第135話 ビジネスマナー
15m幅あるトンネル形状の次元回廊内には、新鮮な空気が流れていた。
床の表層はセメント系の材料で固められ、半円状の天井も凹凸なく綺麗に仕上げられている。
半円状になった天井には、等間隔で照明機器が埋め込まれており、回廊内を昼間のように明るく照らしていた。
温度も湿度も丁度よく保たれ、快適に過ごすことが出来る環境だ。
ここまで掘り進めてきた様々の役割をもった工作機達は、掘り進める指示を待っているかのように静止していた。
神官用の黒衣に身を包んでいる廉廉は、冷たい床の上に体育座りをしている。
虚ろで遠くを見つめる瞳は焦点が合っていない。
迷企羅へファンであるとアピールしたものの、無視されてしまい落ち込んでいるのだ。
決して裏切ることがない、安定の状態だと言えるだろう。
そして、サングラスと安全第一と書かれたヘルメットを装備している土竜も、少年神官と同様に、うつ伏せとなり虚ろな目で床を見つめていた。
おかっぱヘアーの新人の闇商人から、超特価という説明を受け多額のローンを組んで購入したサングラスが、S級相当ではなかったという疑惑が生じ、精神的ダメージを負ってしまったためだ。
どんよりした空気が回廊内に蔓延している。
落ち込んでいる姿を見るのは好物である私としては、とてもいい感じの雰囲気だ。
だが、こんな所でゆっくりはしていられない。
私は神託に従い、七武列島近海で魚が捕れなくなった問題を解決しなければならないからだ。
少年神官と土竜については回廊内へ残し、単独でイルカ擬きの群れを殲滅させてもらいに行きましょう。
土竜が用意していていた4人掛けテーブルに座り、広がっていた七武列島近海の地図を眺めていると、綺麗に舗装された回廊内の床に『歪み』のようなものが発生し始めていることに気が付いた。
――――――――何者かが回廊内へ侵入しようとしてきている。
今回は、藍倫達とは違う者のようだ。
土竜と少年神官については、気が付いていない様子である。
時空の歪みが生じている床の方へ視線を戻すと、水面に広がる波紋のような輪は発生していた。
見た感じ、水中から何者かが浮上してくる状態に近い。
侵入者からも、緊張感のようなものが伝わってくる。
そして床から、赤色の三角形状の物体がゆっくりと突き出てきた。
どこかで見たことがある形状だ。
これは、イルカ擬き達の背ビレではなかろうか。
奴等は、陸地を四足歩行し、空を飛び、そして空間を歪め侵入不可能な場所にまで入ってくることが出来るということか。
床から、徐々にイルカ擬きのその体が姿を現してきた。
その胴体は滑らかな流線形をしており、水中を泳ぐ際に抵抗の少ないフォルムになっている。
だが、砂浜にいた個体達とは明らかに体の色が違う。
彼等は背中がグレー色で腹が白であり、この個体は全身が赤色になっていた。
つまり、回廊内に侵入してきたイルカ擬きはRARE種にと呼ばれている個体であり、迷宮主に該当する奴だ。
この赤色RARE種こそが、作戦行動を指揮していた司令塔で間違いない。
他に気配は感じないようだが、それは単独でここに来たということなのか。
赤色RARE種がここに来た目的は分かりかねるが、この局面は奴等の司令塔である個体の処刑を、実行するべきところだろう。
はい。ここであなたを仕留めさせてもらいます。
座っていた4人掛けのテーブル席から立ち上がった。
運命の弓を召喚しようとしたタイミングで、土竜と少年神官は侵入者の魔物にようやく気が付いたようだ。
意外にも驚き騒ぎたてる様子はない。
そして、理解不能な行動をとり始めた。
まず、土竜が赤色RARE種へ、警戒する様子のなく話しかけたのだ。
「こんにちは。ご用件は三華月様への面会ですか。」
職場に誰かが訪ねてきたような対応だ。
何かしらの交渉をするために現れたのかもしれないが、赤色RARE種は敵側なはずだぞ。
少年神官については、何故かお茶を用意し始めている。
もしかして、私の方が普通ではないのかしら。
その時である。
土竜が愕然としながらこちらへ振り向き、信じられない言葉を口にしてきた。
「三華月様。私は魔物と話すことが出来ませんでした。」
「…。何を言っているのですか。土竜さんも魔物ではありませんか。」
「魔物同士だからといって話しが出来るという思い込みはやめて下さい。三華月様の常識は、非常識なんです。」
「何の話しをしているのですか。」
「そもそも私は三華月様の奴隷なんです。その辺にいる魔物達と一緒にしないで下さい。」
「つまり土竜さんは、会話が出来ないにも関わらず不用意に話しかけてしまったわけですか。」
「何だか、その言い方。とげがありませんか。まぁいいですけど。」
「それでは、赤色RARE種への対応は、私の方でさせてもらいます。」
「三華月様。よろしくお願いします。」
土竜には、言いたいことが湧き出てくる。
だが、下手に質問をしてしまうと、とぼけた答えが返ってくるものと予想がつく。
ここは、予測不明な二次災害・三次災害は避けるべく、土竜からの言葉はスルーするところだろう。
イルカ擬き赤色RARE種は歪を発生させ、床を海のようなフィールドに変えている。
そして、セメント系の粉で表面を舗装した床を泳ぎながら接近し、礼儀正しく挨拶をしてきた。
<今日は三華月様に話しを聞いてもらいたく、伺いにあがりました。>
土竜が4人掛けテーブルの椅子を引き、RARE種へ座るように誘導している。
この魔物は、椅子に座れるようなフォルムではないだろ。
少年神官の方はカップへお茶を注いている。
だから、カップも持つことは出来ないって見たら分かるだろうが。
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