『その手のプロ』

石燕の筆(影絵草子)

第1話

マイクを持った数人の記者がある男にインタビューする。


「あなたがあの有名な整理整頓のプロですね。お噂はかねがねetc…」


サングラスをかけた色黒のその男は執拗なインタビューにもまんざら不満でもなさそうに応えた。


「整理整頓は日頃の努力が大事なんだ。まず一度でも散らかしたらいろいろな場所に乱れが出る。恋愛とか人付き合いとかね」


そう言ってタクシーに乗った男はある住所を告げそのまま記者たちを残し走り去った。


やがて男はそれから様々なプロになる。

プロには資格はいらない。そう周りから呼ばれればその分野のエキスパートになれるのだ。


たとえば赤ちゃんをあやすプロ。散歩のプロ。

家庭菜園のプロ。言い訳のプロ。

誤字脱字のプロ。逃げ足のプロ。


男はマスコミから様々な顔を持つプロと呼ばれ調子に乗っていた。


やがて男はマスコミから不死身のプロ。あるいはどんな状況下に措かれても死なないプロ。

そう呼ばれていた。


しかしその呼び方は風聞や噂がつくった偽の情報。しかし男はそれも美味しいとマスコミに噂は本当だと話した。


それから男は危険なスタントや命懸けのマジック。

様々な死と背中あわせのパフォーマンスを見せるようになった。


ある時、男は仮死状態から生還すると断言し、わざと大量の薬を服用。

それから何年かして男は記憶喪失になったまま目覚めた。


マスコミは「記憶喪失のプロ」と彼を呼んでもてはやした。

だが、それから何年かするとマスコミはかそんな彼に飽きたのか彼を話題にすることはなくなった。


それを良く思わない男は再び自分に注目してもらおうとある美術館の厳重な警備を掻い潜り美術品を盗んだ。


「窃盗のプロ」


彼はそれをマスコミの前で公開。

だが、彼は当然のごとく刑務所行き。


何年かして、刑務所から出てきた男をマスコミが取り囲む。


記者「今、忘れられた人という特集をやってまして、あなたがあの有名なあの人は今のプロですよね」


彼ははじめてプロと呼ばれることに恥ずかしさと奇妙な抵抗感を抱いた。


「いえ人違いです」


男はかかわり合いになりたくなくてマスコミを振り切ろうとしたが、記者が詰め寄り


「なるほど今度はしらばっくれのプロですね」


違いますと強い口調で言い返すと


「ではなんのプロなんですか?」


カメラの光が瞬いていくつものマイクが彼に向けられた。


「もうほっといてくれ。俺はなんのプロでもない」


記者は納得したようにマイクを離した。

しばらくしてはっと何かに気づいた顔をして


「なんのプロでもないプロ。それこそ究極のプロの中のプロですね!関心です」


そう言う記者にあきれながら男は叫んだ。


「違う!俺はプロなんかじゃなーーい!!!」


今月号のある雑誌に出所後初インタビューと題され「スクープ絶叫のプロ」


そう書かれた見出しに刑務所をバッグに叫ぶ男を写したカラー写真が特ダネとしてデカデカと掲載された。

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『その手のプロ』 石燕の筆(影絵草子) @masingan

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