第38話 vsペンギン②
背後に見えていた大陸が遠くに離れ、空には下弦の月が白銀色に輝いていた。
生暖かい潮風に草原が揺れている音が少しうるさく聞こえてくる。
高度50mをキープしながら、移動都市は大海の上を移動していた。
陸地の中央にはレンガづくりに古城が建っており、その門の前には不敵な笑みを浮かべているペンギンと、10個体の機械人形が横一列で並んでいる。
今しがた、細い棒状の金属を継ぎ接ぎして人型に造られた機械人形との戦闘が始まったところだ。
運命の弓から発射された音速5で走る矢が、『絶対回避』の効果により弾道を変えられてしまった。
ペンギンは、地上世界には存在しない金属とされているアダマンタイトを解析し、『絶対回避』の効果があるという『障壁』を製成することに成功したためだ。
浮遊都市の番人にして最古のAIにして参賢者の一角であるペンギンからの言葉のとおり、私への対策を施してきていた。
とはいうものの、この程度で月から加護を受け続ける私をどうにか出来るはずがない。
期待外れというのが正直な感想だ。
自信満々な様子でドヤ顔をしているペンギンを真直ぐ見つめながら宣言した。
「ペンギンさん。それではその絶対回避の効果が付与されているという障壁を攻略させてもらいます。」
ペンギンが目を見開き、口を大きく開けた。
絶対の自信をもっていた障壁を簡単に攻略すると言われたら、AIでも混乱するものなのだろうか。
微妙に焦っている様子で、私が宣言した攻略法について質問してきた。
「三華月様。今しがた私の最高傑作である絶対回避の障壁を攻略されると聞こえてきましたが、よろしければその方法を教えてもらえないでしょうか?」
「はい。『転移』の効果を使用します。」
「転移ですか。なるほど。空間を歪め、機械人形の周囲に張られている『障壁』を飛び越えてしまうカラクリということですか。」
「はい。回避されてしまうのなら、運命の矢をその障壁の向こう側まで『転移』をさせ、機械人形を仕留めさせて頂きます。」
「さすがです。確かにその理屈だと、私が創りだした至高の障壁を攻略できちゃいますね。」
「ご理解頂けたようで、よかったです。」
「ああ。でも。何ですかね。このモヤモヤする感情は。」
ドヤ顔をしていたペンギンの様子がおかしい。
微妙に焦った表情から落胆したものへ変化している。
少し怒っているようにも見受けられるが、一体どうしてしまったのかしら。
すると、大きく息を吐き、やるせない口調で愚痴みたいなことを言ってきた。
「三華月様。優しい嘘という言葉をご存知でしょうか。」
「優しい嘘とは、相手が傷付かないように思いやってつかれる善意の嘘という意味です。」
「そうです。最高傑作品を何の苦労もなく攻略されてしまう製作者側の気持ちなんて、三華月様には絶対に分かりえないということです。」
「ペンギンさんがつくった最高傑作の障壁に対して、少しくらい驚いた方が良かったわけですか。」
「少しくらいでなく、凄く驚いて下さい。」
ペンギンはうんざりした様子で首を横へ振っている。
よく分からない話しになってしまったが、ペンギンの態度には違和感がある。
そう。障壁を攻略されることになるにもかかわらず、焦ることなく落ち着いているからだ。
機械人形を倒すためには、まだ何かがあるのかしら。
ペンギンが不適な笑みを浮かべながら、言葉を続けてきた。
「とはいうものの、さすが三華月様。まさか障壁をいとも簡単に攻略されるとは思っていませんでした。」
「だがまだ、機械人形は攻略済みではないということですか。」
「分かりますか?」
「はい。ペンギンさんには、まだまだ余裕があるように見受けられます。」
「その通りです。超余裕です。」
「それは、絶対回避以外にもまだ何かあるからですか。」
「やはり気がつかれましたか。さすがです。三華月様のスキル『ロックオン』へも対応済みなのです。つまり、障壁を攻略されても、ロックオンさえ外してしまえば、結局のところ私が製作した機械人形へは攻撃が当たらないということです。無駄な努力をして頂き、お疲れ様でした。」
ペンギンの表情が、これ以上ないくらいのドヤ顔へ変わっていく。
なるほど。『ロックオン』についても対策済だったということか。
これまでの言葉のとおり、用意周到ではあるようだ。
聞いてもいないのに、その対策についての説明をしてきた。
「機械人形には特殊な回避行動を記憶させております。」
「その特殊な回避行動をすると、『ロックオン』を外すことが出来るということですか。」
「はい。ご推察のとおりです。」
「つまり、障壁を飛び越えたとしても、『ロックオン』さえ引き剥がしてしまえば、私の狙撃から回避できる。」
「その通りです。その名は『影分身』。これがロックオンを外すことが出来るスキル名です。」
「それがペンギンさんのもう一つの切り札ですか。」
