第38話 vsペンギン②
下弦の月が良く見える深夜。
背後に見えていた大陸が遠くに離れている。
熱い潮風に草原の草が揺られている音が聞こえてくる中、
ペンギンが創生した10体の機械兵達の周囲には、『絶対回避』の効果がある『障壁』が張られており、音速5の速度で突き抜けた弾道を変えられてしまった。
私への対策を用意していただけの事はある。
26話で無限の力を得てアダマンタイトを攻略した満月の夜には遠く及ばないものの、それでも私にとって『絶対回避』を攻略することは難しくはない。
早速ですが、北冬辺との戦闘で獲得したばかりの『転移』を使用させてもらいましょう。
――――――――――スキル『マルチロックオン』に続けて、スキル『転移』を発動させる。
正面に拳ほどの大きさをした『転移』の魔法陣が浮かび上がるのと同時に、機械兵達のボディーにも同様の魔法陣が刻まれていく。
空間を歪めてしまえば、ペンギンがつくり出した『障壁』を運命の矢が飛び越えてしまうというカラクリだ。
その事態を把握したペンギンが額に青筋を浮かべて激怒してきた。
「何をしちゃってくれているのですか!三華月様が、『転移』のスキルが使える情報なんて、聞いていなかったのですけど。」
「ペンギンさん。文句を言う暇があったら、対応をした方がいいと思いますよ。機械人形達の体に『ロックオン』の魔法陣を刻みこみましたが、もう攻撃してよろしいのでしょうか。」
「駄目に決まっているでしょう!少し待ってください。こんなこともあろうかと思って『ロックオン』を外す対策も万全にしていたのですよ。全個体に命令する。『影分身』を発動させて、『ロックオン』を解除するんだ!」
ペンギンの号令に機械兵達の姿がブレ始めていく。
このブレは、12話で追跡者が披露していた『分身の術』と『身代わりの術』に酷似ている。
ブレが生じた機体に刻まれていた『ロックオン』が次々に外されていく。
なかなかやるものだが、その程度の対応は想定内の中でも下の下の方だ。
――――――――次の瞬間、『マルチロックオン』の効果により全機の機械兵達の体へ新たな『ロックオン』の魔法陣が刻まれていた。
この状況を見たペンギンが額に青筋を浮かべながら激怒した。
「何何ですか。そのスキルは!」
「スキル『マルチロックオン』です。」
「だから、『マルチロックオン』なんてスキルも知らないんですけど!」
「スキル『未来視』と『ロックオン』をシンクロさせて、創ってみたのですよ。」
「創ってみましたって、好き勝手にポンポンと簡単にスキルを創生しないでもらえませんか!行列が出来るラーメンをつくるためには、試行錯誤と挫折を繰り返しながら少しずつ完成に近づいていくのです。これが世界の理であり、三華月様のその行為はルール違反なのですよ!」
意味不明なブチキレ加減が急加速している。
とりあえず機械兵達には退場してもらいましょう。
運命の矢を連続でリロードし、弓を構えて弦を引き絞った。
―――――———RABBIT SHOOT
『転移』した矢が機械兵達のコアをほぼ一斉に貫いた。
ペンギンが再びフリーズしている。
「1000年間かけてつくった機械人形が……」
ペンギンの目の焦点が合っていない。
これで終わりだとしたら、ラスボスと呼ぶには軽すぎる。
とはいうものの、月の加護を受けている今の私には究極スキルを使用してくるドラゴンすらも相手にならないだろう。
放心状態になっているように見受けられるペンギンへ歩み寄り、ようやくゼロ距離になったところで視線が重なった。
「私をどうするつもりですか。」
「どうするって、ペンギンさんは『グラングランを守る事がプライドであり、プライドが無くなった時は死ぬ時と決めている』と言われていたではないですか。奴隷を開放したら、私が殺して差し上げますよ。」
ペンギンの顔が青ざめ、口から泡を吹き始めている。
――――――――その時地面が揺れ始めた。
蜘蛛の巣のように無数の亀裂が草原地帯に入り、断層が出来ていく。
私を海に落とすために、草原地帯を崩壊させているのかしら。
すぐそばにいたペンギンは、いつの間にか古城の方へ引き寄せられている。
視線が交差したペンギンが、慌てた感じでドヤ顔をつくり叫んできた。
「兵法とは、常に二の矢、三の矢を用意しておくものなのですよ。ガハハハハハ!」
