第156話 降伏勧告

青い空から眩しい太陽の光が落ち、温められた地表から熱が放射され、街の気温は40度を超えていた。

陽炎が立ち昇り、景色が歪んで見える。

息苦しく感じるのは、湿度が高いだけでなく、粉塵やスモッグが立ち込めているせいもあるのだろう。

街には人が密集し活動しており、街全体に雑居音がこだましている。

太陽の光が降り注ぐバルコニーデッキにて、監察官と名乗るマッシュヘアーの男と世界を賭けて戦いを開始したのであるが、重い空気が流れていた。

監察官は苦々しい表情で浮かべこちらを気まずそうに見ている。


マッシュヘアーの男に『薄っぺらい体』と言われてしまい、『少しくらの中身ならありますよ』と返した言葉が、重い空気にさせてしまったようだ。

なるほど。これが死刑執行を言い渡された時の人の気持ちなのかしら。

不穏な空気が流れる中、不自然に視線をそらしていたオカッパヘアーの少女が何を思ってのことか、私を元気づけようと言葉をかけてきた。



「三華月様。どんまいです。」



それは失敗し気落ちしている者を励ます言葉である。

私が気まずい空気にしてしまったため、精神的に凹んでいるように見えているのかしら。

というか、その励ましてくれた言葉により、更に追い込まれたような気がする。

放置してくれる方がよかったのだけどな。

こういう時の対処法は知っている。

そしらぬ顔をしながら何も無かったごとく、行っていた作業を粛々と遂行すればいいのだ。

鳳仙花からかけられた言葉に反応することなく、監察官との決着をつけるべく一歩足を出し、間合いを詰めると、再び少女から声をかけられてしまった。



「あっ。三華月様。私のフォローに反応しないのは、もしや、先ほど口にした言葉を無かったことにしちゃうおつもりなのですね。さすがです。ナイス判断です。」



うむ。その言葉はbad_followだな。

オカッパヘアーの少女がこちらへ親指を突き立てている。

気が付いたとしても、ことを掘り起こすのではなく静かに見守る行為こそが優しさというものなのだよ。

とはいうものの、私がそれを指摘してしまうのは恥ずかしい。

鳳仙花へは、もうこれ以上、余計なことはするなという念を込め、手のひらを見せてみた。



「いえいえ。そんな大したことはしておりません。私達、同志じゃないですか。はい。三華月様の為にもっと頑張らさせてもらいます。」



オカッパヘアーの少女が感謝されたと勘違いし、照れているみたいだ。

これ以上頑張るなという念を送ったはずが、逆にやる気を出させてしまったのかしら。

良かれと思ってしてくれているのが厄介だな。

何をやっても駄目な時があるが、今がそうなのだろう。

もう少女のことは放っておいた方が良さそうだ。

戦闘を続行するため、気を取り直し、テラスデッキの手摺りを背にしている監察官へ間合いを詰めるために足を一歩踏み出そうとすると、鳳仙花が早速といった感じで、監察官へ降伏勧告を開始した。



「監察官さん。マジで降伏してください。このままだと口封じされてしまいますよ!」

「俺を口封じするだと?」

「そうです。確実に土左衛門にされてしまいます。」

「なんだ、それは。土左衛門とは、もしや猫型ロボットのことか。」

「それはドラえもんです。つまり三華月様は、先ほどの言葉を無かったことにしようとしているのです。」

「どう言うことだ。それは、俺が『薄っぺらい体』と言った言葉に対し、『少しくらいの胸ならありますよ』と、すっとぼけた返事をしてしまった過去を無かったことにしようとしているのか。」



阿吽の呼吸で心の傷を抉りとる会話が交わされている。

私が言った言葉は『少しくらいのならありますよ』ではなく、『少しくらいのならありますよ』だ。

まぁ、言葉の内容は変わっていないので、別にいいのだけど。

自身の言葉を聞いた者を口封じする行為は、それは反社会的勢力がやるものだ。

鳳仙花については、監察官に降伏を促すためとはいえ、少し言い過ぎの気もする。

…。

まさかだが、本気で言っている可能性もあるか。


その時、おかっぱヘアーの少女からの言葉に追い込まれた様子の監察官が、予備動作無しでブラズマを飛ばしてきた。

プラズマが走る線が何本も伸び直撃を受けてしまっているが、暗黒物質で造られている聖衣がその全てを吸収してくれている。

そもそも、聖衣がなくても、155話で鳳仙花が指摘したとおり、この程度のプラズマなら裸かゆい程度のダメージしか受けない。

とはいうものの、耐性の無い者が、この威力の弱い雷撃でも継続的に受け続けてしまうと、脳・心臓・神経に大きなダメージを負い、簡単に死んでしまう。

つまり、監察官への攻撃は正当防衛であり、私からの一撃により他界したとしても、不慮の事故として事実を改ざんすれば、信仰心に影響が出ることはないだろう。

プラズマが効かないことを悟った監察官は、『雷撃』を中断し、後退していくと、バルコニーの手摺りに背中が当たった。

そして、覚悟を決めた様子で、ファイティングポーズをとってきた。

伸ばした指先からガスバーナーのようにプラズマ光が発しられている。



「それ以上、俺に近づくんじゃない。プラズマジェットでお前を切断するぞ。」



プラズマジェットとは、電極に数万ボルトの電界から発生するイオン化した気体を噴出させることにより、生まれる究極の切断カッターである。

その光の温度は数万℃にまで達し、物質を切断してしまう。

その構造上、水中でも充分な威力を発揮することができる優れものだ。

なるほど。近接戦に備え、強力な切り札は持っていたわけか。

とはいうものの、いくら優れたカッターといえど、当たらなければ問題ない。

汗が滴り落ち、息を荒くしている監察官からの言葉に返事をした。



「近寄るなと言われましても。あなたから近接戦を仕掛けると宣言してきたはずです。言っていることが矛盾していませんか。」

「待て。俺を本当に食い殺すつもりなのか。」



会話が成立していない。

155話で鳳仙花が食い殺すと脅していたが、清純そうで可愛らしい聖女が本当にそんな野蛮なことをするとでも思っているのだろうか。

まぁ、そんな事はどうでもいい。

腰を僅かに沈め、地面を滑るように素早く踏み込んだ。

監察官の方は私の動きに全く反応できていない。

ここまでの男の動きを見る限り、近接戦は慣れていないように思える。

私は懐に潜っていた。

勝利するためには殺すまでもない。

まず一撃。脇腹を抉り上げるようにレバーへ容赦なく拳をめり込ませた。

マッシュヘアーの男はうめき声をあげながら、腰が一瞬で落ちてくる。

そこへ、体を旋回させ監察官の顎先へバックハンドブローを振り抜いた。

骨を砕いた感触がある。

男は脳を揺さぶられ意識を失い白目をむきながら、デッキテラスへ崩れ落ちていく。


樹海に囲まれた草原地帯にある教会へ行くために、海底都市にあるというノーチラス号を探しにここへ来たわけであるが、今更ながらに思うと、こんな異世界まで来てしまった方が、遠回りしているのではなかろうか。

海底都市に辿りついたとしても、ノーチラス号が動くとも限らないし。

足元では、鳳仙花が気絶してしまった監察官を介抱している。

その時である。

ステータスボードが浮かび、文字が羅列されていた。



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この世界の1階層を地上世界へ加えますか?

YES/NO?

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