「三華月様。どうぞ、機械人形を仕留めるためのスキルを発動させてみて下さい。」
ペンギンが、どうぞどうぞのゼスチャーをしている。
やれやれ。
いろいろと考えてくるものだ。
それでは遠慮なく、機械人形を仕留めさせてもらいます。
―――――――――私はスキル『マルチロックオン』を発動させ、スキル『転移』を使用する。
正面に拳ほどの大きさをした『転移』の魔法陣が浮かび上がるのと同時に、機械兵達のボディーにも同様の魔法陣が刻まれていく。
ペンギンに焦る様子は見られない。
想定通りといった感じだ。
「三華月様。それでは『影分身』にて機械人形達に刻まれた『ロックオン』を外させて頂きます。どうぞ、ご覧下さい。」
ペンギンの号令で機械兵達の姿がブレ始めていく。
このブレは、12話で追跡者が披露していた『分身の術』と『身代わりの術』に酷似ている。
そして、機体へ刻まれていた『ロックオン』が次々に外されていた。
予告どおりということか。
なかなか出来るではないか。
次の瞬間。
――――――――『マルチロックオン』の効果が発動していた。
外されてしまったはずの魔法陣達が、標的を探し始めていたのだ。
これが、『自動追尾機能』である。
全機の機械兵達の体へ、外されたはずの『ロックオン』が次々と刻まれていく。
これがただのロックオンだったなら、ペンギンが思い描いていたとおりの結果になっただろう。
想定外の事が起きてしまい、ペンギンが戸惑った様子で大きな声を出してきた。
「何だ。何が起こっているのだ。何故、外れたロックオンが機械人形を追いかけてくるのだ!」
「これは、スキル『マルチロックオン』のオート追跡機能です。」
「えっ。『マルチロックオン』って何ですか?」
「はい。その名のとおり、オート追跡機能を付加させました。」
「…。すいません。マルチロックオンなんてスキルは、知らないと言いますか聞いたことがないのですが。」
「スキル『未来視』と『ロックオン』を『シンクロ』させて、新しいスキルを創ってみました。」
「創ってみましたって…。」
何故かペンギンの額に青筋が浮かんでいる。
見た感じ激怒しているようだが、どうしたのかしら。
更に顔を真っ赤にさせていく。
そして火山が噴火するように、溜まっていたものを一気に吐き出してきた。
「好き勝手にポンポンと簡単にスキルを創生しないでもらえませんか!行列が出来るラーメンをつくるためには、試行錯誤と挫折を繰り返しながら少しずつ完成に近づいていくのです。これが世界の理であり、三華月様のその行為はルール違反なのですよ!」
意味不明なブチキレ加減が急加速している。
とりあえず機械兵達には退場してもらいましょう。
運命の矢を連続でリロードし、弓を引き絞り始めた。
ギリギリと弓がしなっていく。
オート機能でロックオンされた瞬間、運命の矢を撃ち放った。
―――――———RABBIT SHOOT
『転移』した運命の矢が『障壁』を飛び越え、魔法陣が刻まれた機械兵達のコアを貫いた。
力なく、機械人形達が活動を停止していく。
ペンギンについてはフリーズしている。
「完全無欠のはずの機械人形が……」
ペンギンの目の焦点が合っていない。
私への対策は、これで終わりなのかしら。
とはいうものの、実際のところは、月の加護を受け、神域に片足を突っ込んでいる今の私には、究極系スキルを使用してくるドラゴンでさえも相手にならないだろう。
草原地帯に機械人形の残害が転がっていた。
風が吹き草の揺れる音が聞こてくる。
放心状態になっているように見受けられるペンギンへ向かい、一歩ずつ足を進め間合いを詰め始めていく。
当のペンギンは固まったままで、何かを仕掛けてくる様子はない。
ようやくゼロ距離になったところで視線が重なった。
「三華月様。私をどうするつもりですか。」
「どうするって。ペンギンさんは『移動都市を守るというプライドを無くした時は、死ぬ時であると決めている。』と言われていたではないですか。」
「言いました。だからと言って、私を処刑する理由にはならなくないですか。」
「いえいえ。とりあえず奴隷を解放し、移動都市を撃ち落とさせてもらいます。」
「その後です。その後は、どうするつもりなのですか。」
「やはりペンギンさんが、自害する流れではないでしょうか。」
「自害って。私を勝手に殺さないで下さいよ!」
ペンギンの顔が青ざめながらキレ始めた時である。
――――――――突然、地面が揺れ始めた。
地震みたいな揺れであるが、ここは上空50mに浮かぶ陸地だ。
地震といった天災事変の類いによるものではないだろう。
蜘蛛の巣のように無数の亀裂が草原地帯に入り、断層が出来ていく。
まるで陸地が崩壊しているようだ。
足元へいたはずのペンギンへ視線を移すと、いつの間にか古城の方へ引き寄せられていた。
その古城はというと、揺れている様子がない。
