第56話 反逆者、超反逆者

青い空に真っ白な雲が流れていた。

心地よい風が吹くと、草がなびく音が草原全体から聞こえてくる。

機械人形に引く馬車は、一度入ったら絶対に生きては出られないと言われている樹海を抜け、広い草原地帯に延びる荒れた街道をゆっくりした歩調で進んでいた。

すれ違う人の姿はない。

馬車が進む街道は、もう何年も使用されていないようだ。

機械人形の手綱を握りながら見る景色は、3年前のものより自然化が進んでいた。

地上世界を混乱に陥れようとする邪神官を処刑するために世界を転戦していた時、ここに来たことがある。

遠くに目的の廃墟が見えてきた頃、幻影通りから旅を同行していた眼鏡女子の月姫かぐやが目を覚まし、背後の客室から姿を現してきた。



「三華月様。私達だけが寝てしまっていたようで、申し訳ありませんでした。」

「私は寝る必要がありませんので、気にしなくて結構ですよ。」

「え。寝る必要がないのですか。三華月様は、クラゲみたいでとても凄いのですね。」



地上世界の生き物は睡眠時に体を再生し、脳をリセットしなければならないが、スキル『自己再生』を獲得している私には睡眠行為は不要なのだ。

海に浮かぶクラゲは、脳が無いため寝る必要が無いと考えられている。

それって凄いことなのかしら。

四十九と違って、私をディスってきているのではないのだろうが、とても褒められている気がしない。

微妙な気持ちになっていると、月姫が馬車の向かっている目的地について質問をしてきた。



「三華月様。四十九ちゃんから聞いたのですが、この馬車はトレジャーハンターが世界から集まる城塞都市エインヘルヤルに向かっているのでしょうか。」

「はい。その予定ではありますが、その前にあそこに見える高台の廃墟へ、寄り道をしようと思います。」



ここから草原が続く遠くの高台に廃墟らしきものが見えてきていた。

3年前の邪神官との戦闘の際、超長距離から砲撃し破壊した教会だ。

その時にのままの状態になっており、ここから見る限りでは復旧されている形跡がない。

両手首に黒鉄色の手錠を付けている四十九も目を覚まし、客室から出てくると私の隣に座り、遠くに見える廃墟になった建物を指刺した。



「ワクワク。探検、探検。」



テンションを上げている四十九の背中へ眼鏡女子が抱きつき互いに頬ずりをしている。

もしかしてこれって百合な関係なのかしら。

それはいいとして、廃墟へ立ち寄る理由は探検に行くのではなく、魔神の信者の生き残りを探しに行くのであり、ワクワクするようなものでは無い。

そんな私の思いとは裏腹に、隣に座る四十九に頬ずりをしている月姫もテンションを上げていた。



「三華月様。私も探検は大好きです。足手まといにならないように頑張ります。」

「探検に行くのではありません。あそこの廃墟へは世界の反逆者である邪神官の生き残りを探しにいくのです。」



反逆者という言葉を聞いた眼鏡女子は顔を強張らせ、四十九はとく反応を示す様子は無かった。

私の目的は、邪神官の生き残りがいたならば、月姫へ魔神の加護を刻むこと。

眼鏡女子が魔界の少女と一緒に魔界へ行くためには、それが必要になってくるのだ。

月姫と四十九が交わしている訳の分からない会話が聞こえてくる。



「世界の反逆者ですか。それって危ない人の事ですよね。何故、そんな人を探しに行くのですか?」

「月姫、心配ない。邪神官、ただの人。こちら、本物の反逆者、いる。超反逆者。」

「三華月様って、本物の反逆者だったのですか?」



また四十九が訳の分からない事を言っている。

ここは軽く流しておこう、と思っていたら月姫が四十九の戯言に食いついてしまったようだ。

思い通りの反応をした月姫に、四十九は細く微笑んでいる。

それは悪代官がする顔だぞ。



「肯定。反逆者は、国家と、支配者に逆らう者。三華月様。無敵、反逆者。」



確かに信仰心のためなら、国家とか支配者だったとしても滅ぼしてしまうだろう。

だがそれは、私の意図に反する国家とか支配者の方こそが反逆者になるのではなかろうか。

まぁ、そんなことはその辺に生えている雑草よりも価値がなくどうでもいいこと。

四十九と月姫が訳の分からない話しをしている間に馬車は、草原地帯の高台にある破壊された教会に到着していた。

建物の壁や天井はほぼ崩壊しており、教会であった原型は留めていない。

ボコボコに破壊された床に貼られた石の隙間からは雑草が育っており、一部残っている石壁をつたは好き放題に伸びている。

馬車を一緒に降りた四十九と月姫が、廃墟となった惨状についての感想を話す声が聞こえてきた。



「隕石群、落下。悲劇。」

