試験航海
ディベロップール滞在中は、開発チームから高級ホテルに停まらせてもらう事が出来た。それくらい、僕の助言に期待しているらしい。
ディベロップールの街については、特筆すべき点がほとんど無かった。
元々出入りが厳重に管理されている閉鎖された街なので、外部から訪れた人のための施設というのがほとんど存在しない。僕が泊まっているホテルは、物資を運んできた船員や商人、短期間だけこの街で研究する人等の為の施設らしい。
ただ、まれに他の建物とは明らかに違う建築物が見つかることがある。どうやら新しい設計思想や建築技術を試すための試験建築物らしく、基本的にある程度データが取れると解体される。出来が良いとそのまま残されることもあるらしい。
暮らしやすさで言えば非常に効率を突き詰めていてめちゃくちゃ暮らしやすいが、少々面白みに欠けるところが欠点と言えば欠点か。
そんな街に滞在しているが、何回か開発チームの人々と会食を行い、親睦を深める事があった。
その中で、ブリジットさんとレナードさんが身の上話を話してくれた。驚くことに、2人のキャリアは結構似ていた。
「私、風属性の技術者の才能を持っていることが成年式でわかったんですよ。なので、気象観測の仕事に就くんだと思いましたね」
ブリジットさんは、気象観測の仕事をすぐに探し、たまたま空きがあったと言うことだけで海運ギルドで天気の研究や観測業務の仕事を得られた。
そのまま寿退職するか定年まで働くのだと思っていたらしい。
「そんな毎日を送っている中、今回の話が舞い込んできたんです」
新たな帆の開発を行うプロジェクト。これには風についてある程度知っていたり才能を持っている者でなければ勤まらない。
そこで、比較的若く才能を持っているブリジットさんに海運ギルド側が注目し、チームのリーダーに抜擢されたと言うことだ。
「それからは、毎日楽しいですね。どこか自分の才能を全て発揮できていないんじゃないかと思って、ちょっともやもやしていましたから」
「自分も似たようなものです。風属性の学者の才能があるのがわかったのですが、家は学者になる勉強ができるほど裕福ではなかったので――」
レナードさんは、経済的な事情から自分の才能を発揮する道をあきらめ、ほどほどに使う機会があると思って海軍に入隊した。
海軍では気象観測を行う任務に従事していたらしい。
そして、今回の新型の帆の開発プロジェクトを海運ギルドと共同で行う事に決まり、風属性の学者の才能を持つレナードさんを海軍側はチームリーダーに抜擢したらしい。
それに伴い、今まで軍曹の階級だったのが一気に大尉にまで昇級したようだ。
「本当に、今回の事は運が良かったと思っています。あきらめていた自分の才能を完全に発揮できる機会を与えられたのですから」
ブリジットさんとレナードさんの他にも、今回のプロジェクトがきっかけでそれまでの人生が変わったというメンバーが多く、そのせいか士気は非常に高いらしい。
こういう話を聞くと、僕も責任を持ってアドバイスを送りたいと思ってしまう。
そして数日後、ヘッドウィンド号の帆装をカッタータイプに交換できたと報告が入ると、早速試運転に入った。
「今のところ、問題は無いようですね」
「はい。逆風でも問題なく推進できております」
現在、僕はブリジットさんをヘーゲル号に乗せ、ヘッドウィンド号の試験航海の様子を観察している。ブリジットさんはヘッドウィンド号をつぶさに観察し、分析しているようだ。
ちなみにレナードさんは、自分の部下と共にヘッドウィンド号に乗り込み、船長役となって指揮を執っている。
「ですが、これからが問題です」
ヘッドウィンド号はある程度まで進んだところで反転し、停船した。
それと同時にいくつもの小型船が出現し、ヘッドウィンド号の進路を狭めた。
これが、混雑した湾内を上手く進む試験だ。小型船の間を縫うように進み、所定の位置までたどり着く。
前回、スループタイプの帆装の時は失敗したようだが、果たして今回はどうなるか。
ヘッドウィンド号は小型船の群れに突入すると、ジブの一枚が船員の手によって取り外される。
すると適度にヘッドウィンド号の速度が落ち、細かい動きを苦も無く実行できるようになったらしい。
船の間をスルスルとヘビのようにかいくぐり、無事に目的地にたどり着いた。
その日の夜、試験航海成功祝いとしてささやかなパーティーがレストランで行われた。
「ウィル様のおかげで、無事に問題点を解決できました」
「この結果を元にもう少し研究すれば、すぐに新型帆装は広まるでしょう。少なくとも、春までには最低限度のカッターが東側に配属されるはずです」
「お力になれたのであれば、なによりです」
お礼を言いながら、レナードさんの発言の意味を考えた。
おそらく、海軍は小型船でも縦帆の船を配備する計画だ。具体的には春にまたやって来るであろうレリジオ教国への対抗戦力とするために。
もちろん、それを越えれば民間船にも普及でき、水上流通に大きな革命が起こるだろう。風さえ吹けばどんな風だろうと進める船は、非常に画期的だからだ。
そして僕は、今後の抱負についても聞いてみた。
「これで終わりではないんですよね?」
「はい。次は2本マストの船について研究を」
「帆装について種類がありそうですし、なかなか研究しがいがありそうですよね」
二人は目標をひとまず達成して燃え尽きるわけでもなく、次の研究課題を見つけて意欲を燃やしている。
それを見て、僕はできる限り協力したいと思った。
ヘーゲル号の船長室には船に関する本もあり、もちろん帆装に関してまとめられている本も存在している。
それを簡単にまとめて、この開発チームに贈ろうと決意した。
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