第53話 真っ当な反応
四十九を魔界に帰すべく、
空には星が輝き、もうまもなく日が変わる時間に灯りが付いていた酒場に入ると、クラス委員長をしていて勉強が出来そうな優等生タイプに見える眼鏡女子が、1人で閉店後の片づけをしていた。
窓のガラス越しに外を見ると、街灯が綺麗に舗装された石畳を明るく照らしており、時折吹く風に揺られる枝葉の音が聞こえてくる。
テーブル席に座りながら寝てしまった四十九を、眼鏡女子からの好意により酒場の奥にある従業員用の休憩室へ連れていくと、少女は中断していた酒場の後片付けを開始していた。
手際よく無駄のない動きだ。
見た目どおりの委員長タイプの真面目女子で、感心するほどの洗練された動きである。
店内の端にあるテーブル席に座っていた私の隣へ、作業を終えた眼鏡女子がマグカップを持って向かいの席に座り、自己紹介を始めてきた。
「私は
凄く綺麗で鬼可愛い聖女ですか。
それは至極真っ当で的確な表現。
うむ。さすが私だ。
とはいうものの、時間が経過するにつれて私を見つめるその瞳は少しずつ濁ったものになり、最終的には駄目な者を見る目に変わっていくことがたまにある。
本当は、たまにではなくて、結構あるのだがな。
「私は三華月といいます。まだ日が変わる時間帯だというのに、こちらの酒場にはお客さんの姿が無いといいますか、店を閉店するには早くないですか。」
私からの何でもない質問に対して月姫は昇ってくる湯気に眼鏡を曇らせて、憂鬱そうに大きくため息をついた。
そして、持っていたマグカップをテーブルに置くと、視線を落としながら幻影通りで起きている出来事について話し始めてきた。
「聖女様が指摘されましたとおりです。いつもはもっと遅くまで店を開けております。ですが今は精霊さんの一大事でして、幻影通りで暮らしている男達は地下迷宮へ降りてしまっているのです。」
「なるほど。私には精霊を守る使命がありまして、ここにやってきました。」
「聖女様は精霊さんに呼ばれて、ここに来てくれたのですか。それででしたか。神聖職のかたでも幻影通りに入ってくる事は不可能なはずなので、どうしてなのかなと思っておりましたが、そうだったのですか。」
地上世界において精霊には、様々な役割がありその存在は皆重要である。
月姫の話しによると、この幻影通りの精霊は『ミスリル鉱石』を精製しており、器用さに特化したドワーフと呼ばれる種族がこの街を守り、地上世界にミスリル製の品を世界に送り出していた。
月姫もドワーフ族であるが、容姿は私達と何ら変わりはない。
「聖女様。聞いて下さい。先日より、地下ダンジョンの奥にいる精霊さんのいる所へ、どこからかやってきた黒龍が居座ってしまったのです。そしてそいつが『ミスリル鉱石』を食べているんですよ。」
ミスリル鉱石を食べられているくらいで、精霊が私を呼ぶものかしら。
何か、その黒龍とやらが、悪さをしているのだろうか。
眼鏡女子は、地下ダンジョンへ精霊通りの者達が降りていった話しを続けてきていた。
「ミスリル鉱石が取れなくなってしまい、それで街の男達は『ドラゴンキラー』という聖剣を持って地下ダンジョンに潜り黒龍の討伐に向かいました。ですが、黒龍に勝てるはずがありません。聖女様のお力で、どうか傷ついて戻ってくる皆を癒してあげて下さい。」
「申し訳ありません。歴史上でも最も可愛い聖女なので、とんでもない治癒スキルが使用出来るのではと思われがちなのですが、私は武闘派の聖女でして、回復行為は出来ないのです。」
月姫が口を開き硬直してしまった。
うむ、これも至極真っ当な反応だ。
私の容姿だけを見て判断し、伝説級の回復が簡単に使いこなすことができる聖女だと思ってしまったのだろう。
それはともかく、月に加護が届かない迷宮内にいる地上最強生物に位置付けられているドラゴンを討伐をさせるために精霊が私を呼んだとしたら、それは無理ゲーだ。
究極系のスキルを使用されると、月の加護が届かないダンジョン内では対応が出来ない。
私の死亡フラグがたってしまったような気がする。
神から定められた使命により、精霊から助けを求められては、応じなければならないが、酷くゆうつな気分になってきた。
鬼可愛い聖女が武闘派であるという真実を聞いて固まっていた月姫が、恐る恐るな感じで質問をしてきた。
「つまり聖女様は黒龍を討伐するため、こちらの幻影通りに来て頂いたのでしょうか。」
「きっとそうなのでしょう。全くやる気はありませんが、人助けは聖女の努めですし、嫌々で仕方なくですが、そのクソ迷惑な黒龍を討伐するために命を懸けて努力をしようと思います。」
