第41話『戦いの聖女』と彗星②

 大神官様とトラヴィスの会話にどうしても納得がいかない私は、おずおずと申し出てみる。


「あのう、大神官様」

「なんじゃ、聖女・セレスティア」

「私もサシェの町へ行ってもいいでしょうか」

「ううむ」


「だめだよ」


 一瞬だけ考えてくれる仕草を見せた大神官様の前に立ちはだかったのは、やっぱりトラヴィスだった。


「どうしてですか、トラヴィス」

「何があるかわからないだろう。そんな危険な場所にセレスティアを行かせるわけにはいかない」


「ま……まぁ……トラヴィスがそういうならそうじゃのう」

「もう、大神官様!」

 

 私は大神官様をキッと睨んだ。この場合、どちらを落とすかと言えばトラヴィスだろう。トラヴィスが首を縦に振れば、大神官様も許可を下さるからだ。


 けれど、どちらを落とすのが簡単かという問題になると、その答えは圧倒的に大神官様のほうだった。


「大神官様のお部屋の……大きな本棚の一番上の段には」

「むう!」


 そこまで言った途端大神官様の目が泳いだ。やっぱり今回の人生でもそうなのだ。これはいける、そう思ったところで、狙い通り不思議そうな顔をしたひとりの聖女が聞いてくる。


「本棚の一番上の段に、何があるのでしょうか?」


 秘密のお酒があるのです。


 本に見せかけたケースの中に、そのお酒はある。何度目かの人生で私はそれを知った。あの時、私にとっておきのお酒をふるまってくれた大神官様には申し訳ないけれど、背に腹は代えられない。ごめんなさい、大神官様。


「一番上の段にある、濃い緑色の本を持ち上げてみてくだ」

「仕方がない聖女・セレスティアの同行を許そう」

「大神官様!?」


 驚愕の表情を浮かべるトラヴィスを横目に、私は心の中で手を組む。


 ちなみに、大神官様の名誉のために言っておくと、ルーティニア王国の神殿に仕える者に対して嗜好品は制限されていない。もちろん、アルコールも。


「しかし……聖女・セレスティアにはそこまで見えるのかのう」

「規格外の聖女……みたいですからね、私は」


 トラヴィスから向けられる不満げな視線には気がつかないふりをして、私はにっこりと微笑んだのだった。


 ◇


 私たちはその日のうちに、辺境の町・サシェへと出発することになった。本来であれば、万一のことを考えて聖女や神官を複数派遣しなければいけないところらしい。


 けれど今回は一刻を争う事態だ。派遣メンバーを厳選する前に、準備が整っている聖女と神官から出発を、ということになってしまった。


 ……つまり、必然とこうなる。


「……どうして私の隣にいるんですか……」

「大神官様の命令とあってはしかたがないだろう?」


 汽車の車窓を眺め、ため息をついた私に爽やかな笑顔を返すのはトラヴィスだった。


 この人生、神殿から承った初めての遠征任務に同行してくれるのが彼だなんて、聞いていない。けれど、私も今ひどいことを言った自覚はある。


「それもそうですね……失礼なことを言ってごめんなさい」

「いいや。前に困らせるようなことを言ったのは俺のほうだ」


 トラヴィスが私に同行することになったのは、ほかでもない大神官様の命令によるもので。私が危険地帯へ赴くのに、自分の腹心にあたる存在を護衛につけるのは当然のことなのだ。


 それなのに、ただ距離を置きたいという理由でトラヴィスを拒絶する私って、なんて自己中心的。反省しよう……。


「あの、トラヴィス……。出発前にシンディーと一緒に行きたいと騒いでごめんなさい」

「いいよ。気にしてない」

「トラヴィスのことが嫌いなわけではなくて。一緒にいると落ち着かないのです」


 あ、ちょっと本音を言いすぎた。


「ふぅん」


 案の定、彼が私の顔を覗き込んでくる。ここのところ真っ直ぐに見られなかった瑠璃色の瞳に目が行って、心臓が跳ねた。


「い、今のは間違いです」

「まぁ、少しぐらいは意識して欲しいなと思って言ったよ? でも思った以上にセレスティアには効果があったみたいだね。……かわいい」

「な、な、な!」


 やっぱり反省しなくていいかもしれない。やっぱりシンディーと一緒に行きたかったと大声で言うべきなのかもしれない。私は顔が赤くなっていくのを感じて、トラヴィスから目を逸らし車窓側を向く。


「また何か食べさせてあげようか?」

「だ、大丈夫です!」


 今朝食べた味のしないプリンを思い出して頭をぶんぶんと振る。もうごめんです。


 窓の外は暗くなりはじめていた。窓に映る、私の何ともいえない顔と余裕そうなトラヴィスの微笑み。


 きっと、任務が始まれば彼はそつなくこなすのだろう。こんな甘ったるい会話をしていたのがうそみたいに。だから私もしゃんとしなければ。



 なんとか思考の切り替えが済んだころで、リルがぴくりと耳を震わせた。


『セレスティア。なんだか、セレスティアににたかんじのひとがくる』

「……私に?」

『そう、クリスティーナみたいに、セレスティアとにたかんじのひと』


 この汽車は今回の事態に対処するため特別にサシェの町に向かっている。私のほかに国から派遣された人員も多数乗っているのだ。


 リルは神獣らしく、人を見抜く力があるらしい。私とクリスティーナのことも「けはいがにてるけどなかみがべつもの」と言ったりする。

 

 私に似た感じの人、って。先日、巫女の昇格試験に落ちたクリスティーナが今回の派遣対象になり得ないことは知っている。となると、誰?


 そんなことを考えているうちに、ガチャリと音がして私たちが乗っている客車の扉が開いた。そこに現れたのは。


「……ん? これは、セレスティアじゃないか!?」

「お、お父様」


 私がここ一年ほど手紙をスルーし続けている、お父様だった。

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