第130話 振り下ろされた鉄拳

真っ青な空から降り注いでくる太陽に光が眩しい。

コバルトブルーの海は、泳いでいる魚達が見えるほど透き通っている。

太陽光が反射する白い砂浜の砂利は、砂漠のように熱くなっていた。

空からは海鳥の声と、波の音が聞こえ、プライベートビーチでバカンスを過ごす場所としてぴったりの雰囲気がする。


向こうでは、つばの長いとんがり帽子と魔法使い専用のローブを身に着けていた伐折羅海賊団の一人である九毘羅が、人差し指で古代文字を書き綴っていた。

文字魔法と呼ばれているもので、書き綴られているその文字には魔力がこめられている。

九毘羅は、簾簾から聞いていたとおり知的なお姉さんといった雰囲気で20代後半に見えるが、土竜から実年齢は60才であると告げられてきた。

そう。魔法使いの女は、実年齢を知ってしまった私達の口封じをしようとしていたのである。


精神的ダメージを負ってしまった少年神官は、白目をむいて砂浜に四つん這いになり、詐欺がどうのこうのと呪文のように独り言を繰り返している。

土竜は、装備している超S級の防御力を誇るという安全第一の文字が書かれているヘルメットで、九毘羅の文字魔法から私達を守ると宣言をしてきた。



「三華月様。ここは雇われ労働者にして忠誠値100%の下僕であるこの土竜が、九毘羅からの攻撃をこの超S級の防御力を誇るヘルメットで、皆様をお守りさせて頂きます。」



土竜は、ギャンブル依存症で借金まみれとなってしまった駄目な世界の住人であるものの、元迷宮主でA級相当の魔物であり、さらにS級の装備を揃えているとなると、人の力量でその防御を破壊することは不可能だと予想がつく。

藍倫の計略にはめられた感があるが、忠誠心にかんしても疑いようがない。



「土竜さん。ここはよろしくお願いします。」



安全第一と書かれたヘルメットを被っている頭を下げながら、魔法使いへ対峙するように地面にスコップを突き立て仁王立ちをした。

九毘羅が書き綴っている魔法文字をみると、完成に近づいてきている。

どうやら、天空スキル『七聖剣』を発動させるつもりようだ。

天空スキル『七聖剣』は、夜空に数千kmの大きさの魔法陣が描かれる。

北斗七星からの加護を受け創られる七つの星剣の破壊力は、星をも串刺しにするほど強力だ。

だが、九毘羅が描かれている魔法陣は1m程度の大きさであり、土竜でも余裕で対応可能な範囲だろう。

その土竜はというと、何かをするわけではなく自信満々な感じで九毘羅がつくっている魔法陣を完成するまでゆったりと落ち着いた様子で眺めていた。

そして、文字魔法が完成したようだ。

魔法使いの周囲の剣先から、7本の剣がジリジリと現れてくる。

大きさにして1mにも満たない剣だ。

九毘羅がこちらに手を伸ばし、私達を葬り去ると宣言をしてきた。



「義賊である伐折羅提督の敵は、私の手で抹殺させてもらいます。ここで私に出会ってしまった自身の不幸を呪って下さい。さあ、星の怒りを教えてあげましょう!」



何とも突っ込みどころ満載の言葉だ。

私の目的の一つは、伐折羅海賊団を殲滅だ。

だが、九毘羅が私達を抹殺しようとする動機は、伐折羅提督のことは関係ないかと思われる。

実年齢を知られてしまったための口封じなのだろ。

まぁ、間違っていないこととはいえ、言ってはいけないことがあるのも事実。

魔法使いが激怒するのは当然なのかもしれない。

九毘羅が手をこちらに伸ばしてきた。

すると、姿を現した七つの剣が、糸を引くようにこちらへ向かい発射されてくる。

土竜は、安全第一と書かれたヘルメットを触りながら、ややうつむき加減に私の方へ視線を送ってきた。



「三華月様。S級スキルからの攻撃をも跳ね返す『光の城壁』の姿をご覧下さいませ。」



土竜からは相当の余裕が感じられる。

その時である。

突然、私達の正面に壮大な光の城壁が姿を現した。

古代文明でいう万里の長城のような城壁だ。

土竜の宣言どおり、S級スキルの攻撃さへも凌ぐ無敵に近い防御力だろう。

光の城壁の向こうからは、九毘羅から撃ち放たれた7本の剣が飛んできている。

力関係を例えるなら、光の城壁が横綱で、7本の矢が子供相撲に参加しているチビッ子くらいに相当するだろう。

想定していたとおり、飛ばされた剣がS級ヘルメットから精製された城壁に何事もなく弾き返えされ、力なく砂浜へ落ちていった。

九毘羅の反応はというと、愕然としており、打つ手なしのような感じだ。

その魔法使いに対し、土竜が自身のヘルメットを指差しながら、人として駄目な言葉を喋り始めた。



「そんな不完全なスキルで、私の超S級ヘルメットから創りだされる『光の城壁』をどうこう出来るはずがありません。」

「…。」

「そもそも九毘羅あなたは、既に人としても女としてもピークが過ぎているのです。どれだけ若づくりをしても老化現状を誤魔化すことは出来ません。一般的に情報処理能力や記憶力は、10代後半にピークを迎え、集中力は40歳頃でピークになるそうです。人間の女子については、歳を重ねると比例して需要が少なくなりますし。」

「…。」

「まさに。女は鮮度こそが命であり、重要なのです!」

「土竜さん。少しよろしいでしょうか。」

「三華月様。何でしょう。」



——————————————ボコ!



土竜が振り向いた瞬間、私の拳から超音速の制裁鉄拳が振り落とされた。

瞬間的に生命の危険を感じた土竜はというと、S級強度を誇る『光の城壁』を展開させてきており、信仰心で武装した私の制裁鉄拳が、光の城壁に衝突し、鈍い衝撃音が響いていた。

土竜が、口をあんぐりとしている。



「超S級の城壁が、どうして陥没しているんだ!」



そう。拳が光の城壁にめり込んでいたのだ。

そして、光の城壁に亀裂が走り始めた。

『ピキリ』

そして蜘蛛の巣が広がるように、亀裂が縦横無尽に走っていく。

ものが崩壊していく過程が目の前で進んでいた。

そして次の瞬間。



光の城壁が木っ端みじんに砕け散っていった。



光の粉がダイヤモンドのように宙も舞い、太陽の光に反射しキラキラと世界が光っている。

サングラスの奥にある土竜の目が信じられないような感じで見開いていた。

事態が飲み込めていないようだ。

制裁開始の時間だ。



「S級城壁が素手で粉砕されるだなんて、あり得ないんですけど。」

「土竜さん。歯を食いしばって下さい。」

「どうして歯を食い縛らなければならないのですか?」

「これから、生きていては駄目な魔物を制裁させて頂きます。」

「それは、もしかして、私のことですか。」

「覚悟して下さい。」



『バキ!』



安全第一と書かれたヘルメットの芯を撃ち抜いた。

蛇に睨まれた蛙のように微動うだにしない土竜が、後方でんぐり返しをするように転がっていく。

ヘルメットは砕け散っていた。

そして声にならない嗚咽が聞こえてきた。



「うぎゃゃゃゃゃ。超S級ヘルメットがぁぁぁぁ!」

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