The Beginning

 きっと、私の先はもう長くない。このお腹の子を産むと同時にその子に命を預けるように、命が吸い取られるように、私の命は消え去る。お腹の子が無事であればそれでいい。

 でも、あの“使命”はどうする。私は“使命”を果たせないままに、この身を滅ぼすのか。

 これで、いいのか。



 その日の夢は、不思議なものだった。私の目の前に、中学生くらいの少女がいる。彼女はふんわりとしたドレスに身を包み、その前の私も、同じような黒いふんわりとしたドレスを着ているのだ。お腹は、ふくらんでいない。

「……えっと」

「あなた、もう死んじゃうの?」

「──……え?」

 唐突にかけられた言葉。体がズンと重くなった気がした。

「たぶん……元々病弱だし、この間も風邪とかつわりもひどかった」

「それだけ?」

「……」

「なにか、未来が見えてるんじゃないの?」

 未来が、見える? そんなことは初めて聞いた。

 自分の“使命”を知ってから、様々な文献ぶんけんや歴史書をあさって自分の運命を知ってきた。あの病が蔓延まんえんすれば、私の命は確実に消え去るのだと。けれど自分と同じさがを背負う人に未来が見える、そんな記述はどこにもなかったはずだ。

「ねぇ……どういうこと?」

「私にもよく分からないけど、“姫”としての最後の足掻あがきなのかもね」

 本当によく分からない……頭が痛くなる錯覚を覚えて、こめかみを押さえる。

「それで……“姫”としての役目はどうすればいいの? まだ病は広がってはいないんでしょう?」

「あぁ、それね。それがあなたの1番の不安だものね……私が取り除いてあげる」

 彼女は私の手を取って、ゆっくりと微笑んでこう言う。

「あなたの子供に、その力をあげるの」

「子供に、力を?」

 どうすればそんなことができるのだろうか。

疑問が顔にありありと出ていたのか、ふふっと笑って彼女は続けた。

「ただ、子供を産むときにそうなるように祈るだけだよ。『“姫”の力をこの子に』って」

「──それだけ?」

「えぇ。あとは先代がなんとかしてくれるでしょうから」

 じゃあ、私はこのくらいで、と少女は私に背を向ける。

「あ、ありがとう」

「んーん、このくらい“姫”だった私には朝飯前だよ」

 ……彼女も、私と同じだったのか。

「頑張ってね」

 そう言った少女の、泣きそうな笑顔に胸がぎゅっと締め付けられた。


 私は、子供を産んでその顔を見た直後、安心して力が抜けたように息を引き取った。旦那さんは私を見て、愕然がくぜんとしていた。

 あぁ、ごめんなさい夏斗なつとさん……最後に悲しませてしまった。でも私はこうやって、あなたに見守られて死ねるなら、それで、それだけで幸せです。

 私を愛してくれて、ありがとう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る