第17話 悪魔と結婚式




「ねぇ、最近あのお屋敷の人達、見ないわね」

「そうね。そういえばあそこの息子さんって隣町のご令嬢と婚約破棄したとか……」

「そうそう。でもすぐに他の子と婚約をしたって聞いたわよ」

「まぁ……誠実そうに見えたのに……ごほっ、ごほっ」

「あら風邪? そういえば、最近流行ってるみたいね。うちの夫もずっと咳き込んでるわ」

「どこかの村で流行り病で亡くなった人がいるらしいじゃない。私たちも気を付けないとねぇ」


 行き交う人がそんな噂をする中、ディゼルは屋敷中に赤い花をばら撒いていた。

 屋敷の外に漏れるほど、甘い香りを漂わせている。廊下には力なく倒れるメイドや執事たち。広い食堂の椅子にはジョシュアと彼の父が焦点の合わない目で座っていた。


「今日は随分と華やかだな」

「ええ。結婚式ですから」


 ディゼルの背後にある黒い靄から悪魔が現れた。

 屋敷の中を埋め尽くすほどの花の数に、悪魔は愉快そうに笑う。どれほどの血を流して花を咲かせたのだろうか。己の血で咲かせた花に囲まれて微笑むディゼルは、今までで一番楽しそうな表情を浮かべている。


「悪魔様、どうですか? 綺麗に出来ましたでしょうか」

「ああ。最高だな、これほど美しい花嫁はそういないだろう」

「まぁ……」


 真っ白なドレスを身に纏ったディゼルは嬉しそうに微笑んだ。

 少しずつこの国も不幸で満たされていった。常にディゼルと共に過ごしていたジョシュアはあっという間に心が壊れ、彼の父も正気を保てなくなった。

 この屋敷を中心に周囲の人達にも病や事故が増えた。悪魔は立ち込める不穏な空気に腹を満たしている。


「お前は本当に面白い人間だな、ディゼル。ここまで食事に困らなくなるとは思わなかった」

「私、悪魔様のお役に立ててますか?」

「ああ。あとはお前の魂がもっともっと熟すのを待つばかりだ」

「私、この数日はあなた以外を愛するフリをし続けて気が狂いそうでしたわ。疑われないようにあの男の口付けを許し、抱かれましたが……もうそんな我慢はしなくていいですよね」

「そうだな。これまでの褒美に、この場でお前を抱いてやろうか、ディゼル……」

「まぁ……お気持ちだけで私は天にも昇りそうなほど嬉しいです。悪魔様、どうか私をあなたの花嫁にしてください」


 ディゼルが両手を広げると、悪魔はククっと喉を鳴らしながら彼女を抱きしめた。

 悪魔の長い舌が彼女の口内を犯し、唾液を飲み干していく。舌で口の中を撫でられるたびに、ディゼルは体をビクビクを震わせた。


「ふ、ぅん……あくま、さま……」

「ああ……甘いな。どんどん美味くなる。たまらない……ディゼル、俺の花嫁。もっともっと不幸で熟してくれ……俺に最高の絶望を教えてくれ」

「はい、悪魔様……」


 悪魔に抱かれ、悪魔を心から愛する不幸な娘。

 今まで多くの者がディゼルに思いを寄せたが、誰の好意も心に響くことはなかった。

 悪魔が自分のことを餌としか見てないのも知ってる。腹を満たすためだけの食料でしかないことを解った上で、ディゼルは悪魔を愛してる。

 悪魔である彼だけが、自分を求めてくれる。必要としてる。それはこの身を捧ぐのに十分な理由だった。


「ディゼル……今一度、悪魔に誓えるか? その体も、心も、俺のものであると」

「ええ……誓います……あなたのために、この身を捧ぐこと……病めるときも健やかな時も、私はあなたのためだけに生きると……」

「それでいい。俺のディゼル……もっと不幸で満たせ。忌まわしいお前の親も妹も、絶望に落とせ。お前の復讐は、きっと俺の腹を、心を満たすだろう」

「はい、悪魔様……あなたのおかげで私は私を虐げたものに復讐が出来る……ああ、私のこの復讐心があなたのお役に立つだなんて、嬉しくて涙が止まりません……」

「そうだ、もっと腹を煮え滾らせろ。そうすれば、お前の魂はもっと美味くなる」

「ああ……悪魔様、悪魔様……」


 ディゼルは知っている。本当の悪意を。

 人間の心の中に潜む悍ましい悪魔の姿を、知っている。自分たちが正しいと信じて自分勝手な言葉を並べて正当化しようとする人間の方が気持ちが悪い。

 自分の欲望に正直な悪魔の方がよっぽどマシだ。むしろ嘘を言わない悪魔の言葉は何よりも信用できる。


「……愛してます、悪魔様……」


 心からの言葉を、ディゼルは告げる。

 愛する悪魔のために、もっと絶望と復讐のために生きようと、思える。


 純粋に、愛のために。



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