第67話 勇者の有効活用

ここは城塞都市の地下迷宮。

湖が広がり、湖畔には草原地帯が続いていた。

40m程度ある天井からは光が落ち、迷宮内は昼間のように明るい。

湖から吹いてくる風は涼しくみずみずしく感じる。

魔物の気配はない。

この迷宮にはエンカウント率の低いA級以上の魔物しか出現しないためだ。


正面には、雑な着物をきた小柄な男が立っていた。

攻撃を反転させる効果がある究極に近いカウンタースキル『ミラー』の使い手である飛燕だ。

白翼のギルドマスター達を惨殺し、地下迷宮に潜伏していた男である。

飛燕の体付きを見ると、これまでスキルに頼り過ぎて鍛錬をおろそかにしていたのだろう。

スキルの効果さえ把握出来てしまえば飛燕の攻略が難しくないとすぐに分かる。

白翼のギルドマスターおよび主要メンバー達を殺戮した際も『俺は無敵だ。雑魚であるお前等がかなう相手ではない。』と挑発させて、スキル『ミラー』のカウンター効果を発動させたものと推測できる。

何人もの者を惨殺して『神託』が降りてくる気配が無い理由は、飛燕の行為は正当防衛と判定されているようだ。


その飛燕に対して、勇者と強斥候が詰め寄っていた。

スキル『ミラー』が無敵でないと認識したとたん、媚びへつらっていた態度を180度反転させてきたのだ。

飛燕の表情は明らかに動揺したものに変わり、後退りを始めている。

そこに、十戒が少年の姿となり『ダンジョンウォーク』を使用し現れてきた。

勇者はその少年が迷宮主だと気が付いていない様子で、自身を尊敬される対象であることを前提にした言葉をかけ始めた。



「迷宮内に少年が1人とは珍しいな。これから勇者である俺が白翼のギルマスを殺害した犯人と一騎打ちをするところだ。君も冒険者ならば、勇者の戦いを見るとよい勉強になると思うぞ。」



