに大きな船でもそれを一発食らうだけで即沈没されるらしい。
しかも、魔法を使って敵の船員を狙い撃ちにしても、なぜか復活してしまう。
敵船の様子を観測していた兵士によると、どうやらかなり強力な回復魔法を使用できる人物がいるらしい。
さらに、船を沈没される一投を放つ人物も一人いることが確認された。始めは投擲の才能持ちかと疑われたが、筋肉が急に盛り上がるところを確認したため、単純な肉体強化系の魔法を使える人物だと確定されたらしい。
そしてコーマック軍は敵の船にダメージを与えることは出来たが、逆に敵の弾を増やしてしまい、時間が経つにつれてコーマック軍の船は次々に沈没。結果的に多数の死者や父様を含めた負傷者を出し、撤退する羽目になってしまったという。
「それが、才能の怖さですぞ。強力な才能持ちが一人いるだけで、戦力差を覆されてしまう事もある」
その時、僕とバーニーさんの会話に割って入った人物が出現した。
その人物は、初老の男性だった。
「おじいさま……」
そして、バーニーさんの祖父でもある人だった。
この人物はジェフリー・コーマック。元コーマック騎士団団長を務めた人物だ。
ジェフリーさんは『武芸の達人』というレアな戦闘系の才能を持っている。あらゆる武器を達人レベルで使いこなせる才能だが、ついさっき発明されたばかりの新作の武器すら達人級に扱ってみせるという理不尽すぎる才能だ。もちろん、素手による格闘もこなせる。
この才能をフル活用して、騎士団団長まで上り詰めたのだ。
現在は団長を引退しており第一線から退いているが、非常勤で騎士団や軍に教官として戦闘術を教えているし、コーマック家の子息にも武芸を教えている。
僕やメアリーも教えてもらっているし、お父様もジェフリーさんの教え子だ。
「さて、メアリー様、ウィル様、儂の孫の話を聞かれて、どうされますかな?」
お父様が倒れた以上、コーマック軍の最高指揮官はメアリーか僕と言うことになる。普通なら直系の子であるメアリーが最も優先すべき命令者になるのだが、肝心のメアリーはお父様が意識不明になってしまったことと慣れない状況と言うことも相まって頭がパンクしてしまっているせいで、うんうん唸って答えが出てこないようだ。
そして僕だが、すでに答えは出ている。
「すぐに出撃します。このまま待っているだけではいずれノーエンコーブに上陸されてしまいますし、領民に被害が出る」
「ですが、あなたのお父様はウィル様の出撃を望まれておられなかったようですが?」
「お父様は『後始末に参加してもらうかもしれない』とおっしゃいました。当初の想定とは違うかもしれませんが、これも立派な『後始末』です」
「なるほど。では、何か策がおありで? 話を聞いている限り、ウィル様の船の性能だけを頼っての力押しは通用しないと思いますぞ?」
この問いに関し、僕はバッジ化したスタチューを通じてマリーに連絡を取った。
「マリー、――は可能か?」
『はい。その程度であれば可能です。仮に数百人単位を相手にしても問題なく実行可能です』
よし、これならば最悪の状況になっても対応出来る。
「なんとかなります。むしろ、ここでなんとかしなければいけない」
「ハッハッハ、ウィル様のお考えと覚悟、確かに伝わりましたぞ。ですが、ウィル様は海賊化したレリジオ軍相手に戦ったことはありますが、軍の状態のレリジオ軍相手に戦うのは初めて。助言を行う役が必要でしょう。僭越ながら、儂がウィル様の船に同乗いたします。それと儂が選らんだ待機中の兵も一緒に参りましょう」
なんと、ジェフリーさんが一緒に来てくれるらしい。経験豊富な彼に来てもらえれば、少しは安心できる。
「おじいさまが行くのであれば、私も……くっ……」
「バーニー、見た目よりもケガがひどいようだな。はっきり言って、今のお前の身体では戦闘は無理だ。今は一刻も早く治すことに注力せよ。今の状態では、お前は足手まといだ」
バーニーさんが無理を押して僕に同行しようとしたが、思ったよりも負傷がひどいらしく、戦闘は無理だと判断された。
悔しい顔をしているが、ここはジェフリーさんの言いつけを守って養生して欲しい。
「あの、お兄様。私もご一緒したいのですが……」
なんと、メアリーも僕の船に乗って一緒に戦うと言い出した。
「メアリー、心遣いはうれしいが、君まで戦場に行くことはない。むしろメアリーの身に何かあれば、それこそお父様が悲しんでしまう」
「いえ。私もコーマック家の人間、武勇を尊ぶアングリア王国の貴族の子なのです。怖じ気づいて戦場に行かない事は恥ずべき事。それに戦場ともなればケガを治す役目を持った人材は必要。私の才能が役に立つと思いますが」
確かに、メアリーは回復魔法が使える。戦場においてこれほどありがたい存在はいない。
それに、メアリーの目を見れば覚悟が決まっているし、おそらく僕が拒否しても無理矢理付いていこうとするだろう。例えどんな手を使っても。
メアリーと一緒に暮らして1年にも満たないが、この子は覚悟が決まるとかたくなに意思を変えないところがある。
「……わかった。メアリーを連れて行く。ただし、肩書きは船医だ。船医らしく船室で待機していなさい。船長室を臨時の医務室として使って良いから、そこでけが人を治療すること」
「わかりました、お兄様。いえ、船長とお呼びした方がいいのでしょうか?」
「どっちでも。さて、出港は夕暮れだ。戦場には夜到着するようにする。夜襲をかけたいからな。それまで各員、入念な準備を行え」
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