第79話 デフレスパイラル

次元列車に乗車してから6時間が経過していた。

乗客室から見る景色は、先ほどまで見えていた白銀の氷雪世界から変わって、360度全方位に海が広がり、水平線から顔を出し始めた太陽が緩やかに揺れる波を照らし、海の世界が夜明けを告げている。

海上に無かったはずのレールが、次元列車が進むルートに沿って出現しており、時速20km程度の速度で列車は呑気に走っていた。

車内をみると、立体フォログラム映像にてリアルタイムに世界の情報が流れてきている。

私を乗せている次元列車のAIは、路面電車をベースに設計された事に強いコンプレックスを持っているようであるが、かなりのハイスペックのようだ。

膨大に流れている世界の情報からS王国についての情報を拾いあげていくと、地上世界の空を周回している衛星達が捕らえている情報を元に、S王国首都の立体フォログラム映像が浮かび上がってきていた。

立体フォログラム映像を拡大していくと、国民一人一人の顔まで確認できる。



「そのフォログラムは、現在S王国首都の上空を飛んでいる14の衛星から送られてくるデータを元に作成させてもらいました。」



異世界を行き来出来るという技術に比べたらたいした事では無いかもしれないが、その情報収集能力も結構凄いスペックだろ。

その車内に垂れ流されているリアルタイムの情報は全て視覚的なため、私の頭の中にはなかなか頭に入ってこないのだが、神託に従い、佐藤翔を処刑するために、S王国の現状については、細かく把握しておきたい。



「次元列車さん、私の脳内へ直接アプローチしてS王国の情報を送る事は可能でしょうか。」

「もちろん可能です。それではアプローチさせてもらいます。」



次元列車から返事が聞こえてくると、S王国の情報が脳内へ津波のように流れ込んでくる。

S王国では現在『歴史的なデフレ』が起きていた。

デフレとは、デフレーションの略称で、物価が全体的に下がり紙幣価値が上昇し、その結果、物が売れにくくなり不景気となる状態のことである。

S王国では安価の装備品やアイテムが市場に大量供給されており、大幅な値崩れを引き起こし、S王国内の商業ギルドは倒産し、更に国内での金貨が回らなくなっていた。

深刻なデフレスパイラルにより失業者の数が増加し続けて、歴史的な不景気に突入しているところである。



「デフレを引き起こした原因となっている装備品とアイテムは、どうして市場に過剰供給されているのかしら。」

「その原因をつくっているのは佐藤翔であると予測します。」



私の問いに対して次元列車のAIが予想の範囲で答えてきた。

処刑対象者の佐藤翔が獲得したチートスキルが原因ということか。

安価な装備品を市場へ大量供給しているって、一体何をしているのだろう。

AIに佐藤翔が行っているスキームについて尋ねてみた。



「次元列車さんの言う通り、S王国が歴史的な不景気に陥っている原因が佐藤翔であると認識しましたが、彼はどのような手段を用いてアイテム品を過剰供給しているのでしょうか。」

「ダンジョンでドロップされたアイテム品は、一部のレア物を除いて地上世界へ持ち帰ることが出来ませんが、佐藤翔は何等かの方法により全てを持ち帰り、装備品やアイテムを大量に市場へ流しているようです。」



次元列車が言う通り、ダンジョンで現れるレア種の魔物がドロップする品を除いて、ドロップ品は地上世界へ持ち帰ることはできない。

佐藤翔が獲得したスキルの効果は不明であるが、それがチート級なのは間違いないようだ。

『神託』によると、異界の教徒の操り人形となっている佐藤翔は、まもなくすると、莫大に得た利益を国民達へ分配し始め、S国王を倒して、自らが王となるらしい。

その前に処刑をしなければ、私の信仰心が下がる可能性があるが、どうしたものかしら。

佐藤翔の処分方法に考えていると、次元列車が質問をしてきた。



「三華月様は、S王国の混乱を沈めるために、S王国へ向かっているというわけなのですね。」

「そうです。神託に従い、佐藤翔を処刑する予定です。」

「え、神からの啓示に従い、佐藤翔を処刑するって、少し乱暴すぎませんか。彼にも何か事情というものがあるのかもしれませんよ。」

「元の世界で、文句ばかりを言って誰からも必要とされなかった駄目人間である佐藤翔が、この世界に来てはしゃいでいるだけのことでしょっ。」



私の目の前に映し出されていた立体フォログラム映像には、お腹がタプタプしている青年が映っていた。

その青年が佐藤翔である。

そして佐藤翔の両脇には可愛らしい幼女がいた。

S王国を崩壊させようとしている罪よりも、幼女達に悪戯をしようとする下心の方に怒りがわいてくる。

佐藤翔は、今すぐに処刑した方がよさそうだな。

外は明るくなってきたが空には月が浮かんでいる。

空に打ち上げた運命の矢で、2000km離れた場所にいる佐藤翔を天空から狙撃した場合の着弾時間は約10分だ。

月の加護を得ているスキル『未来視』なら10分後の姿も見えるので、狙撃しても問題ない。

そうですね。

S王国へ出向くつもりでしたが、ここから佐藤翔を狙い撃たせてもらいましょう。

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