勇者がキャラ変している。

少年の方は返事をしていないが、話しかけてきた雑魚が勇者と聞いて驚いている様子だ。

少年が迷宮主であることに気がつかないていない点については、ここはその事実を教えることなく放置して、成り行きをたのしむ方が面白そうだ。

前に出てきていた勇者へ少年が歩み寄っていく。



「ほぉう。こんな所で勇者に会えるとは、俺はラッキーなのかもしれないな。」



十戒は前に出てきていた勇者へ視線を送りながら、大きく口を開き始めた。

―――――――少年のその口が無限に大きく広がっていく。

勇者を体ごと丸吞みしようと口が開く速度が加速している。

開いていく口が2m以上に広がり、身長が180cm以上ある体格のいい男を捕獲しようとした瞬間、そこから勇者の姿は消えていた。

気が付くと勇者は私の背後に回り込んでおり、ガクガクと体を震わしている。

瞬間移動でもしたかのように、速く無駄のない洗練した動きだった。

勇者の奴、また一つ、回避のギアを上げてきたようだ。



「おい、三華月。今、あの少年。俺を飲みこもうとしていなかったか。」

「三華月様。あの少年。もしかして魔物じゃないっすか!」



勇者の更に後ろに隠れていた強斥候が叫んできた。

ようやくあれが魔物だと気が付いたのかよ。

今更ながらだけど、全く勇敢ではない勇者って、存在していたら駄目なのではなかろうか。

信じられないほど広がっていた口が、元のサイズに戻っていた十戒については、勇者の素早い動きに感心している。



「ほぉう。さすが勇者だ。いい動きをするじゃないか。」

「マジか。あいつ。魔物だったのかよ。」

「三華月様。早くあいつを討伐して下さい!」



奴は私自身の手で殺処分するつもりではあったが、迷い無く人任せにするって、2人にはB級冒険者としてのプライドはないのかしら。

まぁ、雑魚二人に期待することなどあるはずないか。

さて、今しがた勇者を丸吞みしようとしていた十戒の行動は、攻撃というよりも、捕食しようとしていたように見えた。

何をするつもりだったのかしら。

その時である。

勇者を捕獲する理由を知るための、素晴らしい方法を閃いてしまった。

その最良の策は、実際に勇者を丸呑みさせてみて結果を見るのが一番だろ。

―――――――何よりも、十戒が勇者を丸飲みする映像が見てみたい。

それに勇者を放り投げても、回避できるのか興味もある。

背後にいるはずの180cm以上ある体格のいい男を捕獲するため、するりと手を伸ばした。

だが、私の手が空振りをしてしまっていた。

信じられないことに、この私が、クソ雑魚の勇者を捕獲し損ねてしまったのだ。

背後に視線をおくると、マトリック〇で銃弾を避けるように思いっきり体を後ろに反らせ、私が伸ばした手から逃れていたのだ。

勇者の奴、この短時間にまた一つ進化したのか。



「おい、三華月。今、俺を殺そうとしただろ!」

「殺そうとはしていません。迷宮主の十戒に勇者あなたを放り投げてみようかと思っただけです。」

「どういうことだ。放り投げられてしまうと、勇者の俺があの魔物に丸吞みされてしまうじゃないか!」

「はい。あなたが飲み込まれる姿が見てみたいと思いました。」

「丸呑みする映像が見たかっただと。やっぱり俺を殺すつもりだったんだな!」

「まぁ、結果的にはそうなるのかもしれませんね。」

「ついに認めやがったな。三華月。お前、心は汚れているが一応聖女なんだろ。俺を殺してしまったら、信仰心が下がってしまうんじゃないのか!」

「心配して頂き有難うございます。ここの迷宮主を倒すために、勇者が勇敢に戦い、そして命を落としてしまったという筋書きであなたの死亡は処理できるかと思います。」

「聖女のくせに、おかしな改ざんをしてんじゃねぇぞ!」

「あなたを放置しておくより、あれの餌にする方が、勇敢でない勇者の有効活用になるとは思いませんか。」

「思うわけねぇだろ。俺は世界を救う勇者なんだぞ!」



勇者がこれ以上ないくらいにいきり立っている。

目の前にいるうんこに世界が救えるとは思えない。

無駄に生存スキルだけが高くなっているし。

自身を世界を救う者であると世迷言を言っている勇者の背後にいた強斥候が、呟く声が聞こえてきた。



「確かに三華月様の言っているとおりかもしれないです。ガリアンの有効活用がほとんど出来ていなかったっす。」

「三、三華月。もう一人忘れていないか。強斥候ふぶきつきの有効活用も考えてみてもいいんじゃないか。」



勇者が強斥候をギロリと睨んでいた。

勇者の行動は、自分の命が危うくなると、仲間を巻き込もうとする悪党属性そのままだ。

2人の有効活用は要検討しておきましょう。

さて、少年の姿に変わっていた十戒を見ると、両手を挙げて降参のポーズをしていた。



「その勇者はもう投げる必要はないぞ。何だか駄目そうな扱いをされているようだし、もう食わない事にするわ。」



そうか。もう勇者を食べてくれないのか。

私の楽しみが減ってしまった。

それでは、何故ここに姿を現したのか分かりませんが、私を下僕にして従服させると宣言していた十戒を処刑させてもらいましょう。

―――――――私は運命の弓をスナイパーモードで召喚します。

全長3mの弓が現れると、少年の姿をした十戒が慌てた様子で、ボーっと成り行きを見守っていた飛燕を背中から羽交い絞めにした。



「待て待て待て。まだ聖女と戦うつもりはない。用があったのは飛燕こいつなんだ。」

「俺に何をするつもりなんだ。」



暴れる飛燕を体格で劣る少年の姿をした十戒が、軽々と抑え込んでいる。

飛燕に何をするつもりなのかしら。

とにかく、このまま放置していたら、飛燕の身が危険であるように思える。

白翼のギルマス達を『ミラー』の効果にて惨殺した男ではあるが、その行為が正当防衛と判定されている以上、見殺しにすることは出来ない。

十戒へ『ロックオン』を発動しつつ、飛燕へ何をするつもりなのかを尋ねてみた。



「飛燕に用があるとは、どういうことでしょう。攫って何かをするつもりなのでしょうか。」

「違う、違う。いや、違わないか。俺は飛燕こいつのスキルを美味しく俺が頂こうと思っているんだよ。」



スキルを美味しくいただくだと。

世界の記憶『アーカイブ』の中に『捕食』というスキルがある。

その名のとおり、生物を捕らえ食べることだ。

そして、このスキルの特徴は、捕食した者のスキルを自身のものにする効果がある。

奴は『捕食』の持ち主だったのか。

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