第34話 ブチ、ブチ、ブチ!

太陽の光により明るいオレンジ色に見えていた砂の世界が、強い紫外線により濃いオレンジ色へ変化している。

藍色になっている東の空には星が輝き、砂漠は間もなく日没の時を迎えようとしていた。

砂地から放射される熱がすこしずつ冷えてきており、風が生暖かいものへ変わり始めている。

暗くなり始めた世界に街の灯りが見えてきていた。

500年前に帝国が砂漠の遺跡を発見し築いた『砂漠の都市』である。

元々は、砂漠中央にあるダンジョンから溢れてくる魔物を危惧してつくられた要塞であったが、現在は軍事的な機能は無くなり、都市間を結ぶ貿易拠点として繁栄していた。

バスから放り出され、砂漠の都市へ向かい歩いていた私を迎えにきてくれた馬型の機械人形に揺られ、ゆっくりとした歩調で砂漠の都市へ向かい進んでいたのだ。


ちょうど日が沈みきった頃、都市の入口前で馬型に機械人形から降り、単独で街中へ進入するとそこは人で溢れていた。

石造りの似通った建物が不規則に並び、石を敷き詰めた道は好き勝手に蛇行している。

砂漠の端にある都市ということもあり、日中の気温は50度程度までしか上がらないが、それでも人が生活するには殺人的な環境だ。

この都市は、朝と夕方から夜にかけて活発に動く街なのだ。

世界でも最も人の密度が多いとされる凸凹に舗装された道を、お互いが衝突することなく器用に歩いている。

通りに並ぶお店から、ひっきりなしに威勢のいい声が飛び交っており、街全体がエネルギーで溢れていた。

最も尊敬されている聖女の姿を見ると皆一様に道を譲ってくれるので、私が歩くぶんには支障がない。


懐かしい記憶が思い出されてくる。

前にここへ来たのは、異界に繋がるダンジョンでサソリ型の住処を壊滅させた後だったかしら。

この都市にある教会へ挨拶をしようと思うのだが、どこを歩いていても同じ景色に見えるので、いつも迷子になってしまう。


帝国の軍服を着込んだ衛兵達が、何か慌てて右往左往している姿が見えるのだが、事件でもあったのだろうか。

気が付くと、進む先にその軍人達が列をつくり始めている。

気のせいか、衛兵達の視線が私へ向いているようだ。

もしかしてだけど、鬼可愛い聖女が砂漠の都市に入り、都市がパニックになる事を危惧しているのかしら。

軍人達の様子を見ると、汗だくになり緊張しているように見える。

私くらい可愛い女になると、免疫が無い男がいても当然かもしれないな。

着ている軍服の柄が他の者と異なる男が一歩前に出てきた。

おそらく隊長格の者だろう。

身長が2m程度はあり体格がいい。

顔を含め露出している肌にはいくつもの傷跡があり、まさに歴戦の戦士と言った感じだ。



「三華月様。お久しぶりです。」

「はい、ご無沙汰しております。男達を惑わすような行為はしないので、安心して下さい。」



適当に挨拶をしたものの、隊長の事は覚えていない。

隊長はというと、顔を強張せ大きな体を硬直させ微動だにしていない。

気持ちは分からないでも無いが、清楚系美少女の聖女に緊張し過ぎだろ。

結局のところ男とは、女を外見でしか判断しない生き物だから、こうなっても仕方がないのかもしれないな。



「三華月様。申し上げにくいのですが、この街から早期に退去願えないでしょうか。」



なぬ?

全く予期しなかった返答がかえってきた。

戸惑った反応をしている私へ、隊長が両手を突きだし『待て、待て。』のポーズをしてきている。

何が起きているのか全く理解が出来ない。

困惑している私を置きざりにして、隊長は後退りをしながら慌てた様子で言葉を続けてきた。



「お察し下さい。三華月様がこの街に現れると、サソリ型の魔物が砂漠に溢れ出てくる噂がありましてですね。」



確かに砂漠へ来るたびにサソリ型の住処を荒らしていたっけな。

つまり私が砂漠の都市へ現れる時期に、生き残りのサソリ型が砂漠を徘徊し、私とサソリ型がセットで現れるみたいな都市伝説が出来てしまったのか。

通常、地上世界では魔物は、特別な加護を与えられない限り生きることは出来ないが、この砂漠自体がダンジョンのような状態となっているため、砂漠の魔物は砂漠内なら地上世界で活動できるのだ。

さて、訳の分からないお願いをしてきた隊長であるが、合掌しながら頭を下げてきていた。



「私も三華月様へこんなお願いをしたくないのです。どうか、許してください。」



隊長から流れる汗の量が無限に増え、声は震えている。

私への用事というのは、鬼可愛い女の子の存在を、危惧していたわけでは無かったのか。

『男達を惑わすような行為はしないので安心して下さい』と言ってしまっが、その言葉は既に回収不可能になっているのではなかろうか。

といいますか、男はみんなおっぱい星人であるという事を忘れていましたよ。



「分かりました。『微乳』である私は、この街から去ることにしましょう。」

「『微乳』ってなんですか。それって『貧乳』の事ですか?」



――――――ブチッ!



