令和4年3月5日~殺生石が割れ封印されていた九尾の妖狐は数百年の時を経て”幼狐”へ!?~
北条 氏也
本編
各地で記録的な寒さとなった2022年冬。数百年の時を越えて九尾の妖狐が栃木の地に再び恐怖が訪れようとしていた……。
雪が降りしきる3月5日。
『フッフッフッ……この時を待っておったぞ! 人間達め、この恨み晴らさでおくべきか……』
しめ縄によって巻かれた岩から声が聞こえ、次の瞬間に表面に入ったひびが一気に走りしめ縄も切り裂いて真っ二つに割れる。
上がった雪煙の中から現れたのは、丸裸で九本の尾と狐の耳を持った長い黒髪に紅の瞳の幼い女の子だった。
「やっと封印が解けた!! さあ、わらわを封印した人間共に復習する時がきたぞ!! このセツを怒らせた事を存分に後悔させてやる!!さあ、ゆくぞ!! いでよ雲龍!!」
…………
…………
…………
「……あれ?」
セツは手を前に突き出して首を傾げた。
それもそのはず。眼前にあったその手は小さな紅葉のようで、それはまるで幼子の手そのものだった……。
「―――な、なんじゃこれわああああああああああああああああッ!!」
天を仰ぎ叫んだセツをこんこんと降りしきる雪が裸のセツの姿を隠すように虚しく降り続けていた。
「なぜじゃ……長く封印されておって、力も流れ出てしもうたのか……?」
その場に両手を突き絶望に打ちひしがれていると、セツが叫ぶ声を聞いた近くの老人が様子を見にやって来る数人の声が聞こえ、セツは急いでその場を離れる。
近くの木の陰に隠れ様子を窺うセツ。
すると、高齢の男性数人が懐中電灯を持って走ってやってきた。
「なんだ? 誰かんの声が聞ごえたと思ったが……」
「おい! こんれを見でぇみぃろぉ!」
「あらぁ、こんれは妖狐を封印すた石が割れでるでねぇか!!」
「ひっでぇなぁ。んっ誰がこんなごとするんだべ!!」
真っ二つに割れた石を囲んで老人達が話をしているのを、セツは木の陰に身を隠しつつじっと見つめている。
「ひびも入っておったす、かっでに割れたんだべ。んでも縁起わりぃな。なぬか災いがおぎねぇといいんだげどよ!」
「なぁぬ! 妖狐なぞめいすんだぁ! なぬもおぎねえべ!」
「んだな! 妖狐なんて子供をすつけるための作りばなすだぁ!」
「寒いす早く戻るべ!」
「んだな」
「んだんだ」
そう言って笑い声を上げてその場を去って行った。
数百年という時は妖怪には短く人間達にとっては長過ぎた……九尾の妖狐伝説は最早ただの作り話となってしまっていたのだ――。
だが、それを聞いたセツは怒り心頭。右拳を握り締めながら歯軋りをする。
「――あの人間共め……好き勝手言いおって……しかし、これでは戦えん! まずは着る物を作らんと……」
自分の体を見下ろすと一切れ纏わぬあられもない姿、文字通りまさに丸腰の状態だ。どうやら、封印された時に妖力の殆どを失ってしまったらしい。
セツは手を大きく前に突き出すと目を閉じて集中する。直後、セツの体を黒い光りが包み黄色い布地に赤い帯の着物が現われる。
「これでよし!」
ドヤ顔で右手をぎっと握り締めガッツポーズをしながら深く頷く。
その直後、セツのお腹がけたたましく鳴った。
「……お、お腹が空いたのだ。数百年ぶりに力を使って妖力もすっからかんじゃ……なにか食べ物を食べねば……」
お腹を押えながら雪が積もる中を歩いて森の中へと消えて行った……。
数百年前とは全く違う街の中をとぼとぼと歩くセツだったが、周りはもうすっかり夜も深まった頃、店などどこも開いているはずがない。
「見たことのない物ばかりじゃ、それにしても腹が減ったのう……なんでわらわがこんな目に……こんな目にあわねばならぬ! ぐぬぬ、人間共めきっとお前達を恐怖のどん底へ――」
俯き加減に歩くセツの目の前に2階建てのアパートに一件だけ明かりの付いた部屋を見つけた。
「もうあそこで良い! とりあえず。人間を襲って食べ物を奪うのだ!」
セツは地面を蹴って大きく飛び上がると二階の部屋のベランダに降り立った。
