第35話『癒しの聖女』と魔石ブレスレット④

 回復魔法は万能ではない。一時的に病や傷を治癒することはできても、体に蓄積したダメージは消せない。


 でも、ほかの能力を組み合わせたら何とかなりそうだった。これは、複数の聖女の力を持つ私の特権。

 

 私の手首に光る、魔石のブレスレット。これと同じデザインのものを一度目の人生のバージルは身に着けていた。……今回はそうはならないけれど。


 いま、こんなふうに私は少し真面目な考え事をしている。……が、剣呑とまではいかなくても微妙なバージルの視線をひしひしと感じていた。


「考えてみたら……アンタとアリーナのブレスレットはお揃いなのよね。はめてある石は違うけど。はー」

「も、申し訳ありません」


 なんかごめん。


 バージルは『もっさい聖女』と自慢の妹がお揃いのブレスレットをしているのが面白くないようで。ええわかりますわかりますごめんなさい。


 心の中で平身低頭していると、意外なことにシンディーが間に入ってくれた。


「……セレスティア様にもお似合いでは」

「あらぁ、めずらしい」

「……別に。思ったことを言ったまでです」


 ぴゅう、と口笛を吹くバージルと静かにレモンティーを飲むシンディー。どちらも、これまでのループとは私との関係が違っている。


 こんな風にみんなで穏やかにお茶を飲むなんて想像すらできなかった。これは夢ではないのかな。あ、ループしている私の人生自体が夢みたいなものだけれど。


「バージルはセレスティアに口うるさすぎない? 俺はこのままがいいと思うな」


 と思えば、トラヴィスが余計な言葉を挟むので、私は身を縮めた。


「やあねえ。お供するならあか抜けた聖女じゃなきゃ嫌よ!」

「セレスティアのどこがダサい?」


 そもそもバージルはダサいまで言ってない。そろそろ自分が居たたまれなくなってきた。この辺で話を収めることにしようと思う。


「でも私はバージルさん好きです、だからこの話題はもう、」

「俺も好きだ」

「!? さっきと仰っていることが違わないですか!?」

「セレスティアが好きなものは俺も好きに決まっている。あたりまえだろう」

「!」


 清々しいまでの手のひら返しに顔を引き攣らせると、バージルがにやにやと笑った。普段はきれいな顔をしているのに、私とトラヴィスのやりとりを見るときだけその表情をするのはほんとやめてほしい。ついでに、トラヴィスもこういうことを言うのはやめてほしい。


「ふふふふ。皆さん、楽しそうでいいですね」

「アリーナさん、準備はできましたか。こちらへ」


 シンディーの言葉に我に返った。部屋の入り口からアリーナがころころと笑いながらこちらを覗いている。そうだ。私たちはただレモンティーを飲んでじゃれているのではなかった。これからアリーナの身体を治すんだった。


 アリーナをソファに座らせると、私は彼女の後ろに立ち、シンディーは手首を握る。


「セレスティア様、準備は」

「大丈夫です。まず、身体の内部の弱った部分を修復していきます」


「へえ。『豊穣の聖女』が能力を使うのを初めて見るわねえ。今、ルーティニア王国の神殿に『豊穣の聖女』はいないもの」


 バージルにもアリーナにも、今回のことは告げていない。ただ『身体が丈夫になるように二人で回復魔法を使う』とだけ話していた。余計な心配をさせる必要はない。


 私の足元にいるリルがしっぽを振った。


『セレスティアのまりょくはぼくがからだにためてあるよ』

「足りなくなったらそれをくれるっていうこと?」

『そう。でもたりそうだね』


 なるほど。リルによると、私も余計な心配をする必要はなさそうだった。いろいろなことが整った私はアリーナの背中の真ん中に手を当てる。


 ≪修復リペア


 わずかに手のひらが光って、聖属性の魔力が溢れ出る。


 『豊穣の聖女』の力はあらゆるものを修復して豊かに導くこと。4回目のループでは枯れた森を蘇らせ、瘦せた農地を豊かにした。人に使うこともあるけれど、扱いが難しいし豊穣の聖女の存在がいろいろなバランスを崩してはいけない。だから、秘密の術でもある。


 それなのに私がこうして使えるのは4回目のループでいろいろ勉強したから。普通ならバージルあたりが突っ込みそうなものだけれど、ここのところ『豊穣の聖女』は私一人だった。だから、大丈夫。


 私がアリーナの身体の綻びを修復する一方でシンディーは神力を使い回復魔法を施す。


「……なんだか……体が温かいですわ」

「すぐに終わりますからね」


 微笑みかけると、アリーナの顔色がどんどん良くなっていくのが見えた。隣でリルが準備して待っていてくれるけれど、私の魔力が切れる気配もない。うん、これなら。


 たった数分でアリーナへの回復魔法は完了した。




 翌日、私たちはミュコスの町を後にした。アリーナは突然調子がよくなった自分の身体に、とても感動していて。このレモンの庭を通って外までくるのは久しぶり、と言いながら、うれしそうに門のところで見送ってくれた。


 王都へと向かう汽車の中、シンディーがおずおずと申し出る。


「セレスティア様と組む神官はまだ正式決定していないのですよね。……私も立候補してもいいでしょうか」

「えっ」

「トラヴィス殿下とバージルが手を挙げているのは知っていますが……。私にもチャンスをいただけないか、と」


 え、バージル? 


 シンディーの申し出はうれしかったけれど、同時に告げられた信じられない名前に私は目を瞬かせる。


「うっうるさいわね。何なのよその目は!」

「まだ何も言っていませんし見ていません」


「違うわよアンタが危なっかしいからよ! 聖女っていうのはねえ、希少な存在なのよ? 場面によっては多くを従えて跪かせる必要があるのよ。自分の身の安全のためにもきちんと自己プロデュースできたほうがいいのよ。だからもっさいアンタが心配で」

「セレスティアはダサくないよ?」


 トラヴィスもバージルの話にのるのは本当にやめてほしい。しかも、うれしさと同時に複雑な想いに包まれている私に追い打ちをかけてくる。


「大体にして、一番にセレスティアから組みたいという申し出を受けたのは俺だよ? 皆何か勘違いしてない?」

「あの、それが勘違いというか間違いだったというか」

「へえ。セレスティアはそういうことを言うんだ?」


 隣に座っていたトラヴィスに手を握られて、私は心の中で「ひぇっ」と悲鳴をあげた。車輪とレールが擦れる音、汽笛。ここが汽車の中でよかった。静かな部屋だったら耐えられない。


「別に、セレスティアが俺を好きにならなければいいだけの話。だよね?」

「!」


 トラヴィスの碧い瞳に至近距離で見下ろされて、僅かすらも動けない。


 斜め向かいからバージルが好奇心いっぱいの目で私たちをにやにやと見てくる。本当に、やめてほしい。




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