第36話 ラスボスについて
空から月の光が砂漠へ落ちてきていた。
綺麗にアスファルト舗装されている幅広の道路が真っすぐ伸び、一定の間隔で配置されている街灯にて明るく照らされている。
フロントガラスへ視線を移すと、真直ぐ伸びる高速道路に設置されている標識が、視認したとたんに一瞬で横を流れていき、遥か後方へ置き去りにされていく。
運転席でハンドルを握っている親父からは、AIの北冬辺を鼓舞するような声が聞こえ、バスガイドがその親父へ熱視線を送っていた。
車内は快適な室温が保たれ、僅かにエンジン音が車中へ聞こえてくるものの、振動は感じない。
車内に浮かんでいる立体フォログラム映像には、バスの速度が時速400kmと表示されているが、高速道路に建てられている標識には法定速度が時速200kmと書かれている。
潜んでいる覆面パトカーに法廷速度違反として捕まってしまうと、ETCカードがしばらく使用出来なくなりバスも大きなペナルティを受けてしまう。
広くとられたシートに座りながら北冬辺に話しかけた。
「北冬辺。私の声が聞こえていますか?」
「はい、三華月様。何か御用でしょうか。」
「こちらの法廷速度は時速200kmとなっております。100km以上の速度超過をし、覆面パトカーに捕まってしまうと、
「ご忠告頂き有難うございます。その件については理解しております。ですが、この速度で走らなければ、移動都市に追いつく事が出来ません。」
「何故そこまでやるのでしょう。無理する必要はありません。」
「プライドです。私のプライドにかけて絶対に三華月様を送り届けてみせます。」
プライドか。35話ででっぷり親父に気合を注入されるような事を言われていたが、触発されすぎではなかろうか。
といいますか、私が最高司祭からのクエスト依頼については結構後ろ向きであることを分かっていない。
奴隷の開放をする行為は聖女として間違っていないのだろが、出来ることなら神託が降りてきてから遂行したいのだ。
私を送り届けると使命感をもってくれているようだが、その心意気は迷惑なものでしかないのが本音である。
運転席で北冬辺との会話を聞いていた親父が、フロントガラスを見つめながら、俺に任せておけという感じで、私に見えるように親指を立ててきた。
この生物は、私を不快な気持ちにさせてくれる天才の中の天才だな。
フロントガラスの向こうに、海岸通りへ入るためのJCTが見えてきた。
緩やかなカーブであるが、時速400kmをキープしたままだ。
横Gに備えるように北冬辺からの音声が聞こえてくる。
「このまま速度をキープしたままドリフト走行を行います。車体に大きな横Gがかかってしまうため、転がらないように何かにつかまって下さい。」
アナウンスの終了と共にバスがカーブに進入を開始した。
JCTへ入ると少しずつ横滑りを始め、体が外へ引っ張られていく。
自動運転にもかかわらず、でっぷり親父は無意味にハンドブレーキを引き「曲がれぇぇぇ」と叫び、バスガイドは嬉しそうに悲鳴を上げている。
このつまらない演劇は何なのかしら。
ドリフト走行をしながらコーナリングを立ち上がり湾岸道路へ入っていくと、フロントガラスの向こうに小さな点が空に浮いていた。
移動都市グラングランだ。
砂漠地帯を抜け海上へ出ようとしている。
ドリフトで速度を落としたバスが、目標目掛けて急加速していく。
200km→240km→300km→400km。
フロントガラス越しに見える点がどんどん大きくなっていく。
―――――――――直径1km程度ある島が50m上空に浮き、砂漠地帯から海上へ出ようとしている。
その移動速度は時速30kmくらいか。
ついに、追い付いてしまった。
運転手が雄叫び上げ、北冬辺をねぎらい、バスガイドは声援を送り続けている。
やれやれ。こうなってしまっては、最高司祭からのクエストを実行するしかないようだ。
大きくため息をついたタイミングで、北冬辺がグラングランに行く準備を促してきた。
「三華月様。車体が射程300m以内に入りましたら、移動都市へ『転移』をさせますので、ご準備願います。」
「三華月様。長らくのご乗車、お疲れ様でした。これから、大きなお仕事があると聞いておりますが、武運を心よりお祈りしております。」
北冬辺に続き、バスガイドから気持ちのこもった言葉が聞こえてくる。
車内には光のラインが引かれ始めており、『転移』の魔法陣を展開し始めていた。
不快な存在でかる運転手は親指を立ててきて、「グッドラック」と言いながらウインクしてきている。
さらに不快なものを見せられて、下がっていた気持ちがさらに急降下していく。
バスガイドからの最後の言葉が聞こえてきた。
「三華月様、行ってらっしゃいませ。」
◇
『転移』にて飛ばされたそこには、月の光に照らされている綺麗な草原が広がっていた。
背中を見ると50m下に、少しずつ離れていく砂漠が見えている。
大海から熱い潮風が吹き、草の騒めく音が聞こえていた。
動物の気配がなく、寂しい世界といったイメージだ。
草原が広がる浮島の中央には、そこそこの大きさがあるレンガ造り古城が建っている。
ここが奴隷商人の街、移動都市。
人の気配は感じないが、やはりあの古城の中に奴隷がいるのかしら。
31話で私を鑑定しようとしてきた星運達もここにいるのなら、ついでに処刑させてもらうことにしましょう。
前へ歩き始めようとした時、幅が10m程度ありそうな古城の正面扉が吊り上がり始めていた。
何か、ろくでもないものが出てくるのだろうと察しがつく。
足を止め注視していると、扉の奥から何かが出てくる。
体調が2m程度ある棒形状で造られた人型の機械兵が列をつくりゾロゾロと行進してきていた。
見たことがない型の機械人形だ。
