第40話『戦いの聖女』と彗星①
「悪くはないが……二人とも倒れられてしまったらのう」
言葉を濁す大神官様に私は微笑みを返す。
「大丈夫です。私に備わっている聖属性の魔力量に関しては大神官様が一番よく知っておいでのはずです」
「じゃが。クラリッサが何を見たのか聞いたうえでのほうがいいんじゃないかのう」
聖女だけではなく、魔力を使いすぎて気絶した人を回復魔法で無理に起こすのは決して褒められた方法ではない。見かけは回復したように思えても命を縮める危険があるからだ。
もちろん私の力を使えばそれも修復できるけれど、最終手段にしたい。
「クラリッサ様のお身体のことを考えると、回復魔法で目覚めさせるのは避けた方がよいのでは。それから、私にはリルもいます」
『ます!』
私の肩から下りたリルが得意げにお腹をさらす。かわいい。
「そうか。万一魔力が尽きても、フェンリルが魔力を満たす、と」
『そうだよ。セレスティアのまりょくをいっぱいたべてるから、だいじょうぶだよ』
「はい。大神官様、許可を」
「……あいわかった。許そう、聖女・セレスティア」
大神官様が承諾を下さると、クラリッサは数人の神官たちによって医務室へと運ばれて行った。
それを見送ってから、私は祭壇の前に跪き手を組む。
見えるものはわかっている。けれど、町を消さずに残す方法はないものだろうか。私の人生はループ5回目。どれも違う人生を選んできたように、あの辺境の町の未来も変えられたらいいのに。
聖属性の魔力を流すと、暗闇が少しずつ薄くなって映像が見えてきた。ざあざあとした雑音が聞こえて、その映像に関わる詳細な会話までは聞こえない。
少し不思議な感覚の先に見える映像に精神を研ぎ澄ましていると、この星のはるか遠くにある彗星から欠片が切り離された。感覚から見て、今より少し後の出来事になるのだろう。
その欠片はぐんぐんと光を帯びながらこの国に向かって落ちてくる。抵抗を受けても燃え尽きることはない。辺境のサシェと呼ばれる町に向かって落下する。そして。
――空の真ん中で何かに当たって粉々に弾け、しゅわっと消えた。
「あれ?」
見えたものがこれまでに知ったものとはあまりに違うので、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。
いざというときに私に魔力を渡そうと一緒に祭壇の前に座り込んでいたリルが鼻先までやってきて、首を傾げる。
『どうしたの、だいじょうぶ、セレスティア』
「ええ、問題ないのだけど」
『うん。まりょくもぜんぜんへっていないね』
「ええ、そんな感じがする。だって元気だもの……でも」
答えかけたところで、大神官様が私の視界に割りこんできた。
「もう見えたのか」
大神官様は驚きに目を丸くしている。そういえばそうだ。『先見の聖女』が力を使うときは、数日間この聖堂に籠って祈るのが当たり前なのだから。
クラリッサも、三日ほど前から身を清めてこの聖堂にこもりきりになっていた。私がすぐに未来を見られるのは、聖属性の魔力が強いからなのだろう。
「はい……あの」
「何を見たのじゃ」
「……三日後に、辺境の町サシェに彗星が落ち……」
ます、でいいのかな今のは?
私が見てきた過去4回のループでは、彗星は落ちた。けれど、今見た未来では落ちていなかった? ていうか、彗星の欠片が粉々に砕けて消えていたような? これは、町が守られるっていうことなのかな。
迷っているうちに、大神官様は顔を真っ青にして叫んだ。
「これは一大事じゃ。……急ぎ国王へ知らせを!」
聖堂の入り口近くにいた数人の神官が外に走っていくのが見える。確かに、こんなに大きな『予言』だ。一刻も早く王宮に知らせなくてはいけない。
「あの……大神官様。彗星が落ちたかどうかはわからないのです」
「どういうことじゃ?」
「町の上空に星が現れた後、何かに当たってしゅわっと消えてしまいまして」
「……なんと。そうなのかのう」
「……はい、そうなのです」
「もしかしたら、それは」
大神官様と二人で首をひねっていると、トラヴィスの声がした。いつの間にかこの聖堂に到着していたらしい。
「王国騎士団の精鋭部隊によるものかもしれないな。攻撃魔法同士でも、同じ威力のものがぶつかれば相殺される。それを応用して彗星をはね返そうとしたのかもしれない」
「トラヴィス。確かに理論上は可能かもしれないがのう」
「サシェの町の住民を避難させて、安全を確保したうえでなら試してみる価値はあるかもしれないですね」
「よし。ではその未来も王宮に伝えよう」
大神官様とトラヴィスの会話を聞きながら、私はなんだか腑に落ちていなかった。
だって、そんなことができるのならどうしてこれまでのループではその方法をとらなかったんだろう。ただ思いつかなかっただけ?
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