4. Sorrow

 * * *


 突然だった。

 静かな館のリビングに、着信音がやけに大きく響く。

 博人先輩のスマホのようだ。

「はい。……あぁ、駆ですか」

 駆さんから、突然の電話。

 何の急用なのだろうか。

「────……なんだって」

「先輩?」

「寧音が倒れたと」

 は……、倒れた?

 何が、どうなって倒れたというんだ。

「とりあえず理由は、そちらへ着いてから詳しくゆっくりと聞きますので」

 早口に言い切り、博人先輩は通話を切る。

 スマホを乱雑にポケットへ突っ込んだ。

「駆の元に向かいましょう」

「センパイが倒れたって……」

 巳雲は訳が分からないという様子で呟く。

 僕は彼の手首を掴んだ。

「今は早く移動しよう、巳雲」

「あ……うん」

 血の気が引いた──いや、吸血鬼にこの言葉は相応しくないが──顔面蒼白で巳雲は頷く。

 僕は手首を掴んだまま、寮の外へと出た。



「駆、来ましたよ」

「あぁ皆さん……」

「なにがあったんですか……?」

 怖々と聞くと、駆さんは中へといざなってくれる。そのまま駆さんについて行くと、大きめの寝台のある部屋に着いた。

 そこには。

「寧音──」

 一足先に彼の姿を確認した博人先輩は、有り得ないとでも言いたげな声色で呟いた。眠った彼の頬には、黒い刻印。

「なん、で」

「吸血鬼は黒印病にはならないんじゃなかったのか?」

「実は……ですね」

 そう前置いて、駆さんは事の顛末てんまつを話してくれた。

「夏美を、助けるために……」

「……それなら、夏美は?」

「隣の部屋で眠っております」

「僕、見てきます」

 そう断って、部屋を出る。隣の部屋の扉を開け、中へ入る。白い顔をした夏美が横たわっていた。

 頬には。

「刻印が、ない……」

 つまり、黒印病はまるまる寧音にうつってしまった訳なのか。──寧音は、どうなる。僕は、今までの態度のことを、まだ謝れていないというのに。やはり……死んでしまうのだろうか。

「───それは、いやだ……」

 夏美が起きたら、彼女はどんな反応をするのだろうか。



 遠くに小さく、2つの足音が聞こえた。

「───あ、夏美」

「みんな……寧音くんは?」

 ──そうか、巳雲。話してしまったのか、事実を。

 焦燥しょうそうの表情を浮かべる夏美の質問に、僕は答える。

「中で、寝てる」

 それを聞いて、夏美は巳雲から離れて1人で歩き出す。足はふらつき、今にも倒れそうだ。

「寧音、く……」

 小さな呟きと、息を呑む音。がくんと膝をつき、夏美は寧音の枕元にたたずむ。その姿を見て、いたたまれなくなり目線を部屋の中から逸らす。

「夏美……、起きたんだな」

 かすれた、声。寧音の声だった。

 ハッとして見ると、薄く目を開いて夏美の方を見る寧音の姿があった。

「よかった……、駆の言ってたことは正しかったんだな……」

「寧音くん、なんで」

「ただ、オレがしたかっただけなんだ……、気にするな」

「気にするよ……! どうして寧音くんが……っ」

 もし、寧音ではなく僕が身をていしていれば、彼女がこうして悲しむことはなかったのだろうか。

「すまん……悲しませるつもりは、なかった」

 寧音は夏美の頭にその手を置き、優しく微笑んだ。今まで見たよりも、優しくて、強い笑顔。

「ありがとう、オレのために、悲しんでくれて」

 そのあと、彼は目を閉じ……忽然こつぜんと姿を消した。ベッドの上には、なにか黒い物体が残っているのみ。夏美は、顔を俯かせたままだ。

「夏美……」

 誰かが心配の声をかける。彼女は頭をぶんぶんと横に振り、顔を上げる。そしてベッドの上の物体を拾った。

「……寧音くん、なのかな」

 彼女はそれを胸に抱き、こちらを見る。

「……みんな」

 その瞳には、決意の念が揺らめいている。

「もうこんな気持ちになる人を増やしちゃダメだよ……」

 本当に悔しそうに、そう言う。

「元を、潰さなきゃ。根源を」

 夏美はそう、力強く言った。

「でも、どうやって?」

「それは、わかんない……けど」

「見通しが立たない限り、自分は賛成できませんね」

「博人くん……」

 博人先輩が言う。なんて冷酷な、と言いたいところだが。

「僕も、博人先輩と同意見」

「ゆらくんも……?」

「何も見当が立たないならば、無理に足掻いても無駄だから」

 そう言われて、夏美はしゅんと顔を伏せる。

「ボクは、夏美に協力する」

 巳雲が言う。

「なぁ、不思議だと思わないか」

「大和先輩……何がですか?」

「“野良の吸血鬼”のやつらは、前から姫の存在を知っていたんだろ? 夏美を探してたんだし」

「まぁ、たしかに」

「じゃあどうして、同じ吸血鬼の俺たちはそれを知らない?」

 ……たしかにそう言われると、不自然な部分がある。

 あの伝説では、きっと“館の吸血鬼”であろう姿しか描かれていなかった。だが昔から、吸血鬼には“野良”と“館”2つの流派というかがあったはずだ。“野良の吸血鬼”は、どこへ。

「そもそも政府って後ろ盾がある俺たちに、そっちから情報が飛んでこないのっておかしくないか」

「いえ、変な情を起こされて病が治らないことを防ぐためであれば妥当ですよ。いろいろと調べられて姫が救えないと判断された時、病がこの世に残る可能性だって考えられますから」

 なるほど……。

「まぁ、いろいろと考えると、キーは“野良”のやつらかもしれない、って結論が出るんだが」

 大和先輩は博人先輩の方を見て、言う。

「これでも見通しは立ってないと言えるか、博人先輩」

「───……実行する価値はありますね。果たして向こうが協力してくれるか微妙なところではありますが」

「それでいいか、夏美」

「……うん、ありがとう」

 そうしてここから、僕たちは真実を見つける長い戦いへとかじを切っていった。

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