「『微乳』を『貧乳』と変換するんじゃない!」

「え、どう言うことですか。『微乳』と『貧乳』とは違う意味なのですか?」



――――――ブチ、ブチ、ブチ!



私の怒気に空気が揺れ、風が凍り付いていく。

衛兵達や、遠くから成り行きを見守っていた見物人達が、次々の気絶をし始めた。

隊長は自身の失言に気が付くと、両膝を地面に付き両手を重ねて祈りのポーズを取りながら、震える声で懺悔を始めている。



「私が間違っておりました。どうか、怒りをお鎮め下さい。」



体格のいい隊長の体がどんどん縮こまっていく。

私が邪神みたいな扱いをされているのは何故なのかしら。

残虐無比な野盗のリーダみたいな姿をしている隊長が、清廉潔白な姿をした聖女に恐怖するこの絵柄っておかしくないですか。

距離を置き私の怒気から逃れていた者達がざわつき始めている。



「分かりました。邪神はこの街から去る事にしましょう。」

「神様、私達をお守り下さり有難うございます。」



隊長は祈りのポーズをキープしたまま、お礼の言葉を何度も繰り返している。

誰に祈っているのかしら。

私が自身のことを邪神と言った言葉は否定しないのかよ。

そういえば…。



「一応伝えておきますが、もう手遅れだと思いますよ。」

「え、何が出遅れなのですか?」



ポカンとしている隊長さん、先ほどサソリ型の魔物の住処を破壊した後だったりするのです。

今頃、サソリ型が次の住処を探して砂漠をウロウロしていると思いますよ。

おっぱい星人である隊長さんには、そのことは教えませんけどね。

やれやれと思いなが来た道を180度反転させ引き返そうとすると、街の入口から見覚えのある物が砂煙を上げてこちらに向かってくる姿が見える。

あれは、メタボな運転手が自動運転をしているバスだ。

嫌な予感がする。

最高司祭からのクエストを放り出した私を迎えに来たのかしら。


日が沈み肌寒く感じ始めてきていた時間帯、私の前へ急停車してくると、山茶花バスガイドが笑顔で降りて深く頭を下げてきた。

車中を覗くと、お客さんの姿は無いようだが既に星運達は目的地へ送り届けた後のようだ。



「三華月様。先程は失礼しました。改めて移動都市グラングランまでお送りさせてもらいます。どうぞ、乗車下さい。」

「その必要はありません。最高司祭にはクエストは失敗しましたとお伝えください。では、私は失礼します。」



バスガイドを一瞥し足を進めようとすると、バスの入り口から運転手がシュタッと出てきて、迷うことなく土下座をしてきた。

一切の迷いが見られない、やり慣れているプロの動きだ。

私は土下座を見るのが趣味であるが、これは違う。

そう。私が見たいものとは全くの別物だ。

屈辱的な感じで土下座をしてほしいのだ。

でっぷり親父がその容姿とは全く異なる男前の言葉を吐いてきた。



「聖女さん。先程は大変失礼しました。ワテという人間は、一度受けた仕事を放り出すことが出来ない昔気質の男なんです。もう一度、ワテにチャンスをもらえませんか。」

「お引き取りください。私はここで失礼します。」



確かに私を下車させたのはAIの北冬辺であり、運転手の意思ではない。

そして、言っていることも間違えていない。

たが、男前の発言をしてきているところはとでも不快だ。

気が付くと、私達の周りには人だかりができており、その野次馬達の声が聞こえてきていた。



「親父が、あれだけお願いしているのに…」

「聖女なんだから、許してやれよな…」

「あの聖女、実は魔王だっていう噂だぜ…」



私が魔王という噂の言葉が気になる。

土下座をされている私の方が追い込まれているように感じるのは何故なのかしら。

ここは無視して、街の外へ行った方がいいだろう。

―――――――――歩かせようとした時、バスガイドが土下座している運転手へしがみついて号泣し始めた。



「五位堂さん。土下座なんてやめて下さい。五位堂さんが悪いわけではありません。」

「山茶花さんの言いたい事は分かる。乗客は必ず目的地に届ける事がワイのプライドなんや。そのためならワイは何でもするんや。」



運転手も号泣し始めているのであるが、何ですか、この意味不明な夫婦漫才は。

行く先々でこれをされるかもしれない恐怖を感じた私は、バスに乗り込む事にした。

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