つまり、移動都市は古城の部分を残し、草原地帯となっている陸地を削ぎ落しているということか。
なるほど。この崩壊は、私を海に落とすために草原地帯を崩壊させているといったところかしら。
視線が交差したペンギンが、慌てた感じでドヤ顔をつくり叫んできた。
「兵法とは、常に二の矢、三の矢を用意しておくものなのですよ。ガハハハハハ!」
息を吹き返したペンギンから、高笑いが聞こえてくる。
なるほど。
私を海に落とす策が二の矢なわけですね。
そうなると、もう1つ三の矢を用意しているということか。
このまま海へ落ちたとしたも、スキル『壁歩』で海上を歩行できる。
だが、それではペンギンを取り逃してしまう。
あまりやりたくないが、ここは時間を静止させて古城まで戻る事にしましょう。
海へ落ちていく中、意識を集中させた。
少しずつ世界から音が消え始めている。
吹いていた潮風が止まり、景色がセピア色にあせていく。
時が止まろうとしているのだ。
時間の壁に阻まれて体が動かない。
更に意識を集中させていくと、下弦の月から得た加護により全身に刻み込んでいる信仰心が輝き始め、力が漲っていく。
そしてようやく、コンマ1mmほど体が動いた。
静止した時間の壁を突き破った瞬間だ。
心臓が脈うちはじめ、血液が全身にまわり始めていく。
体に自由が戻ったことを確認すると、古城へ戻るためのルートを選択し、崩壊中である陸地の欠片を足場にして『跳躍』を開始した。
移動を開始したその時、静止している粉塵により体が斬り刻まれていく。
切り裂かれた体から血しぶきが舞っている。
そう。時間を静止させ行動させることは、大きなリスクがあるのだ。
時が止まっている状況下では、周囲に浮かんでいる粉塵が凶器になる。
—————————そして私の生命線ともいえるスキル『自己再生』が発動しないのだ。
このままこの世界で動き続けていると、死ぬ可能性がある。
血まみれになりながら古城まで辿りつくと、そこでようやく時間が動き始めた。
世界に音が戻り、潮の香りが漂ってくる。
スキル『自己再生』が効果を発揮し、失った血液を精製し、ズタズタになった体が治り始めた。
再びそばに立っていた私の姿を見たペンギンが驚愕の表情をした。
海へ落下中の私が突然消え、瞬間移動してしまったように見えていたのだろう。
草原に尻もちを突き、悲鳴を上げた。
「またチートですか!マジでいい加減にして下さいよ!」
眼下では、全長1km程度あったグラングランの陸地が中心のある古城を残し、草原地帯が崩壊し海へ落下している。
贅肉を削ぎ落した感じになっている
潮風に揺れていた髪が激しく乱れている。
それでは第3ラウンドの開始という事で、ペンギンに指をクイクイと引き、戦闘開始の準備が出来ている旨を告げた。
「ペンギンさん。私の方は準備出来ています。いつでもいいですよ。」
「何が、いつでもいいのですか?」
「まだ三の矢が残っているのでしょう。」
「ああ。確かに二の矢、三の矢とか言っていましたね。」
「どうぞ三の矢を披露して下さい。」
「ふぅ。仕方がありません。」
ペンギンは、深いため息を吐きながらやれやれのポーズをとると、突然『うつ伏せ』になり、謝罪を開始した。
「申し訳ありませんでした!」
「何故、うつ伏せになって謝っているでしょうか。これが三の矢のはずはないですよね。」
「土下座ですよ。土下座に決まっているじゃないですか。見れば分かるでしょう!」
「土下座とは、両手・両膝を床に付かなければ土下座とはいえませんよ。」
うつ伏せになっているペンギンが体を小刻みにプルプルと震わせ始めた。
その震えは定番のきれる前兆だ。
顔を上げて、パンパンと体の汚れを落としながら立ち上がり、低くよく通る声でたんたんと抗議を開始してきた。
「私は手と足が短いので、三華月様が言われているような土下座は出来ないんですよ。見て分かりませんか!!!」
「確かに、腹も出ていますし物理的に土下座は無理かもしれませんね。」
「腹が出ているって、中年親父みたいな表現方法は使用しないで下さい。」
「こんなふざけた土下座は見た事がないので戸惑いました。土下座をして頂く必要は無いので、そろそろ三の矢を披露してもらえませんか。」
再びペンギンが体を小刻みにプルプルと震わせて、額に青筋を浮かべている。
それ、お約束になってきているな。
そして、ペンギンが叫んできた。
「だ、か、ら、『申し訳ありませんでした』と言って土下座をしたじゃないですか!もう三の矢の事は忘れて下さいよ。しつこい女や、ネチネチした性格の女は男に嫌われますよ。三華月様って、姿だけは聖女っぽくて可愛らしいですが、どうして男が寄ってこないのか、そろそろ自覚した方がいいのではないですか!」
うん。その態度。全然謝っていないですよね。
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