第52話 眼鏡少女

城塞都市エインヘルヤルは、帝国領の北に位置する山岳地帯の辺境にあり、その都市の地下ダンジョンに現れる魔物からレアアイテムが高確率でドロップされる事で有名なため、一攫千金を夢見てトレジャーハンター達が世界各国から集まってきていた。

その地下ダンジョンの最深部は、魔界へ繋がっている場所でもあるが、それは私と参賢者くらいしか知らない事実である。

ペンギンが四十九と交わした魔界に帰すという約束を果たすべく、馬型の機械人形に馬車を引かせて、その城塞都市を目指し移動をしていた。

常歩で進む機械人形の移動速度だと、城塞都市へ到着するのはあと数日はかかってしまうだろう。


夜空に輝く星に照らされた雑木林の中へ真っ直ぐ延びている道は、澄んだ空気が流れ、闇夜に広がる空間が独特の重苦しさを漂わせていた。

砂漠の都市を出て既に30時間が経過しており、予定では次の都市に到着しているはずなのだが、人が往来してくる姿がない。

スキル『自己再生』により食事を摂取する必要がない私は街に寄らなくても問題ないのであるが、馬車の客室に乗っていた四十九についてはそうもいかない。

奴隷契約の鎖が消滅しきるまでの間、両手首に『黒金色の手錠』を付けていなければならない四十九が馬車の客室から出てきて、馬を引いている私の隣りに座ってきた。



「三華月様。アタシ、空腹、寝られない。遭難、救助、求める。」



遭難だと。

砂漠の都市を出てから草原を通り、そこから1本道の森の中を進んでいるはずなので、遭難する要素はどこにも無いはずだが。

そもそも私は方向音痴では無いし、夜は星の位置を見ながら常に現在位置を確認している。

そういえば、しばらく座標を確認していなかったかしら。

機械人形の足を止めて天空を見上げると、満天の星達が輝いている。

あそこに見えるのはポラリスで、あれがアダリス、ヴェガス、アルクトゥルス、…。



「あら。四十九が言っていた通り、本当に予定していたルートから外れてしまっている。何故、一体、何が、どうしてなのかしら。」

「やはり、遭難、していた。アタシ、現実突き付けられ、クリティカルダメージ負った。瀕死状態。」

「まだそれだけ、しょっぱい事を言う気力があるなら大丈夫そうですね。」

「アタシ、『しょっぱい』。三華月様、『ちっぱい』」



また訳の分からない事を言ってきたぞ。

そう言えば、45話で私の事を『ちっぱい』だと言っていた過去を思い出した。

あの時は聞きそびれていたが、今回は確認をさせてもらいます。

再び常歩を開始した機械人形を引く手綱を両手に持ちながら、隣に座る死んだ魚のような目をしている四十九に視線を送った。



「私が『ちっぱい』であることは否定しませんが、そう言う四十九あなたも『ちっぱい』ではないですか。」

「ほぼ肯定。少し否定。」

「少し否定とは、どういう事なのでしょう。何となくですが、私の方が超僅差で大きいように見えますけど。」

「超僅差で、三華月様大きい、それ、妄想。そして、アタシ、発育途上。未来と希望、ある。」

「なるほど。四十九は未来がある『ちっぱい』というわけですか。」

「全肯定。」

「その理屈だと、私は未来が無い『ちっぱい』という事になりますね。」

「三華月様。元気、出す。」



私は元気なのだけど、底なし沼に引き摺り込まれていくようなこの不毛な会話を続けるのは、やめておいた方が良さそうだ。

気が付くと、馬車が進む一本道の先に灯りが見えてきていた。

―――――――――『幻影通り』だ。

なるほど。予定のルートを外れた原因は、『精霊』に呼ばれたためだったと言うわけか。

『幻影通り』とは、特定の種族であるか交易系スキルを持つ者にしか辿りつけないと言われている街であり、地上世界にとって重要な役割をもった『精霊』がいる街である。

1000以上の街が存在し、その『精霊』達を守護する使命が私にあるのだ。


間もなく日が変わりそうな時刻、森の中に糸のような細い通りにお店と住宅が軒を連ねている街が見えてきた。

魔導の灯りに明るく照されている石畳の道は、よく整備されており美しい街並みだ。

これだけ明るく照らされているにもかかわらず店のほとんどが閉じられており、通りを歩く人の姿が見えない。

地上世界にとって重要な役割を担っている『精霊』に私が呼ばれたということは、この『幻影通り』で何かが起きているという事なのだろう。

隣では、「腹が減って死ぬ。」と念仏を繰り返えすように感情のない声を出し続けていた四十九が、何かを見つけて勢いよく立ち上がった。



「三華月様。酒場、発見。アタシ、生き残った。」



はいはい。私が『精霊』に呼ばれた問題を解決する前に、四十九の空腹を解消させてもらうことに致しましょう。

手入れが行き届いた綺麗な木造建物が軒を連ねており、その一つの『酒場』と書かれた看板が吊られている建物から煌々と灯りが漏れて、木製扉が開かれている。

綺麗に舗装されている石畳に馬車を停めて、もう歩けないとつぶやく四十九を背負いながら道路へ降りると、馬車を引いていた機械人形は再び常歩を開始し、街の外へ向かい歩き始めた。

