第34話『癒しの聖女』と魔石ブレスレット③

「シンディー!」


 私は慌てて彼女の身体を抱きとめる。と同時に、いろいろなものが見えた。美しいブロンドヘアの少女がベッドに横たわる姿、枕元に並ぶ洗練されたアクセサリーの数々。その少女は窓越しにレモンを眺めてため息をつく。


 ……あ。これ、さっきシンディーが神力を通じて見たアリーナの体力だ。


『先見の聖女』の力がシンディーを通じて、針を未来へと進めようとしている。それを察して、私は聖属性の魔力が使われるのに歯止めをかけた。


 そっか。いつもシンディーがクールで誰とも仲良くしようとしない理由がわかった気がする。そして、回復魔法を使った後につらそうにしている理由も。


「申し訳ありません。もう大丈夫ですから」


 蒼い顔をして私から離れようとするシンディーの手をぎゅっと握る。


「大丈夫ではないでしょう? ……シンディーは回復魔法を使った相手の修復不可能な部分がわかるのですね」

「……どうしてそれを」

「今、見えました」

「見えたって……私には見えないわ。ただ何となく感じるだけで……っ」


 しまった、という表情の彼女に私は手に込める力をさらに力を強めた。


「見えました。だから私も同じものを抱えられます」

「……何のことか」

「アリーナの姿が見えました。ベッドに横たわって、つらそうでした。窓を開けたいのに、それすらできない感情が」

「聖女・セレスティア様にはそこまで……」


 少し戸惑った後、シンディーは唸るように続けた。


「……そうです。私には、相手の命の残りが何となくわかります。たとえ魔法による傷が治癒しているようにみえても、体にはダメージが蓄積する。病だって同じです。それが何となくわかってしまうのです」


 シンディーは相手の命の残りのようなものを感じ取ってきたのだろう。それを誰にも言えなくて、どうしようもなくて。申し訳なさやいろんな感情があって、人との距離を置いてきた人。


 きっと、2回目のループで黒竜討伐に向かったときも、悩んでいたのだろう。


 ……まあ、さすがに、好きな人に突然矢面に立たされて燃え死んだ(ひどい)私の死期までは察していなかっただろうけれど。もし察していたら怒るけれど。


「シンディーさんは、アリーナのことを心配しているのですね。アリーナがいなくなった後のバージルのことも」

「どうしてそれを。もしかして先見の聖女の力でご覧になったのですか? ……でも、ここは聖堂ではありませんよね」


 心底意味がわからないという表情のシンディーに、私はにっこりと笑う。


「大丈夫です。ここでは、回復魔法を使えるのはシンディーさんだけではないのです。私にもアリーナを救うことができます」

「でも、回復したところで」


「私には、4つの能力があります。この場合、使うのは『癒しの聖女』の力と、『豊穣の聖女』の力でしょうか」

「せ、聖女様は神殿の許可なしに人の余命を左右する回復魔法を使うことは許されていません」


 ずっと強張っていたシンディーのくちびるが震えた。明らかな動揺が見えて、あともう少しだ、と思った。


「では、神官であるシンディーさんが許可してくださいませんか」

「……大神官様の腹心にあたるトラヴィス殿下なら。彼の許可を得たあとです」

「わかりました」

 

 事実上の許可が下りたことに私が微笑むと、シンディーは潤んでいた目を拭いて顔を上げた。いつもの冷静で落ち着いた表情。


 シンディーは堅い。本当にお堅い。信念があって、ルール違反は許してくれない。


 でも、すごく優しい。なかなか表面には出ないけれど。



 私は彼女のこういうところに憧れる。





「遅いと思ったら、こんなところにいたのか」

「トラヴィス」


 気がつくと、レモンの木の間にトラヴィスが立っていた。


「何を……?」


 視線が、私の背後にある梯子とレモンが入ったバスケットの間を行き来している。まずい。


「あの、お土産に……レモンを拾っていました」

「落ちたレモンをお土産にするのかな? 面白いね」


 爽やかな笑顔に、私は怯む。


 エイムズ伯爵家のお茶会で私をお姫様抱っこで退場したトラヴィス。屋根裏へ続く幅の広い梯子を登ることでさえ許してもらえなかったのに、木に登ってレモンを採っていたと知られたら呆れられそうだ。


『ひろったのはぼくだよ?』


 そうだね、リル。


「ええと、実は」


 仕方がないか、と口を開いたところで、私の前に立ってくれたのはシンディーだった。


「私がレモンの木へ登り、レモンの実を落として聖女・セレスティア様に拾っていただきました。聖女様に落としたものを拾わせて申し訳ございません」

「……そうなの? セレスティア?」


 そうなの?


 思いがけない援護に、シンディーへ視線を送る。いつも通りの冷静で涼しい横顔。唇の端が少しだけ持ち上がるのを見て、喜びがこみ上げた。


「そ、そうです!」

「そっか。でもあまり危ないことはしないでね」


 こくこくと首を縦に振ると、トラヴィスは納得してくれたようだった。


「それよりもご相談がございます。大神官様の懐刀でいらっしゃるガーランド侯、トラヴィス・ラーシュ・ガーランド殿下」

「……何かあった?」

 

 膝を折るシンディーにトラヴィスの表情がぴりっとしたものになる。


「聖女様が、命を長らえる回復魔法を使う許可を」

「ああ、それ。ここに来ることを決めた時点で出してるよ」


 苦笑するトラヴィスに、私とシンディーは初めて顔を見合わせて笑ったのだった。

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