ベランダに降り立ったセツはガラス窓に突撃する。
だが、ガラスに阻まれ大きく後ろへと転がり壁にぶつかる。
くるくると数回回ったセツは壁に背中を打ち付け頭を回しながら呟く。
「な、なんじゃ……開いておったはずなのに……妖力ではじかれたぞ? 人間め陰陽師を忍ばせておったとは……」
目を回し混乱する意識の中、部屋の中から一人の少年が歩いて来る。
紺色のパジャマ姿の少年は不思議そうな顔をしながら窓を開けて放つ。
目の前にいたきめ細かい長い黒髪が体温で微かに溶けた滴が髪にツヤを出してキラキラと輝き、深紅の瞳はガラスにぶつかった痛みで涙が滲んで輝いて吸い込まれそうだった。
見た目は美幼女だが……ただ、狐のような耳と九つに分かれた尻尾を見ると人間ではなさそうだ。
呆然と自分の方を見ている少年にセツが立ち上がると右手を前に突き出して誇らしげに言い放つ。
「わらわは最強の妖狐! 九尾の妖狐なり! 人間よ。体を八つ裂きにされたくなければ大人しくわらわに従え――ぐうぅぅぅぅぅ~」
「…………お腹空いてるの?」
首を傾げてそう尋ねる少年にセツは動揺しながらも叫ぶ。
「ば、ばかもの! お腹が空いてるなどという程度ではないわ! お腹と背中がくっつくくらいだわッ!! 」
「それは大変だね。なら、ゲームやってる時にお腹空いた時用の夜食でかりんとうまんじゅうを買ってたけど食べる?」
「なんじゃ? かりんとまん…………ええい言いにくい。なんでも良いわ! 早く供物を出さねば後悔する事になるぞ人間……」
凄みを出そうと不気味な笑みを浮かべるセツだったが、その間もお腹が鳴っているので凄みは一切感じられない。
少年は棚からかりんとうまんじゅうの入った箱から紙袋に入った中身を出して2つ皿に載せてテーブルに置いてセツを手招きする。
セツは左右を見渡して陰陽師がカーテンの所に隠れていないのを確認すると、てくてくと駆けてテーブルに置かれたかりんとうまんじゅうの所まできてくんくんと鼻を近づけて臭いを嗅ぐ。
黒糖の焼けた香ばしい匂いに表面は焦げたように茶色い未知の食べ物をじっと見つめると空腹に負けて一つ手に取って思わず口の中に入れる。
「…………なんじゃこれは!! 外はカリカリ中はもちもち、あんこはしっとりとして甘さもちょうどよい!! こんな美味な食べ物が人間界にあったとは!!」
嬉しそうに一つぺろりと食べ終えたセツはもう一つのかりんとうまんじゅうに噛み付いた。
「うまぁ~。かりかりもちもちなのだぁ~」
そう言って本当においしそうに食べるセツに少年は冷蔵庫から牛乳を出してコップに注ぐとそれをテーブルに置く。
「僕は那須一馬。君の名前は?」
「一馬と申すのか……一馬よ。人に名を尋ねる時にはそれなりの流儀があるであろう? ほれ、おかわりを所望するのじゃ!!」
「はいはい」
一馬はそう言って今度は箱ごとセツの方へ持ってきた。
目の前に置かれた箱の中のかりんとうまんじゅうを手に取って袋を破り捨てると嬉しそうに再び食べ始めるセツ。
一心不乱にかりんとうまんじゅうを頬張るセツに一馬はもう一度質問を投げ掛ける。
「それで君の名前は?」
「わらわはセツじゃ! 一馬よわらわは御主が気に入った! こんな美味な食べ物を供えられては無闇に殺せぬなぁ~。感謝するのだ! わらわはこれが気に入ったぞ! かりんとうまんじゅうを出す間はわらわも手を出さないでいてやろう! 御主は村の者から褒められるであろうな! うまうまぁ~」
偉そうにそう言い放つセツはかりんとうまんじゅうを美味しそうに口一杯に頬張るのだった……。
こうして不運な事から殺生石が割れ蘇った伝説の九尾の妖狐はひとまず暴れることなく日本は何事もなく明日も続いていく?のだった……。
令和4年3月5日~殺生石が割れ封印されていた九尾の妖狐は数百年の時を経て”幼狐”へ!?~ 北条 氏也 @kazuya1334
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