月姫は席から立ち上がり歓喜の声を上げた。
人が定めた最強のクラスはS級である。
だが、ドラゴンに限ってはS級より上とされており、ドラゴンのみが許される真の最強クラス、その名は『ドラゴン級』と呼ばれていた。
月の加護がなければ、さすがに勝てるとは思えない。
「聖女様。迷宮に行った者達を急いで助けに行ってください。」
「承知しました。まったく気が進みませんが、これから黒龍討伐に向かいましょう。」
こうしている間にも、ドワーフ種族の男達が皆殺しにされるかもしれないって感じなのかしら。
寝ている四十九には『私を探さないでください。』と置手紙を残したら、月姫に『すぐ戻るので安心して下さい。』と用紙の余白に追記をされてしまった。
チッ、置手紙としての面白さが半減してしまったではないか。
地下迷宮への入口は酒場の隣にある建物内にあり、そこから地下へ繋がる階段が下へ続いていた。
幅・高さ共に5ⅿ程度ある石造りの大きな階段となっており、天井に貼られている石が光りを放ち迷宮内は昼間のように明るい。
案内を申し出てくれた月姫の後ろを付いていくと、突然月姫は足を止めて、階段の壁に貼られている1枚の石板を指さした。
「聖女様。ここに隠し扉があります。少し危険なため私以外の者は利用していませんが、こちらが近道となっております。」
「これから近道を利用するわけですか。」
「はい。それほど危険なものではありません。付いてきて下さい。」
隠し扉を開くと、断崖絶壁の一本道は途切れ途切れになっており、1cmでも足を踏み外してしまうと、奈落の底へ落ちてしまうルートであった。
これは少し危険というレベルのものではないぞ。
月姫は、その地獄ルートを迷いなく進んでいく。
なるほど。本人にとってはそれほど危険といった感じではない。
インテリは運動音痴と相場が決まっているがこの女子については例外なのか、頭のネジが数本抜けているのか、いずれにせよその辺にいる者ではなさそうだ。
迷宮の最下層は岩地帯となっており、10m程度ある天井から落ちてくる光が全体を明るく照らしていた。
小さな岩山が辺り一帯に有り、その奥の方からは、一般の者では正気を保つのが難しいくらいの圧力を感じる。
最下層入口前では、幻影通りの男達が陣を張っている姿がある。
奥にいる黒龍からの圧力に圧倒されて、先へ進めないでいるようだ。
集団の中にいたイケメンの少年が私達のこちらの存在に気が付き声をかけてきた。
「月姫!」
月姫の名を呼んだ少年は、神気が感じられる剣を腰にぶら下げていた。
おそらくそれがドラゴンキラーだ。
近づいてくるその少年は、背が高く爽やかな笑顔で良く鍛えられた体型をしている。
眼鏡女子の説明によると、その少年は幼馴染であり、勇者の素質を持っているそうだ。
レベル的には、クラスはD級相当くらいかしら。
S級相当でないと、ドラゴンの圧力に蹴落とされ、近づくことすら出来ない。
勇者の資質は持っていたとしても、戦力外であることは変わりない。
ここで案内役をしてくれていた月姫と別れ、圧力を感じる方向へ進んでいくと、最下層の1番奥にいる『精霊』を確認した。
その精霊に何者かがかじりついている。
黒龍だ。
体長が1m程度。
真っ黒な鱗が光を反射させている。
私には気がついていない。
精霊の体は、既に半分近くが消滅していた。
ミスリル鉱石を食い尽くした黒龍が、最後に精霊の本体を食い尽くそうとしている状況のようだ。
初見であるが、このまま放置してしまうと、精霊の命はながく持たない。
今ここで黒龍を始末しなければならないと分かってはいるが、黒龍は、ドラゴンの中でも上位種の存在だ。
史上最強の私をもってしても、勝つ見込みは無いだろう。
となると交渉をするしかないか。
―――――――――――ドラゴンのそばまで近づき背中を『トントン』としてみた。
そこでようやく黒龍は、精霊から口を離し私を睨みつけてきた。
「人族の聖女が我に何のようだ?」
「あのぉ。その精霊さんから離れて、この迷宮から去っては頂けないでしょうか。」
「ふん。聖女ごときが我に交渉などするんじゃない。今すぐ我の前から消えろ!」
黒龍は私の存在を無視するかのように再び精霊にかじりつくと、精霊が悲鳴を上げた。
やれやれ。うんこ野郎とは、全種族共通で存在するものなのだな。
――――――――――黒龍に対して殺意が芽生えた時、神託が降りてきた。
『そのブラックドラゴンを討伐せよ。』
YES MAIN GOD
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