君の正体

名前

第1話:知らせ

――俺は、聞かなくてはならない。あの日の、あの場所で、本当に……あんなことが……



                 ◆


「おはよう、はるきち!」


 そう言って俺の肩を遠慮もなく叩いた人物。

俺はその手を掴み捻るように体を回転させる。


「いだぁ、ちょっ、はるきち……!!」


 雨が多く湿っぽい季節には鬱陶しいツインテール。それが頬に当たるときに漂う、シャンプーの香り……


「また、やってやがる……」 


 そんな野太い声を立ててやって来た長身の男、ゆうまは俺の手を一瞬の内に解くと、


「今日が、何の日か知ってんのか、お前ら……?」


「あぁぁっ!! そう言えば、みねりが生徒会長になる日だ!!」


「あ……あーっ!! そうだったな……」


 俺がかれんと顔を合わせると同時、休み時間の終了のチャイムが鳴った。



「はーい、席について……っいだぁっ……!!」


 入り口で支えるぐらいの長身の担任の先生。二メートルぐらいの体躯だが、その性別は女。俺が座っている反対の廊下側の調子者の男連中は、今日も、新人類だとか、ホモ・サピエンス(改)だとかで騒いでいる。 


「もう、校長先生に頼んで改修工事をしてもらわないとですねっ!」


 ジョークのつもりかおいおい……と苦笑に染まるクラスに全く動じない先生。

その誇らしげな態度を見るに、滑ってることに気づいていないようだった。


「じゃあ、委員長さんはみんなを整列させて、体育館へ集合してください! 先生は先に行ってますから、くれぐれも遅刻しないように……」


 どうやってその体から発せられているのか理解不能な程の可愛らしい声、何だか、萌え声マスターを名乗るぽっちゃりした奴がクラスの中心を陣取って怪しげな機械を付けてメモを取っている。


――とまれ、今日はめでたい日だ。みねりはこの日のために入学当初からボランティアやなどを頑張ってきた。そして、他の有力候補のを押しのけ、生徒会長の座についたのだ。


                ◆


――体育館に集められた生徒達、直に座らされ、尻の痛みに悶てきた頃、みねりは現れた。


「ねぇ、はるきち! みねりだよっ!!」


 いつもの朗らかそうな雰囲気とは裏腹、今日のみねりはいかにも”生徒会長らしい”高貴なオーラが漂っていた。


「えーっ……皆さんこんにちは本日より、この高校の生徒会長となりました在田 みねりと申します。一年間という間ですがどうかよろしくおねがいします」


 みねりがそう終わると同時、会場にドッと拍手が起きた。

鳴り止むことのない拍手。なぜだか俺は自分のことのように誇らしげになった。


「ふふーん、私が手伝っただけはあるわ……!!」


 隣で俺よりもっと誇らしげにするみねり。


「お前は、呪いの文書を公布しただけだろう……」


 みねりが配った、公約書という名の呪いの文書。

そこには「みねりに入れろ、みねりに入れろ………」という呪文が紙いっぱいに敷き詰められていた。


「第一、お前みねりが生徒会長になったこと俺が言うまで忘れてただろう?」


「だって、それは……昨日食べた餃子が美味かったんだもん……」


「意味分からねぇ……」


 みねりは選挙の際に上げた公約や、これからの指針を話した。

掲げた公約の中にはさんの散々聞いたような目安箱も入っていたが、生徒達が注目したのはその後、みねりは声を和らげると、


「私は、この学校の全学年の課題を……十倍にします!!」


「――んだとぉ!! ふざけんなっ!!」

「おーおー、新参野郎がよぉ……!!」


 次々と上がる反乱、隣りにいたかれんは何か口に含みながら叫んでいた。


「――ははっ、冗談です……」


 子供っぽく笑うみねり、その姿はすごく絵になっていた。


「私はこの学校の全学年の課題を廃止します!!」


 そして、生徒達の歓喜の声と、学年主任の怒号の声で集会は終わった。




                   ◆


「いやぁ、みねり、お前すごいな……!!」

「みねりバンザーイ!! みねりさま格好良い!!」


 みねりはあの後、詰めかけてきた先生達をバッサバッサと説き伏せた。

この学校はそこそこの進学校で、先生が出す課題よりも、自主的に一般に出回っている参考書や映像授業を使ったほうが良いと、まるで「お前は用済みだ」と言わんばかりの事を言い放った。


