第67話 勇者の有効活用

北の大地にある城塞都市の遊郭を支配していた十戒を追いかけて、地下ダンジョン内へ侵入したところ、白翼のギルドマスターを殺した飛燕が姿を現した。

自身の事を無敵であると自己申告をしていた飛燕のスキルは、攻撃されると空間を歪めてその攻撃を相手に与えるカウンター効果であった。

その飛燕の体付きを見ると、これまでスキルに頼り過ぎて鍛錬をおろそかにしていたのだろう。

スキルの効果さえ把握出来てしまえば飛燕の攻略が難しくないとすぐに分かる。

白翼のギルドマスターおよび主要メンバー達を殺戮した際も『俺は無敵だ。雑魚であるお前等がかなう相手ではない。』と挑発させて、スキル『ミラー』のカウンター効果を発動させたものと推測できる。

何人もの者を惨殺して『神託』が降りてくる気配が無かったのは、飛燕の行為は正当防衛と判定されたといったところか。

スキルのからくりさえ分かってしまったら雑魚であると認識したとたんに、態度を180度反転させた勇者と強斥候が、飛燕へ詰め寄り始めていた時、ダンジョンマスターである十戒が少年の姿に変わって現れた。

まず十戒の姿を見て口を開いたのは勇者であった。



「ダンジョンに少年が1人とは珍しいな。これから勇者である俺が白翼のダンジョンマスターを殺害した飛燕と一騎打ちをするところだ。君も冒険者なら勇者の戦いを見るとよい勉強になると思うぞ。」



勇者がキャラ変したようだ。

といいますか、その少年がつい先ほどダンジョンマスターしか扱えないという『ダンジョンウォーク』を使用したことを、もう忘れてしまったのかしら。

でも少年が十戒である事を知らせないでこのまま勇者を放置しておく方が面白そうだな。

十戒はニヤリとしながら口を大きく開いた。



「お前のJOBは勇者だったのか。」



―――――――少年の姿をしていた十戒の口が無限に大きく広がって、勇者の体を捕食するように丸飲みしようと加速していく。

十戒の口が2m以上に広がり、まさに勇者を丸呑みしようとしていた瞬間、そこから勇者の姿は消えていた。

気が付くと勇者は私の背後に回り込みガクガクと震えている。

勇者の奴、また一つ、回避のギアを上げてきたようだな。



「何だ。今、俺を飲みこもうとしていなかったか。」

「三華月様。あの少年って、もしかして魔物じゃないっすか。それも得体の知らない個体っす。早く、やっつけて下さい。」

「ほぉう。さすが勇者のだ。いい動きをするじゃないか。」



十戒の指摘のとおり、勇者の危機回避能力は恐ろしい勢いでレベルアップしていると認めよう。

強斥候の言い回しは、既に私が戦う前提になっているような気がする。

その時、私は閃いた。

―――――――勇者をもう一度放り投げてみて、十戒が丸飲みをする映像が見てみたい。

果たして、それでも回避できるのかしら。

65話で、飛燕の謎を探るために勇者を放り投げた時のイメージで、勇者を捕まえるべく、手を伸ばしたのであるが、私の手が空振りをしてしまった。

私が勇者を捕獲し損ねてしまっただと。

勇者に視線をおくると、マトリック〇で銃弾を避けるように思いっきり体を後ろに反らせ、私が伸ばした手から逃れていたのだ。

勇者の奴、この短時間にまた一つ進化したのか。



「おい、三華月。今、俺を殺そうとしただろ!」

「殺そうとはしていません。ダンジョンマスターの十戒に勇者あなたを放り投げて飲み込まれる姿が見たいと思っただけですよ。」

「あの少年が、ダンジョンマスターの十戒だと!」

「何故、少年の姿に変わっているのかは不明ですが、『ダンジョンウォーク』を使用してきたので間違いないでしょう。」

「何だかよく分からないが、とにかく俺を殺してしまったら、お前の信仰心が下がってしまうんじゃないのか。一応、俺、人間なんだぞ!」

「心配して頂き有難うございます。ですが、勇者あなたを放置しておくより、あれの餌にする方が勇者ガリアンの有効活用になると思いまして。」

「俺は世界を救う勇者なんだぞ。」

「確かにガリアンの有効活用が出来ていなかったっすね。」

「三、三華月。もう一人忘れていないか。強斥候ふぶきつきの有効活用も考えてみてもいいんじゃないか。」



自分のことを、世界を救う者であると自身の姿を見失っている勇者の後ろで、強斥候が私の意見に相槌を打つと、勇者はその強斥候をギロリと睨んでいた。

自分の命が危うくなると、身内でも平気でその犠牲にし、助かろうとする行為に似ているな。

分かりました。2人の有効活用は要検討しておきましょう。

さて、少年の姿に変わっていた十戒を見ると、両手を挙げて降参のポーズをしていた。



「確かに俺はダンジョンマスターの十戒だ。だがその勇者は、なんか駄目な扱いをされているようだし、もう食わない事にするわ。だから放り投げる必要は無いぞ。」



そうか、私の楽しみが減ってしまったのか。

それでは、私を性奴隷にすると宣言した十戒あなたを、生かしておく必要がなくなりましたので、ここで処刑を開始させてもらいましょう。

―――――――私は運命の弓をスナイパーモードで召喚します。

全長3mの弓が現れると、少年の姿をした十戒が慌てた様子で、つったっていた飛燕を、背中から羽交い絞めにした。



「用があったのは飛燕こいつなんだ。」

「俺に何をするつもりなんだ。」



暴れる飛燕を少年である十戒が、軽々と抑え込んでいる。

私を性奴隷にしようとする前に、飛燕に用事があるって、仲間にでも誘うつもりかしら。

いや、いくら飛燕でも、あんな怪し過ぎる者のいうことを聞くとは思えない。

とにかく、このまま放置していたら、飛燕の身が危険であるように思える。

白翼のギルドマスターとその仲間を『ミラー』を使用して殺した男ではあるが、その行為が正当防衛と判定されていたとしたら、見殺しには出来ないからな。



「何の真似ですか。飛燕を攫うつもりなのでしょうか。」

「違う、違う。いや、違わないか。飛燕こいつのスキルを美味しく俺が頂こうと思っているんだよ。」



スキルを美味しくいただく意味から察するとしたら。

世界の記憶『アーカイブ』の中に『捕食』というスキルがあったが、十戒はその使い手だったというわけか。

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