第5話 私の名前は

「……まぁ、確かにこの寒さだから、半袖のまま外に出てそのまま倒れたんだけど」



気怠げにため息を吐いた人物……少女は、リヒトが気を利かして持ってきた器の

水を、ありがとう、と言って飲み干した。


「……ちょぉっとそのクズなファザーは殴っていいかな?」

「サ、サラ!ストップ!落ち着いて!!」


拳をグギグギと鳴りださせ始めたサラを、少女から空の器を受け取ったリヒトが

慌ててなだめる。


「…そういえば、アンタ達は何処に行くつもり?さっきも言ったけど、旅人なら多少なりとも案内は出来る……と思うけど」

「けど?」

「あいにく、そのクズなクソ親父に長らく幽閉されていたのよ。私の家は、ちょうどこの洞窟がある山を越えた先の国。昔とは違ってるだろうし、案内という言葉が成り立たないほど案内出来ないかもしてない」


手を焚火に当てて暖を取りながら、少女は言った。


「僕達は貴方が言った、その国を目指しているんです。だから…そのお父さんがいる所でも、戻りたいって思うのなら、送っていきますよ」


も、もちろん、不快だったらごめんね!と、両手を振ってあたふたしながらリヒトは

少女に謝る。


「………。」


リヒトに問われた少女は、目を丸くした後、考え込むように顔を伏せた。


『…こりゃ、リヒト地雷踏んじゃったんじゃないの?』

『え?!や、やっぱりダメだったかな……。』

『どうかなぁ。幽閉場所から脱出、オマケに父親はクズと来た。普通戻りたくないでしょ。普通ならね』


気まずくなったリヒトは、サラに小声で耳打ちをする。


『どういうこと?』

『んー?さっき言ってただろ。姉と妹が一人ずつと両親。つまり姉妹と母親がその家に居るんだ。どういうお人かは知らんけど』

『あ、そっか……。』


姉妹と母親が優しいとして、父親がクズなのだから逆らえないのかもしれない。

それとも、父親と同じように言い伝えを信じて幽閉に賛成しているのだろうか。



「……分かった、戻る」



その直後だった。少女が返答したのは。


「え、あ……も、“戻る”?」

「……戻る。ついでに、泊っていけばいい。あのクソ親父も、さすがに旅人は傷つけられないでしょ」


ヒュ~ウ♪と口笛を吹くサラの横で、リヒトは自ら聞いて驚いた。


「……よくよく思えば、姉さんも、妹も、あの家に置いてきてしまったから。だから、せめてあの二人を連れ出さないと」

「あのクズ親父、一目拝見してみたいもんだわぁ~」

「サラ、落ち着いてってば……。」

「ああ?あの人「泊ればいい」って言ってるけどよろしくて?」

「泊るぅ?!」


突然の言葉にぱちくりして思わず叫ぶリヒトを見ながら、少女は冷静に答える。


「泊っていけばいい。あいにく、私の家の後をさらに進むと、もう宿とか、泊る場所はないから。送り返すぐらいなら、泊っていけばいい」


お礼もしたいし、と言う少女は、焚火に手を当てるのをやめたあと、毛布を火が

燃え移らない程度に近づけて暖め始め、その後自身の身体をくるんだ。やはり寒いの

だろう。


「そ、そうですか……。」

「んじゃぁ、吹雪が止んでからまた出発しますかねぇ、リヒト?」


丸い器に入った水をちびちびと飲みながらサラはリヒトに問うた。


「うん、そうだね。やっぱり吹雪が止まないと……。あ、ところで貴方の名前は?」

「…名前?」

「あてもなく家出をしてさ迷ってたなら、家がどこにあるかわからないから、名前を言ってどこの家か尋ねた方が良いってっこと?」

「家ならわかるわよ「わかるんかい」」


リヒトが言いたいことをこうじゃないか、と予測するサラに少女が即答する。思わず

敬語が取れてしまったサラだが、ツッコミだけは丁寧にした。


「国の入り口に入ってからの家の道は覚えているから。でも名前、名前は確かに言った方が良さそうね。言わなければ呼ぶ名前にも困るだろうし」


つまり自己紹介になると言って少女は深呼吸した後、二人に告げた。



「私の名前は……リリス・クラーク。山を越えた先の国の名門、クラーク家の次女。好きなものはリンゴ、好きな花はカーネーション。嫌いなものはクソ親父、それ以外はなにもない。」

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