第33話 vs北冬辺

外を見るとオレンジ色に輝いている砂の世界が広がっていた。

静まり返っていた車内には僅かにエンジン音が聞こえてくる。

車内は快適な室温と湿度が保たれており、揺れというものをほとんど感じない。

身長が3mサイズの者がゆったりと過ごすことができるように設計されたバスは、ゆったりとした2人掛けシートがとられ、3mの通路幅と4mほどの天井高が確保されていた。

腰を抜かしている星運が、怯えた様子で尻餅をつき床をずりながら後退しようとしているが、背中が運転席の背後にある壁にべったりと張り付きこれ以上さがりようがない。

万里はフロントガラスに体を叩き付けられ気を失っており、水落が彼女を快方している。

運転席に座っている親父は見て見ぬふりをし、バスガイドはどうしていいか分からない感じで唖然としていた。

前触れなく私を鑑定してこようとした星運を処刑するために、取巻きの万里と水落を軽く退けたのだ。


ここからであるが、バスの運行を行っているAIの北冬辺が車内で戦闘行為が禁止である理由について正論を並べ倒してきていた。

正論を言ってくる者にまともな奴などいない。

世の中というものが、いかに不条理に出来ているかを、不条理な存在の代表である私が鉄拳制裁にてその身に教えてあげましょう。



北冬辺あなたとの会話はどこまでいっても平行線のようです。これ以上の会話は不用でしょう。どちらが正しいのか、拳と拳を交えて決着をつけましょう。」

「はい。私は初めからそのつもりです。」

「いい返事です。これから星運の処刑を開始します。力ずく私を止めてみてください。」



警戒しつつ、半歩ほど足を出してみたものの、何かを仕掛けてくる気配はない。

バスは変わらず砂漠を走行しており、特に変わった様子は見られない。

北冬辺の自信満々な口振りからして、簡単にことが運ぶとは思えないが、『真眼』も発動していないところをみると、危険が迫ってきてはいないはず。

怯える星運へ向け、更に足を踏み出したその時、

―――――――――体から力が抜け始めた。

片膝が曲がりストンと床へ落ちていく。

スキル『自己再生』の効果により、常に万全の体調である私の体に異変が起きていた。

私が遅れを取ったのは、魔術士からステータスダウンの効果を受けて以来だ。

全身から締まりが無くなり、ふにゃりと緩い感じになっていく。

何らかの攻撃を受けているとでもいうのか!

