第31話 秘密
この巨大な地下施設は最先端の科学技術を有している。飢えや病に怯えることもなく、人々は高い教養を持ち、文化的な暮らしをしている。この数日様々な施設や彼らの暮らしぶりを見学して、それは確かだった。だが、どうしても拭い切れない違和感にティアたちは戸惑った。
地下で暮らす人々は確かに安全な暮らしをしているが、彼らは一度も笑わないのだった。そんな彼らの容姿がまるで判を押したように同じであることに気づいたのはルーファスだった。
そう言われて注意深く観察していると、確かに多くの人間がそっくり同じ顔をしていると分かった。青白い肌に色素の薄い髪や瞳、本来なら劣性の遺伝要素として薄れていくはずのそうした特徴が多くの人間に見られた。そしてもう一つ、この地下施設には年寄りが一人もいなかった。今まで会った中で最も年長者はアルトマン医師だが、彼もせいぜい五十代半ばと思われた。
何か重大な秘密が隠されているのではないか、そう言い出したのはネイサンで、当初ルーファスやティアはそれを真に受けることはなかったが、日に日に募る違和感の正体を説明できないのもまた事実だった。五人はそれぞれ得た情報を、監視の目の届かない屋外で共有した。
グウェンの話から、アルトマン医師から何か聞き出せないかと、その機会を窺っていた五人は、エアから提案されていた全身の精密検査を受け入れることにした。
当初その提案をされた時、五人はその検査の内容に戸惑い、返答を保留していた。血液や尿を採取して検査するというのだ。さらに見たこともない機械の中に閉じ込められて、脳や内臓の全てを診断するというので、特に男性三人はお互いに顔を見合わせ、乗り気でないのをその表情であらわにした。
だが医師と自然に接触できる機会は他にない。五人は医師による精密検査を承諾した。
精密検査の当日、朝から何も食べずに五人は医師の診察室を訪れた。いくつかの不思議な検査を受けた後、五人から大量に抜き取られた血液は数本の採血管に分けられ、それを看護師がどこかへ運んでいった。その後ろ姿を見送って、アルトマン医師はメガネを外すと大きくため息をついて、さて、と呟いた。
「私に用があるのでしょう」
思いがけない医師の言葉に五人は顔を見合わせるが、すぐにルーファスが答える。
「聞きたい事がある」
医師は頷き、無言のまま右手でドアを指し示す。医師の案内で遺体安置室に移動した五人は、死者の部屋でその真っ白な壁や天井を見回す。確かに監視カメラの
真っ白で何もない、死者のための部屋で、アルトマン医師は小さな丸イスを取り出し、自ら腰掛けた。グウェンもすぐ隣に腰を下ろし、後の三人はめいめいに壁にもたれたり検死台に腰掛けたりした。
アルトマン医師は長い沈黙の後、決意したように顔を上げ、皆を見回すと静かに話し始めた。
「我々は、エアとその側近たちの奴隷です。あなた方が目にしたものは、氷山のほんの一角に過ぎません。……この地下世界の本当の姿は、最深部にあるのです」
沈黙の中に響くその第一声は、あまりにも衝撃的で、かつ予想外のものだった。誰もがその言葉の真意を図りかね、戸惑ったが静かに医師の言葉を待った。
「まず最初に、かつて人類が存亡の危機を迎えたことはご存知でしょう。人々はあらゆる自然から見放され、孤立したのです。それは確かな事実で、当時の人類はなんとかその危機をくぐり抜け生き延びる道を模索しました。その結果がこの
ティアたちもそのことについては把握している。図書室で読んだ資料の内容とも合致する。
「そして、方舟に乗ることを許されたのは一部の権力者と金持ち、彼らの息のかかった科学者たちだけでした。――人類が何度も繰り返した歴史です。戦争や飢餓、人々を
確かに、国と社会が
「ですが、最悪なのは彼らが金持ちや権力者だったことではないのです。……本当の悪魔は彼らを意のままに操った一人の女です。その女はもともと高級娼婦だったと言われています。政府の高官や財界の有名人を相手にする娼婦で、自らをリリスと名乗りました。リリスはやがてその巧みな話術と美貌で男たちを操り、ある種のカルト集団を作り上げました。方舟を作ったのはその集団に属する者たちでした。この世界が滅びゆくのを目の当たりにして、男たちを
医師はそう言葉を区切ると立ち上がり、遺体安置用の冷蔵ケースの一つを引き出し、そこから酒の瓶を取り出した。
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