「これで、夏はゲームできるな!!」


 俺はガッツポーズしながら、最近ハマったネットゲームを思い浮かべる。


「はは、はるきちの集中力は凄いからね……また、餓死仕掛けないでよ?」


「いや、流石にもうあそこまでは行かねぇよ……」


 俺には両親が居ない。まぁ、捨て子だ。俺は今一人暮らしをしている。


「ゆうまは? 夏は何するの?」


「ん、あ、ああ……」


 意識が明後日の方向へ向いていたゆうま、視線を戻し、頬を赤らめると、


「はは〜ん? ゆうま、まさか女ですか? 女ですよね? ねぇっ!!」


 纏わりつくようにからかうかれん、


「うるさい」


「ぎゃぉん!!」


 そのチョップはいつもより強めだった。


「けど、驚いた、でもまぁ不思議じゃないか……」


 ゆうまはいわゆるイケメンという奴だ。性格はクールでちょっと取っつきにくいところはあるが俺が女だったら惚れちまう。


「高2の夏? エンジョイしてますね? 良いですね……私は……」


「そう言えばお前、趣味とか無いのか? 無いよな、ごめんな」


 しおらしい顔をするかれんに何とかフォローをしようとするも何故かその言葉は止まってしまった。


「もう良いよっ!! 私だって、私だってねぇ……!! エベレスト登頂してやる!! 米俵背負ってエベレストを3分で登頂してやるぅ……!! うぉぉぉっ!!」


 そう言って、かれんは走って行ってしまった。


 俺達は一分ほど黙祷すると、話を再開した。


「生徒会も夏は何もないからね……うーん……僕はやっぱり受験に向けて勉強しようかな」


「はは、みねりらしいな……」


 流石優等生と言った所か、俺にそんな発想は浮かばなかった。


「はるきちは勉強しないの?」


「ん〜そうだな……」


 勉強か、あまり気乗らない。


「そう言えば、はるきちって、成績はどんなもんなんだ?」


 ゆうまはふと気づいたように俺の顔を覗き込む。みねりもゆうまに同調して歩を止めた。


「内緒」


 瞬間、雨が降り出した。一瞬の内に土砂降りに変わり、近くのコンビニに避難した。


「いや、流石梅雨だ……」


「当分止まなそうだね……」


 俺は財布から渋々三百円を出してビニール傘を買った。

俺は今日早く帰ってやらなくては行けないことがある。具体的には嫁が待っている。


「僕は、裏道通ってくからここで別れるね……」

「俺も……か、彼女が迎えに来てくれるらしい……」


「おう、分かった……」


 俺は入店音が途切れると同時、傘を盾のようにして家まで駆け抜けた。



                   ◆


――家についた俺は体も拭かず、部屋のドアを開けた。

中に広がるのはラノベ図書館。俺はそこから本を一冊取り出し、寝っ転がって読み始めた。


「――ん、んん……」


 体をちゃんと拭かなかったせいだろうか、体が熱くて瞼が重い。

そして、俺は誘われるように眠りに落ちた。



――見て、


 まっさらな白い紙、その上に一滴の墨が垂らされた。


――見て、


 墨は雨のように紙を侵食して、


――見て、


 俺の意識を吸い込んだ。


――そして、俺は知った。



 体が風船のようにパンパンになっていた。息苦しくて、瞬きが出来ない。

動くと吐き気が湧いた。


「何なんだ、あれは……」


 俺が見たあの光景。渋谷のスクランブル交差点。その中心で人々に殺戮の限りを尽くした男。見慣れた薄い髪に子供のような顔立ち。そして、一心を見つめる生徒会長の目、みねりの目があった。


「……落ち着け」


 しばらく経って少しずつ血の気が引いてきた。

あまりにもリアルな夢。人々の泣き叫ぶ声も、揺れる衝撃も全て本物のようだった。


「熱っ!!」


 落ち着こうと、インスタントのコーヒーを入れた。いつも砂糖を入れまくるのに何故かそんな気力も湧かず、苦いまま飲んだ。


 ふと、視界の端に入るスマートフォン。恐る恐る手を出そうとすると激しく揺れた。


「―――ッ!!」


 動機を抑えながら、電源を付ける。上のタブをスクロールしてその内容を見る。


「何だ、ゲームの通知か……」


 さっき揺れた原因はゲームの通知だった。敏感になりすぎだな。

あれは本当に夢だったんだ。


 俺はコーヒーを飲み干すと、熱めのお湯を張った。


「……」


 俺は、意味も無く、ゲームのまとめサイトを見る。そして、そのトップにあったのは、


「えっ!! まじかっ!! よっしゃぁぁぁ!!」


 このゲームの代表キャラクター達が大々的に渋谷のスクランブル交差点のパネルに貼られるらしい。


 しかも、その中心には俺の嫁、アリアも居た。


「いや〜流石!! ウルティムス・ワールド!!」


 俺は、すぐさま行くことを決心した。物凄い速さでスクロールし、開催日時を見た。


「よし、丁度、夏休み初日からだ!!」


 今は六月の中盤、後一ヶ月で夏休み突入だ。

俺は、嬉しくなって、スマホからゲームを開いた。そして、同時に同じゲームをパソコンでも開いた。


「渋谷行ったら……そのまま秋葉行って……」


 膨らむ妄想。もはやさっきの悪夢など忘れていた。


「よし、とどめだっ!!」


 スマホに大きく表示される必殺技発動ボタン。俺は勢いよく押す。

俺のタップに呼応して、必殺技のムービーが流れた。嫁が剣を握り、その華奢な体を震わせて的に強烈な一撃を……


――しかし、その時丁度、通知が来ていた。肝心な所が遮られ憤りを感じながらも、確認をする。すると、みねりから連絡が来ていた。


 みねりが連絡してくるなんて珍しいものだなと思い、チャット画面を表示させる。


「何だよ……」


――雨でプリントを濡らしてしまったから明日写させて欲しい。

  あのみねりにも意外と抜けている所があるんだなと思った。


 俺はどうからかってやろうか考えながら、「おk」と入力する。


「嫁の晴れ姿を見れなかったんだ。超からかってやるからな……」

               

――見て、


――瞬間、体全身が電流に撃ち抜かれるような感覚に襲われた。

  鼓動は早くなり、腕に力が入らない。


 落ちたスマホを何とか広い、ウルティムス・ワールドを開いた。

そして、パソコンでまとめサイトを表示した。


 急に脳裏に浮かんだ矛盾、夢のあの、正夢の最中、渋谷の時刻を示すパネルには、


「うそ、だろ……」


 俺が見間違えるはずがない。だって俺は……、

渋谷のパネルにゲームのキャラクター達が表示されると知ったのは今日帰ってきて起きてから、それまでそれらしい事は無かった。学校から出てから一度開いたのだから、通知が来たのは恐らく俺が寝ている間。


 となると、俺は……


 マウスをページの更新ボタンに合わせる。そして、次の瞬間、


「同じだ……」


 ページのトップに貼られた画像、それは渋谷で見たあのパネルと全く同じだった。




 


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