この突然襲ってきた異変について北冬辺が説明を始めてきた。



「車内にいる皆様へ『ライフドレイン』を発動させました。」



『ライフドレイン』とはHPを吸収する効果があるスキルだ。

つまり私は、生命力を奪われているということ。

まさか伝説級のスキルを発動してくるとは、さす上位種のAIと言ったところか。

不意打ちとはいえ、私の片膝を床に付かせるとは驚きました。

車内にいる者については、床にへたり込み喋る事も出来ないような姿になっている。

北冬辺が淡々と言葉を続けてきていた。



「三華月様。もう動く事が出来なくなっていると思いますが、これも安全のためにした事であると、ご理解願います。」



動くことは出来ないと思っているのか。

世の中というものは、物事はうまくいかないことの方が圧倒的に多い。

勝利を確信するのはまだ早くないですか。

生命力を奪われ続けても問題なし。

北冬辺。あなたに世の中が不条理にできているものだと教えて差し上げましょう。

膝を床から離し、ゆっくり立ち上がってみせた。



「北冬辺。あなたが発動した『ライフドレイン』については、既に対応させてもらいました。」

「えっ。どういうことですか。『ライフドレイン』でHPを吸収し続けているはずですよ。三華月様はどうして声をだしているのですか。何故、普通でいられるのですか?」



北冬辺の声が震えている。

今も生命力を吸収され続けているのだろうが、異常は感じられない。

体調はオールクリア。

北冬辺については、私の体に何が起きているのか理解出来ていないようだ。



「私が平気でいられている理由ですか。それはスキル『自己再生』のおかげだからです。」

「スキル『自己再生』ですか。」

「あなたが発動している『ライフドレイン』の効果よりも、私が獲得しているスキル『自動再生』の効果の方が上回っているからです。」

「それはつまり、生命力を吸収する速度よりも、回復する速度が上回っていると言っているのですか。」

「はい。ご理解が早くて助かります。」

「規格外すぎる。やはり三華月様は本物のラスボスだ。」



やれやれ。

実は最強の聖女がラスボスでしたって、あまりにもベタ過ぎると言うか、その聖女の話しは量産品だろ。

まぁ、今はそのことは置いといて、もううつ手なしですか。

それでは息絶えてしまいそうな星運へ『SKILL VIRUS』を撃ち込んでさしあげましょう。

――――――――――突然、パッシブスキル『未来視』が発動した。

灼熱の砂漠に立つ私が、バスが走り去る様子を眺めている未来が見える。

何故、私が数秒後にバスの外へいるのかしら。

気が付くと、車内に光のラインが走り、魔法陣が描かれ始めていた。

へえ。なかなかやるものだ。

少し見直しましたよ。

ライフドレイン以外にもまだ策を用意していたということか。



「三華月様。描き始めておりますこの魔法陣について説明させて頂きます。これは『転移』の効果を発動させるものです。」



古代人が創ったとされるスキルは複雑な魔法陣によって構成されている。

北冬辺は、今まさに『転移』の魔法陣を描き始めているのだ。

私を転移させることが出来れば車内での戦闘行為は終息するのだろうが、その魔法陣が完成する前に破壊すれば転移は失敗する。

なぜ、破壊されるはずの魔法陣を描いているのかしら。

不意に北冬辺がAIが生まれてきた使命について言い始めてきた。



「AIの中でも上位に位置する我々は、スキルを継承するために生まれ、適正がある人類に分けるという使命を持っております。」



世界の記憶『アーカイブ』にも、別世界へ旅立ってしまった古代人が生み出したAIの役割について記述されていた。

その一つが人類へスキルを分け与える役割だ。

個人差はあるが、人類のDNAにはスキルについて情報が組むこまれている。

先天性のスキルについては、一定のレベルに達すると目覚めることになる。

後天性のものは、誰かが与えなければならない。



「三華月様。よろしければ、スキル『転移』を伝授させて頂きます。魔法陣が完成するまでの間、少しお待ち願います。」



その者に受け入れる用意があれば、新しいスキルが使用可能となる。

逆に言えば、その適正がなければ使用はできない。

私のレベルはスキル『転移』を獲得できる値に達している。

そして、『転移』に関する適正という点においては、微妙という表現が近い。

つまり、獲得したとしても転移の能力を100%引き出すことは出来ない。

だがせっかくの話しだし、スキル『転移』を獲得させてもらいましょう。



「それでは北冬辺あなたからの申し出を受けさせてもらうことに致します。」



魔法陣を憶えるためには完成型を確認しなければならない。

だが、『未来視』で見たとおり、魔法陣が出来上がった瞬間、『転移』により私はそこでバスの外へ飛ばされてしまう。

くだらない策を捻り出したものだ。

車外へ飛ばされたとしても、『転移』を獲得したなら、その『転移』にてバスへ戻ることが出来るはず。

一時凌ぎにしかならないだろ。

目の前では、万を超える数の複雑な魔法陣が立体的に折り重なっている。

―――――――――そして、『転移』の魔法陣が完成された。


次の瞬間、私の体はバスの外へ飛ばされ、砂漠の砂の上に着地をしていた。

パウダー状に軽い砂の傾斜地に立つと、足が滑るように落ちていく。

太陽光線に照らされている景色が眩しく見える。

信仰心とダークマターで編み上げられた聖衣から露出している肌が焼かれていくものの、スキル『自己再生』が発動し始めると、その環境に体が適応していた。

約50m先にバスが逃走してく姿が見えている。

それではテストとして、スキル『転移』を試させてもらいましょう。

―――――――――私は『転移』を発動する。


砂上に浮かび上がった魔法陣のサイズが小さい。

距離についての制限はない。

だが、大きな物体を転移させることは無理ということか。

なんてこったぁ。

私自身の転移は出来ないじゃないか。

北冬辺を仕留めるには、ここから狙撃すれば良いのだが、それは必要の無い破壊行為と認定されて信仰心に影響が出るかもしれない。

星運への制裁はまた後日にでもしておきましょう。

移動都市グラングランへ辿り着けなくなってしまった。

最高司祭から受けたクエストについては、これでもうこれは失敗したということでいいだろう。

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