「隕石群といえば、伝説的な究極魔道『METEO_STRIKERS』がありますが、まさかそれが落とされたとでもいうのでしょうか。」



この惨状は私が3年前の夜に10km圏外からの運命の弓で砲撃した結果だ。

もし『隕石落とし』を使用していたら、遺跡なんぞ跡形もなく残っていないだろう。

廃墟の奥から人の気配がする。

天井がない大聖堂の面影がある廃墟の入口から背の高い親父が姿を現した。

確かこの男は3年前の戦闘で、傭兵神官をしていた親父だ。

生き残りがいないかと思って立ち寄ったわけだが、ここに来たかいがあったかもしれない。

隣にいた四十九が、親父を見て予想外の反応を示した。



「イケメン神父。緊張。」



四十九が真っ白な顔を赤くしている。

そして月姫は、私の背中に隠れて身だしなみを整え始めていた。

確かにイケメンではあるが、40過ぎの親父だぞ。

そのイケメン神父は私へ深く頭を下げてきた。



「三華月様。先日は命を助けて頂き有難うございました。」



3年前、また何かをやらかしてくれるのではないかと期待し、生かしておいた親父だ。

邪神の神殿を着々と再建してくれているのかしら。

イケメン親父を見ると、殺気が無くなり、穏やかな感じになっているのが気になるところだ。

四十九は私の背中をトントンとすると真剣な顔でどうでも良い事を尋ねてきた。



「三華月様。イケメン神父、恋人。肯定?」



おいおいおい。もしかしてだけど、私とイケメン神父との仲を疑っているのかよ。

イケメンだけど親父ではないですか。

何故か月姫も、固唾を飲んで答えを待っているように見受けられる。

2人の少女には、念のために釘をさしておいた方がよさそうだ。



「2人には一つ教訓を教えて差し上げましょう。イケメンとは何でものうまくいくと思っている勘違い野郎は多いという都市伝説があります。つまりイケメンの男にろくな者がいないのが現実なのです。」

「三華月様。自分がそうだからと言って、他人もそうだと限らない。」

「だよねー。三華月様って、人生なんてEasy_Modeだぜとか思ってそうだよねぇ。」



2人が冷たく言い放ってきた。

四十九は、私がろくな者でないと言っているのかしら。

そもそも人生なんて超楽勝だぜ。みたいな事を言った覚えはないのだけど。

諭すつもりで言ったはずが、何故か凄まじい反撃を喰らってしまった。

少女達がグイっと近づき、パーソナルエリアに侵入してきた。

イケメン親父と付き合っているのか返事をしろと、プレッシャーをかけてきているようだ。

はいはい。返事をさせてもらいますよ。



「恋人ではありませんし、その気もありません。」

「安堵。」

「私の名、四十九。独身。彼氏無し。イケメン神父の嫁に、立候補する。」

「私は月姫です。四十九と同様に末永くよろしくお願いします。」



四十九と月姫は目をキラキラさせながらイケメン神父に自己紹介を始めている。

イケメン神父は2人に返事をする事なく、爽やかな照れ笑顔を浮かべながら、新しく造っているという地下礼拝堂へ案内をするために歩き始めた。

中庭にある畑では野菜・果物が作られているが、私に再戦を挑むためには内政から行っているのかしら。

うむ。反逆を起こすには、内政が重要だからな。

四十九と月姫は、イケメン神父から出来立ての果物を爽やかな笑顔で手渡されると顔を真っ赤にしている。

2人は既に調略されてしまったようだ。

破壊された礼拝堂を抜け地下へ繋がる階段を降りると、そこには結構な広さの新しい礼拝堂が造られていた。

この礼拝堂からは珍しい神の気配が感じられる。

突然、イケメン神父が私の前に片膝を付き、頭を下げてきた。



「三華月様に助けて頂いた命です。僕は仕える神を変えて、新しい人生を歩み始めました。」

「時と農業を司るクロノス神の気配を感じます。」

「はい。邪神に仕えていた僕を受け入れてくれる教会が無かったところに、クロノス神より神託をいただきました。」



眠たい事を言っているようだが、私があなたを生かしておいたのは、改心させる為ではない。

地上世界に恐怖をまき散らしてもらい、再び信仰心を上げる餌になって頂くためなのだ。

お礼などしていらない。

私のためを思ってくれるなら、邪神の神官として暴れまわって下さいよ。

片膝を床に付き首を垂れていた神父の手を、四十九と月姫ががっちり掴んできた。



「旦那の苦境、助ける。妻の務め。」

「私も頑張ります。一緒に苦難を乗り切りましょう。」



また何だか、訳の変わらない展開になってきているぞ。

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