第7話 儚げな少女
ここは、とある国の末端にある小さな小さな町、ロウラン。
人口は少ないが気候も良く、緑も豊かで町民は皆笑顔で暮らしていた。
この村の長の子供として生まれた青年、名をアインハルト・クロウゼア。
彼は幼い頃から町長の息子として恥じることのないよう努力してきた。何が出来ても当たり前。常に町のために、町民のためにと、懸命に努めていた。
「アインハルトさん」
「レイナ」
ある日、屋敷を訪ねてきたのは予てより話が進められてきた婚約の相手、レイナだ。
レイナは礼儀正しくお辞儀をして、アインに挨拶をした。
「今日からお屋敷に住まわせていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します」
「ああ。こちらこそ」
「私、貴方の妻として恥ずかしくないよう、この家のために尽くしていきますわ」
「そんなに気を張らなくていいよ。自分の家だと思って、っていうか今日からここが君の家なんだから」
「そうですね」
まだ緊張しているのか、体に力が入ってる彼女の肩にアインは手を置いた。安心させるように、そっと笑顔を浮かべて。
「それと、敬語もいらないよ」
「ですが……」
「夫婦になるんだから、ね?」
「ふふ。そうね」
嬉しそうに笑うレイナに、アインは少しだけ心を痛めた。
これは親が決めたこと。自分たちは、その敷かれたレールの上をただただ歩いているだけ。レイナはアインに対して元より好意を抱いていたそうだが、アイン本人は違う。
自分のために尽くそうとしてくれている彼女に対して罪悪感を覚える。
レイナは確かに美人で器量もよく、妻として申し分ない。彼女のことを大事にすることは出来ても、愛することは出来るのだろうか。
愛されている自覚はある。でも、愛する自信はない。
アインは今まで本気で誰かを愛したことがないのだから。
「……はぁ」
「きゃあ!」
「え?」
レイナが屋敷にやってきてから数週間経った頃。アインが町の中を歩いていると、少し離れた場所から誰かの声が聞こえた。
誰だろう。そう思って声がした方へ視線を向けると、この辺では見ない女の子が地面に座り込んでいた。アインは慌てて駆け寄り、彼女に手を差し伸べる。
「君……大丈夫?」
「え、ええ……ちょっと躓いてしまっただけだから」
「怪我してない?」
「だ、大丈夫……っ!」
「ああ、膝を擦りむいてるじゃないか。えっと、歩ける?」
「え?」
「僕の家、すぐそこなんだ。手当てくらいなら出来るから」
「……あ、ありがとう」
少女の笑顔に、アインは胸が高鳴るのを感じた。
花のような、美しい微笑み。どこか儚げで、触れたら折れてしまいそうなくらい、繊細で。今までに感じたことのない感情が、胸の中に生まれていく。
どうしてだろう。彼女と話をするだけで緊張する。笑顔を見ると、顔が熱くなる。
早鐘を打つ鼓動に戸惑いながらも、アインは彼女を屋敷へと案内した。
ドアを開けると、すぐにレイナが出迎えてくれた。レイナは一緒にいる少女に少しだけ表情を歪めるが、軽く首を振って落ち着きながら対応する。
「おかえりなさい……その子は?」
「お、お邪魔します」
「足を怪我してるんだ。救急道具は?」
「今持ってくるわ」
レイナは小さく頷いて救急箱を取りに行った。
その間にアインは少女を客間に連れていき、濡らしたタオルで彼女の傷口の汚れを落とした。時折、痛くはないかと確認しながら介抱をしてくれる彼に、少女はおずおずと話しかける。
「……あ、あの方は?」
「彼女は……僕の婚約者だ」
「そうでしたか……」
「それより、君の名前は?」
「ディゼル・フロワーダと申します」
「……ディゼル。僕はアインハルト・クロウゼア。町長の息子だ」
「そうでしたか。あの、申し訳ありません。そのようなお方の手を煩わせてしまって……」
困ったように表情を曇らせるディゼルに、アインは慌てて首を振った。
「あ、いや。気にしないで、僕の方から手当てをしたいと言ったんだからね」
「……お優しいのですね」
「そ、そんなことないよ」
「いいえ。貴方はとても優しい人だわ」
「……ディゼル」
全てを包み込むような笑顔に、アインは彼女から目が離せなかった。
まるで心を鷲掴みされているかのように、苦しくなるほどに。彼女のことが、気になって仕方ない。
その笑顔に見蕩れていると、ドアの方からわざとらしい咳払いが聞こえ、アインはビクッと肩を震わせた。
「アイン、持ってきたわよ」
「あ、ああ。ありがとう、レイナ」
「ありがとうございます」
手当をレイナに任せ、アインは少し離れた場所で二人の様子を見ていた。
少し落ち着こう。そう思いながらも、目がディゼルを追ってしまう。この気持ちは一体何なんだろう。どんなに考えても、今はまだ答えが出ない。
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