第33話 計画

 ネイサンは、長年の間に拾い集めた道具の中から、いくつか役に立ちそうなものを持ち込んでいた。その一つが録音機レコーダーだった。ずっと昔に手に入れて、修理を済ませ、仕組みも理解していたがバッテリーが手に入らないので使うことを諦めていたものだった。


 終末以前の人類が使っていた小型の機器類はほとんどが共通規格のバッテリーを用いていた。だから一つでもそのバッテリーが手に入れば、ネイサンの部屋にあるいくつかのガラクタが息を吹き返す筈だった。


 彼は今回の地下施設来訪であわよくばそのバッテリーが入手できないかと考えていたのだった。実際、方舟シェルターの技師たちにとってはそんな旧式の小さなバッテリーなど取るに足りないものだったので、簡単に譲り受けることが出来た。そしてネイサンは動き出したそのレコーダーをエアの部屋に置いた。


 ネイサンに最初からその意志があったわけではなかったが、アルトマン医師の告白を聞き、また自分たちに付けられた監視の目への不満もあり、ネイサンはささやかな抵抗として、毎日の昼食時に訪れるエアの私室にこっそりレコーダーを隠していたのだった。


 そしてそのレコーダーは、ネイサンの予想を遥かに超える、驚くべき音声を捉えていた。それを聞いたネイサンは、毎日の日課である外出時に、皆を呼び集めて珍しく真剣な顔で言った。


「――まあ、まずは聞いてみて欲しい」


 そう言ってネイサンは皆の前に小さなレコーダーを置いた。しばらくの無音の後、皆が聞き慣れた、ティアと同じ声が話し出した。



『ティアとチェイスにはここに残ってもらう。あれが――ければこの計画は全て水の泡だ。――の子供たちだけが再びこの世界を救うんだ。妹と、その相手に相応しい男がいればいい。残りの連中はそのまま返せ。だがもし抵抗するなら殺しても構わない』



 旧式で何の通信もしないレコーダーは彼らの警備体制をすり抜けたのだった。くぐもってところどころ掠れてはいたが、その恐ろしい目論見ははっきりと聞き取れた。声が途切れ、しばらく雑音が続いたところでネイサンが再生を止めた。


 出会ったばかりの血の繋がった兄弟の、耳を疑う言葉にティアは体の震えが止まらなかった。恐怖のためか、怒りのためか。五人を包む沈黙は重かった。やがて誰ともなく長いため息を付き、最初に口を開いたのはグウェンだった。


「ティア、お前さんには辛い決断になるだろうが、決めなきゃいけないよ」


 それを聞いたネイサンが抗議の声を上げる。


「マム、何言ってんだよ。ティアがあいつらに付くわけないだろ! ずっと俺たちと一緒に暮らして来たんだ。――なあ、ティアそうだろ? ルーファスも何とか言えよ」


「――ネイサン」


 低く、だが強い口調でルーファスがネイサンを遮る。ネイサンは口を開けたまま泣き出しそうな顔をして、力なく草の上に座り込んだ。


「——チェイス、おまえが一番エアの近くにいただろう。何か気づいたことはないか」


 ルーファスはチェイスに尋ねる。チェイスは項垂れたまま首を振る。


「いや、おかしなことは何も……」


 チェイスは青ざめた顔をして、言葉もなく立ちすくんだ。エアの言葉が頭の中で繰り返される。



『妹に相応しい男がいればいい。抵抗するなら殺しても構わない』


『彼さえいなければティアは君のものだよ。僕は君こそティアに相応しいと思ってる』

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