息を吹き返したペンギンから、高笑いが聞こえてくる。
二の矢と、三の矢ですか。
一の矢が機械兵達で、二の矢で海に落とそうとし、そして三の矢はまだ残っているということなのかしら。
海に落ちたとしてもスキル『壁歩』で海上を歩行できるのではあるが、ここまで来たからには最高司祭からのクエストを完遂したい。
あまりやりたくないが、時間を静止させて古城まで戻る事にしましょう。
海へ落ちていく中、意識を集中させた。
少しずつ世界から音が消え始めている。
吹いていた潮風が止まり、景色がセピア色にあせていく。
時が止まろうとしているのだ。
時間の壁に阻まれて体が動かない。
更に意識を集中させると、下弦の月から得た加護により全身に刻み込んでいる信仰心が輝き始め、力が漲っていく。
そしてようやく、コンマ1mmほど体が動いた。
静止した時間の壁を突き破った瞬間だ。
心臓が脈うちはじめ、血液が全身にまわり始めていく。
体に自由が戻ったことを確認し、古城へ戻るためのルートを選択した。
そして、崩壊中である陸地の欠片を足場にして『跳躍』を開始した。
足場にした陸地の破片が、静止した時間の中、崩れている。
私の体は静止している粉塵に斬り刻まれ、血まみれな姿になっていた。
―――――――時が止まっている状況下では、粉塵が凶器になり、そして生命線ともいえるスキル『自己再生』が発動しないのである。
血まみれになりながら古城まで辿りつくと、そこでようやく時間が動き始めた。
世界に音が戻り、潮の香りが漂ってくる。
スキル『自己再生』が効果を発揮し、ズタズタになった体が治り始めた。
再びそばに立っていた私の姿を見たペンギンが驚愕の表情をした。
海へ落下中の私が突然消え、瞬間移動してしまったように見えていたのだろう。
草原に尻もちを突き、悲鳴を上げた。
「またチートですか!マジでいい加減にして下さいよ!」
眼下では、全長1km程度あったグラングランの陸地が中心のある古城を残し、草原地帯が崩壊し海へ落下している。
贅肉を削ぎ落した感じになっている
潮風に揺れていた髪が激しく乱れている。
それでは第3ラウンドの開始という事で、ペンギンに指をクイクイと引き、戦闘開始の準備が出来ている旨を告げた。
「ペンギンさん、私の方は準備出来ています。いつでもいいですよ。」
「何が、いつでもいいのですか?」
「まだ三の矢が残っているのでしょう。」
「確かにそんな事を言っていましたね。」
「どうぞ三の矢を披露して下さい。」
「ふぅ。やれやれですね。」
ペンギンが深いため息を吐きながら、やれやれのポーズをとると、突然ペンギンが『うつ伏せ』になり、謝罪を開始した。
「申し訳ありませんでした!」
「何故、うつ伏せになって謝っているでしょうか。これが三の矢のはずはないですよね。」
「土下座ですよ。土下座に決まっているじゃないですか。見れば分かるでしょう!」
「土下座とは、両手・両膝を床に付かなければ土下座とはいえません。」
うつ伏せになっているペンギンが体を小刻みにプルプルと震わせ始めた。
その震えは定番のきれる前兆だな。
顔を上げて、パンパンと体の汚れを落としながら立ち上がり、低くよく通る声でたんたんと抗議を開始してきた。
「私は手と足が短いので、三華月様が言われているような土下座は出来ないんですよ。見て分かりませんか!!!」
「確かに、腹も出ていますし物理的に土下座は無理かもしれませんね。」
「腹が出ているって、中年親父みたいな表現方法は使用しないで下さい。」
「こんなふざけた土下座は見た事がないので戸惑いました。土下座をして頂く必要は無いので、そろそろ三の矢を披露してもらえませんか。」
再びペンギンが体を小刻みにプルプルと震わせて、額に青筋を浮かべている。
それ、お約束になってきているな。
そして、ペンギンが叫んだ。
「だ、か、ら、『申し訳ありませんでした』と言って土下座をしたじゃないですか!もう三の矢の事は忘れて下さいよ。しつこい女や、ネチネチした性格の女は男に嫌われますよ。三華月様って、姿だけは聖女っぽくて可愛らしいですが、どうして男が寄ってこないのか、そろそろ自覚した方がいいのではないですか!」
うん。その態度。全然謝っていないですよね。
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