第60話 三回目のループのこと

 ◇


 私が彼――ノア、と組んだのは三回目のループのときだった。


 当時、神官の中でも神力が強めの彼は、『癒しの聖女』を守るために最適な存在とされていた。だから、次の『癒しの聖女』の相棒はノアにしようというのが神殿での既定路線だったらしい。


 けれど、彼は私が啓示の儀を受けた日に両親を亡くした。彼の両親が乗った馬車が街中で強盗に襲われたのだ。誰かが助けに入る隙もなく、一瞬のことだったらしい。


 そのせいで、三回目のループで私が出会ったノアの目は虚ろだった。


 裕福な商人の家で何不自由なく育ったノアだったけれど、実際には商会を経営するため家や土地を担保にしてあちこちに借金をしている状態だったらしい。その襲撃をきっかけに実家の商会は倒産し、ノアは両親も帰る家も何もかもを失ってしまったのだ。


 私はそのことに大きな責任を感じていた。だって、襲われるのは私のお父様が乗った馬車のはずだったのだから。


 啓示の儀のあの日。私が出発する前に異母妹・クリスティーナと喧嘩をして出発を遅らせたせいで、ノアの両親が被害に遭ってしまったのだ。


 だから、私が出会ったときノアの心は荒んでいた。神殿で皆に尊敬される大神官様を敬愛することもなく、神官として神殿にいるのはほかに行き場がないからだと公言して憚らなかった。


 そんな彼とともに、私は遠方の町へ派遣され流行り病の治療にあたった。


 病気やけがを治すには、回復魔法よりも薬が優先して使用される。回復魔法での身体へのダメージの蓄積は、数十年という期間で考えると馬鹿にできないからだ。


 けれど、そのときはそんなことを言っていられる状況ではなくて。ノアはただ同行しているだけの存在。手伝ってくれる素振りもなくて、私には神殿からの指示も伝わりにくい。とにかく片っ端から回復魔法をかけるしかなかった。


 そんな私を助けてくれようとしたのが、最寄りの大都市に常駐する騎士団に所属するひとりの騎士だった。あの町に滞在した二か月間ほどの間に私は彼と仲良くなり、いい友人になった。休憩時間の度に彼は私に会いにきてくれて、他愛のない話をした。


 そして、ある日とうとう私も病にかかった。回復魔法の使いすぎで体力が落ちていた私の病状はみるみるうちに悪化し、薬では治すのが難しくなった。


 回復魔法は自分にはかけられないし、そもそも具合が悪すぎて動けない。彼は寝込んだ私に『ほかの癒しの聖女を呼んでくるから待っていて』と言ってどこかへ消えた。心細い私に寄り添ってくれて、そのときは好きだと思った。けれど、彼はそのまま二度と戻らなかった。


 気がついたら私は15歳。目の前にはシャンデリアが降ってきていた。


 どうしても腹立たしかったので、4回目の人生では彼のことを調べた。そうしたら、彼にはきちんとした婚約者がいた。きっとその婚約者に私との関係を問い詰められでもしていたのだと思う。

 

 あのとき、彼を頼った自分を呪いたい……!


 ◇


 回想を終えた私は、三回目のループとは態度がちっとも変わらない……いや、むしろ悪化しているように見えるノアに向き合っていた。


「僕はノア・セシル・ベネット。家はベネット商会。知ってるよね?」

「ええ、まあ」

「この前、王都の一番地に建ったデパートはうちのなんだ。行ったことはある?」

「い、いいえ」

「それもったいないよ。外観も内装も最上級で、社交界でも今一番アツいスポットだって人気なんだから」


 家の自慢が始まった!


 ただただ驚いて目を瞬く私の様子を、ノアは全く気にかけていない様子だった。その調子のまま、あっさりと告げてくる。


「今度の黒竜討伐、僕も一緒に行くことになったから」

「……え、ノアさん、がですか」

「そう。上の命令だから仕方がなく行くけど、僕は君なんかについていくのは嫌なんだ。迷惑かけないでよ」


「上の命令、ってあの」

「王妃陛下と大神官様の命令。僕って今王妃陛下付きの神官として王宮に派遣されてるじゃん?」


 知っているけれど、あまりに得意げな彼に私の瞬きは止まらない。ついでに言葉も出ない。


「君、ちゃんと話せないんだ? 規格外の聖女っていうから、どんなのかと思ったけど。……これなら楽勝だな」


 最後のほうはよく聞こえなかった。けれど、ノアは好き放題私をざっくざくと刺しまくると、ひらひらと向こうへ行ってしまった。


「……なんなの……」

『やなやつ。ひとひねり、していい?』

「それはダメ」

『えー。セレスティアっておんびんにすませたがるよねえ』


 誰にでもお腹を見せるリルだけど、言いたい放題のノアにはさすがに見せなかった。異母妹・クリスティーナやお父様に続いて三人目である。


「私と話してくれるようになったらどんな感じかなって思っていたのだけれど……想像と違いすぎて何も言葉が出なかった……」


 王宮と神殿はそれぞれ独立していて、隔たりがある。けれど、王族の保護と神からの加護を受けるため、数人の神官が王宮へと派遣されている。


 私と組まされなかった人生では、ノアは王宮に派遣されて王妃陛下付きの神官として務めていた。今回の人生も同じ。


 もしかして、私が三回目のループでノアから無視されていたのって、彼が闇落ちしていたからではないのでは……!?


『特に金持ちではない貴族の、異母妹を虐める酷い姉なんて話す価値がない』と思われていそう……。


 数日後に迫っているであろう黒竜討伐への出発を前に、私はため息をついたのだった。

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