第14話 愛に溺れる
二人が去った後、ロウランの町で起きていた不幸な出来事はピタリと止んだ。
誰もが口を揃え、ディゼルがいなくなったおかげだと言って大喜びをしていた。
レイナも彼の両親も、これでようやくアインの目も覚めるだろう。そう思って結婚式の準備を進めていった。
町中がお祝いムードで包まれ、誰もが笑顔を浮かべていた。
アイン一人を除いて。
「……」
「私の言った通りだったでしょう? あの子がいなくなったおかげで、こんなにもみんなが幸せになったわ」
「……ああ。そうだな」
ディゼルが去って数日経っても、アインはずっと上の空だった。
結婚式の話をしても適当に相槌を打つだけ。皆が祝福してくれているのに、肝心のアインがこんな状態では何にも喜べない。
「……そんなに、私がお嫌い?」
「…………僕は別に君が嫌いな訳じゃない。ただ……」
「忘れなさい。あの子はもう、いないのよ」
「わかってる。わかってるよ……でも、僕は……」
「……貴方の妻は、私なのよ」
「ディゼル……」
「……っ」
「……ディゼル……ディゼル……」
アインは静かに涙を零した。
この町に不幸を招いた死神は彼の心を奪ったまま消えてしまった。レイナは婚約者の憔悴しきった様子に、爪が食い込むほど拳を握り締めた。
「わかったわ。わかったわよ、私がアインの目を覚ましてあげるわ……!」
その晩。レイナは夜な夜な家を抜け出し、隣国へと続く街道を歩いていった。
その目的は、町に多大なる死を招いた死神を殺すため。アインの心を取り戻すため。
ひたすら夜道を駆けていくレイナ。彼女は、懐に忍ばせた短剣を握りしめて覚悟を決める。悪魔と行動しているため、まだ近くにいるかどうかも分からない。
それでも何もしない訳にはいかなかった。
レイナの強い願いが叶ったのか、ただの悪魔の気まぐれか。
ディゼルはロウランの町からそう遠くないところに居た。街道から少し外れた場所で火を焚いて、今晩はここで夜を明かすつもりらしい。
ディゼルは揺れる火を眺めながら、静かに溜息を吐く。
「……はぁ」
「どうかしたか? 随分と不幸の味が甘ったるくなっているぞ?」
「それは、良いことですか?」
「悪くはないな」
「そうですか……」
「憂いを帯びたお前も、悪くないぞ」
「悪魔さん……」
愛おしそうな目で悪魔を見つめるディゼル。彼女の目には夜空より深い漆黒の闇に身を包んだ悪魔しか映っていない。
そこに、短剣を握りしめたレイナが二人の元に辿り着いた。
「……見つけたわよ、死神」
「あら、レイナさん?」
「あんたのせいで……あんたのせいでアインは……!!」
「アインがどうかしましたか? もうすぐ結婚式では?」
「どんなに周りが祝ってくれたって、アイン本人が喜んでなきゃ意味がないのよ! それもこれも、アンタがいるせいよ!!」
「まぁ……それは申し訳ありません」
何の感情も籠っていない謝罪に、レイナは激昂した。
こんな女のせいで大切な人が悲しんでいる。許せない。レイナは懐から短剣を取り出して鞘から抜いた。
「……っ、この化け物がああああああ!!!」
「……残念なことです」
レイナが振り上げた短剣は、まるで飴のように溶けていった。ディゼルのそばには悪魔が付いているのだ。そんな小さな短剣でどうにか出来るわけがなかった。
怒りも一瞬で消え去るほどの恐怖。レイナはあまりの驚きに声を上げることも出来ず、逃げ出そうにも足が竦んで身動き一つも出来ない。
まさに顔面蒼白。そんなレイナに、ディゼルは静かに涙を流した。
「……どうして、なのでしょうか」
「どうした?」
「私は、ただただあなたが愛しいだけなのに。それを誰にも理解されないのが悲しくて仕方ないのです。悪魔であるあなたのことを愛するのは、そんなにおかしなことなのでしょうか?」
「ああ。おかしいな。異常だ。だから俺は、お前が愛おしいぞ」
「ああ……愛しい方。この身が不幸で熟したときには、私のことを食べてくださいますか?」
「ああ。骨までドロッドロに甘ったるくなったら食べてやろう」
「まぁ……想像しただけで、涙が出そうです」
「泣くがいい。お前の涙は嫌いじゃない」
「ふふ」
レイナのことなど目に入らないのか、ディゼルは悪魔に身を寄せて目を閉じた。
傍からは黒い靄に包まれたようにしか見えない。しかし彼女の表情はあまりにも美しい。悍ましい光景なのに、まるで絵画でも見ているような気になってしまう。
気付けばレイナは悪魔の瘴気に当てられ、そのまま気を失っていた。
目を覚ましたとき、ディゼルはもういなくなっていて、レイナも記憶があやふやだった。偶然通りかかった人に介抱され、そのまま町に戻るがアインの様子は何も変わらないまま。
結婚式は予定通りに行われたが、二人はとても幸せとは言えない結婚生活を送ることとなった。
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