用が済むまで、街の外で待っていてください。


酒場へ四十九を背負いながら足を踏みいれると、店内にはカウンター席が10個と、椅子がひっくり返された状態で4人掛けテーブル席が10個ほどあり、眼鏡女子が1人で石張りの床にモップを掛けている姿があった。

どうやら、閉店してしまったようである。

モップ掛けをしている眼鏡女子は、15歳である四十九と同じくらいの年齢だ。

眼鏡女子は私達を見ると満面の営業スマイルで出迎えてくれた。



「お客様は街の外から来た旅の人ですか。」



閉店後の来店は嫌なものだろうが、その仕草を微塵も見せないとは、神対応だ。

なんだか逆に怪しい気もする。

そのタイミングで四十九が空腹音を鳴らし、その音を聞いた眼鏡女子の瞳がキラリと光った。



「長旅でお腹が空いているのでしょうか。残り物でしたら直ぐにお出しできますので、よろしければ席へお座り下さい。」

「感謝。」



その好意に四十九が即座に反応し合掌をすると、眼鏡女子は手際よくテーブルの上に逆さまに乗せていた椅子をおろし「どうぞおすわり下さい」と丁寧に誘導をしてくれた。

まだ15歳くらいにみえる眼鏡女子の応対は満足度A評価だ。

やはり、この親切には何かあるものと名探偵の勘が囁いている。

名探偵の必要なファクターには『観察力』と『洞察力』があり、私はその2つのファクターを揃えている、と思う。

何せ鬼可愛いは無敵らしいから、きっとそうなのだろう。

早速、これまでに得た情報から眼鏡少女をプロファイルしてみると、眼鏡少女は直接的な物理攻撃は好まないものだ。

なんせ眼鏡女子は学級委員であるのが鉄則であり、暴力行為は望まないはずだからな。



《以下、私の妄想》

眼鏡女子『残り物ですが、よろしければ食べてください。』

四十九『わぁーい。合掌。』

眼鏡女子『お茶を替えます。』

四十九『モグモグ』

眼鏡女子『お客様、どうかされました?』

四十九『ZZZZZ…』

眼鏡がキラリと輝き少女は細く微笑んだ。

《終了》



四十九と向かえ合わせにテーブルへ座っていると、眼鏡女子が冷めてはいるが美味しそうな食事をテーブルに並べてくれた。

これは残り物というより、もしかして眼鏡女子が自分のためにつくっていたまかない料理ではないのかしら。



「残り物ですが、どうぞ。」

「わぁーい。合掌。」



四十九の言葉を完璧に言い当ててしまった。

単純な奴というか、どうでもいい事だけは裏切らない女だな。

眼鏡女子はテーブルの袖に立ち、凄い勢いでがっついていく四十九の姿を微笑ましい表情で眺めており、コップが空になると水を足してくれている。



「満腹、感謝、合掌。」



食事を終えた四十九の目がトロンとしてきている。

やはり、私の睨んだとおり食べ物に睡眠薬が入っていたのかしら。

スキル『未来視』がなくても未来を推測できる私って、さすが過ぎるだろ。

眼鏡女子が「疲れていたのですね。」と言いながら、四十九に毛布をかけてくれている。

その毛布で体をグルグル巻きにして拘束するつもりだな。



「お連れ様は寝てしまいましたね。奥に従業員用の部屋がありますので、よろしければお使い下さい。聖女様、周囲をキョロキョロと見渡しているようですが、どうかされました?」

「はい。口の周りに髭をはやした奴隷商人みたいな者達が、店内へ笑いながら入ってくるのではないかと思っていたのですが、どうやらその様子はないようですね。」

「精霊の加護により守られているこの街へは、奴隷商人が入ってくることは出来ません。ご安心下さい。」

「……。」



そうでした。

幻影通りでは犯罪者が入れないように加護で守られていることを忘れていました。

観察力と洞察力と兼ね備えている鬼可愛い私の名推理が、外れてしまうだなんて。

なんてこった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る