その先頭には見慣れない小さな生き物の姿がある。
――――――――――あれは確か古代種の『ペンギン』だったかしら。
何故、ペンギンがスーツを着ているのでしょうか。
急ぐクエストでもありませんし、とりあえず相手の出方を見ることにするか。
そのペンギンを先頭に、その後ろから10個体の機械兵達が綺麗に横一列に整列しながら一糸乱れぬ歩調で草原を進んできた。
リズムよく等間隔で足音が聞こえてくる。
統率された軍隊みたいだ。
先頭を歩くペンギンが足を止めると、背後を行進していた機械兵達も一斉に停止した。
「はじめまして、三華月様。私は最古のAIであるペンギンという者で、この移動都市のコアでもあります。どうぞ、お見知りおき願います。」
はじめて会うが、ペンギンのことはよく知っている。
人類の上位種であるAIの頂点に君臨し、世界参賢者の1人だ。
そのペンギンからは敵意が感じられる。
そう。ここより先は通さないといった雰囲気だ。
物騒な機械兵を引き連れているし、必要とあれば武力行使もいとわない感じかしら。
私のことは知っているようだが、自信満々な様子が伺える。
それはそうと…
「ペンギンさん。気になることがあるのですが、伺ってもよろしいでしょうか。」
「もちろんです。神格が最も高い三華月様からの質問を拒む選択肢など、私めのような存在にはありません。何なりと聞いて下さいませ。」
「有難うございます。参賢者であるあなたが、どうしてペンギンの姿をしているのか気になりまして、その理由を教えてもらえないでしょうか?」
「ああ。なるほど。そこ、気になりますよね。それはもちろん、愛されキャラだからです。」
口角を吊り上げ、物凄いドヤ顔で答えてきた。
なるほど。確かにペンギン自体は確かに愛されキャラだ。
だが、正面にいるペンギンは根拠のない自信に満ち溢れている社長のような空気感をまとっている。
「愛されキャラだからですか。その観点で見ると、ペンギンよりも上位の存在がいると思います。ジャイアントパンダとかがそうです。」
「まぁ。そうですね。だから何なんですか。別にペンギンの姿をしていてもいいじゃないですか。」
「それにペンギンは言葉が喋れないはずです。」
「はい。私は貴重種のペンギンなので知性がとても高いのです。」
「いやいや。希少種のペンギンを含めて、人の言葉は喋れないはずです。」
「チッ。聖女のくせに、そんなどうでもいいことがきになるのかよ。」
無茶苦茶卑屈な表情をし、額に青筋を浮かべている。
何だか、態度が悪いペンギンだな。
さて、ここまでの展開を通して先の流れを考えてみると戦闘は避けられない空気になってきている。
とはいうものの、聖女として一応戦闘を回避する努力をする姿勢を見せておくべきところかしら。
「ペンギンさん。私は奴隷達を解放するためにここへやって来ました。ご協力願えないでしょうか。」
「申し訳ありません。この島を護るコアとして、三華月様には協力できません。」
ペンギンからは折れるような意思を感じない。
まさにやる気満々のようだ。
今しがた、神格が高い私に逆らう選択肢はないと言っておきながら、協力をしないどころか、目的を阻もうとしてくるのかよ。
でもまぁ、拳で白黒をはっきりさせようとする考えは嫌いではない。
「それでは、そちらに並んでいる機械兵達を破壊して差し上げましょう。」
「ほぉう。強行突破を図るつもりですか。」
「はい。そうさせてもらいます。」
「今夜は月から落ちてくる光により、三華月様の力は神域に達していると認識しています。」
「それを知っているにもかかわらず、それでも戦うつもりですか。」
「もちろんです。なぜなら、私の方は万全の対策が出来ているからです。」
「万全の対策ですか。」
「私がその辺りにいるペンギンとひと味もふた味も違うところを披露させてもらいます。」
「その辺りに、ペンギンはいませんよ。」
「やれやれ。話しの流れに乗って、雰囲気で言っただけではないですか。空気を読めない聖女って、パーティ内の女子達から敵視されがちな存在になりますので、気を付けておいた方がいいですよ。」
パーティは組んでいないので、女子達から敵視されることはないはずだが、そんなことはどうでもいい。
私に対して用意周到に万全の対策をしてきていることを理解しました。
私がいうのもなんだが、参賢者の一角であるペンギンは、結構駄目な性格だというかとも認識しました。
何と言っても、このペンギンにはラスボス感がある。
ラスボスというものがどれほどのものなのか少し楽しみになってきた。
せっかくなので少しそれっぽく演出させてもらいましょう。
ペンギンへ指を刺し、宣戦布告を行ってみた。
「世界を浄化する使命を持つ聖女として、これよりラスボス的な存在であるペンギンさんを、討伐させてもらいます。」
『鬼可愛い聖女に私を倒す事が出来るかな。』と定番の言葉を言ってくるものと想定していたが、ペンギンは再び額に青筋を浮かべてきた。
何かお怒りのようだ。
そのペンギンが、座った目をしながら声を絞り出してきた。
「愛玩動物であるこの私が、ラスボスって。そんなはずないでしょ!」
「ラスボスとは、物語の主人公が最終局面と戦う敵のボスキャラのことです。物語では鬼可愛い聖女が主人公となるのが定番ではないですか。それに、愛玩動物であるはずのペンギンさんは、人相が悪いようなのでラスボスでいいではありませんか。」
「いやいや。だがら、子供達から絶大な人気を誇るペンギンがラスボスになるって、おかしいでしょう。誰がどう見ても、ラスボスは三華月様の方が相応しいと思います。」
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