第10話 今日の私は乗れていない
———影使い———
S級スキル。
自身の影を変幻自在に使いこなす。
攻撃に対しては自身の影がオートで迎撃する為、攻略は難しい。
◇
聖騎士(旧聖戦士)と、ロリ巨乳聖女(旧神官)が帝都を去ってすぐ、
空から太陽に光がさんさんと降り注いできている。
乾燥した風に枝葉の揺れる音が聞こえてくる。
屋敷は帝都に少しはずれにあるお屋敷街に佇んでいた。
A級冒険者のギルドメンバーは最大30名までとされており、拠点となる屋敷は帝国から支給される制度となっている。
A級冒険者ギルドの主な目的は、新人冒険者の育成であるため、大きな屋敷内には初心者用の訓練施設が充実していた。
建物は歴史が感じられる間口の広いレンガ造りになっており、同じサイズの窓が等間隔に配置され、綺麗なシンメトリーとなっている。
屋敷の門を潜り、立派な木製の両開き扉にノックをすると、先日パーティーを組んでいた重戦士の男が迎えに出てきた。
重戦士は、現在ギルド内では忍者に次ぐ立場にいる者であり、副官のような存在である。
玄関ホールは、大きな吹抜けとなっており、玄関扉の上にある窓から太陽の光が入ってきている。
床は古いレンガが綺麗に敷き詰められ、天井と壁はグレーかかった塗り壁でところどころに細かい割れが走っていた。
外からの雰囲気と同様に歴史を感じる建物だ。
建物内にはファミリーメンバー全28名が私を出迎えてくれていた。
まず忍者が笑顔で挨拶を浮かべながら握手のために手を差し出してきた。
「先日は失礼しました。聖女さんにお会い再びお会いすることが出来て光栄に思います。」
ダンジョン内でのダークなイメージと違うなと思いつつ、この屋敷に来た唯一の目的を果たす事が出来るチャンスがいきなりやってきた。
屋敷に出向いてきた目的は、忍者が獲得しているスキル『影使い』へ『SKILL_VIRUS』を撃ち込む事である。
聖戦士を追い落とすため罠にかけた行動が、5話で私の信仰心を下げることになり、忍者のことが許せないのだ。
忍者が差し出してきた手へ、重力があるかのように引っ張られていく。
もう少しで触れようとした瞬間、重戦士が間に割って入ってきた。
何をしやがる、
「
この重戦士、なかなか出来るじゃないか。
それに引き換え、忍者は不用心だ。
先日のダンジョンにて、用意周到な罠を仕掛けて、聖戦士をギルドマスターから引き摺りおろしたダークなイメージと違う。
静まりかえった玄関ホール内に、窓から入いる爽やかな風と一緒に庭で揺れる枝葉の音が聞こえてくる。
暫く沈黙した時が流れる中、私と視線が重なっていた重戦士の男からは敵意を感じる。
私の方は皆さん全員と戦ってもいいし、そういう選択肢も有りと思ってここに来ている。
もし戦ったとしても、月の加護がある地上世界ならば、『影使い』も苦にすることなく楽勝ではあるが、同族殺しが禁止されているので、私からは手を出すことは出来ない。
一瞬の静寂の均衡を破ったのは正面にいる忍者であった。
「聖女さん。こちらから招いておきながら、失礼なことをして申し訳ありません。」
「いえいえ。重戦士様のおっしゃる通り、聖女とはいえオリオンでは敵対する立場におりますので、警戒されるのは当然だと思います。」
礼儀正しいではないか。
ダンジョン内で、旧聖戦士を地獄に堕としいれた時のような狡猾さが感じられない。
玄関ホールの横にある会議室へ通されると、正面には忍者が座り、会議室内にはメンバー全員が入ってきていた。
外壁面には大きな窓が並び、太陽の光が会議室を明るく照らしてくれている。
私が座るテーブルと、向かいに座るテーブルに座る忍者との間には距離が置かれており、その他ギルドメンバーは忍者との会話の邪魔にならないように、会議室の端にかたまってこちらの様子を伺っていた。
本来は来客用の応接室で話すような内容であるが、ギルドメンバー全員に聞いてもらいたいとの申し入れがあり、快く快諾したのである。
相手のフィールドで複数の者達に囲まれる状況に陥ると、普通はプレッシャーを感じるのだろうが、私は平気なのである。
これって、可愛い女子が自然に視線を集めてしまい、日常的に周囲から見られる事に対して免疫が出来てしまったからなのでしょうか。
そこの新人冒険者君達、私を見る目がエロいぞ。
さて、私達を呼んだ用件を伺う前に、
「うちのメルンに何があったか教えていただけますか?」
「
私の言葉を聞いた会議室内からは、一斉にどよめきが起きている。
思ったとおりの反応をしてくれて有難うございます。
このまま、ここにいる全員を混乱させてやるぜ。
慌てた様子で私が座るテーブルまで歩いてきた重戦士が、差し出したギルド脱退の手紙を開き内容を確認し、私を疑うような言葉を口にしてきた。
「これは本当にメルンが書いたものなのか。ジェットに裏切られたメルンが、そのジェットと一緒に教国に向かうだなんて、そんな話しはとても信じられん。」
「聖女は最も信頼の厚いJOBであるはずですが、私が嘘を言っているとでも仰っているのでしょうか?」
清廉潔白で清らかな容姿をしている聖女からの言葉は重く感じるだろう。
だが実際は、信仰心を獲得するためなら平気で嘘をつける。
それは、神託を実行するためなら人類を裏切る事に対して何ら抵抗も罪悪感も無いからだ。
とは言うものの、
いい感じに面白い流れになっている。
もちろんここは、忍者達をもっと煽ってあげましょう。
「
「そんな事があるはず無い!」
まず反応したのは、重戦士であった。
忍者については、考え込んでいる様子だ。
他のメンバーは、静かに耳を傾けている感じがする。
思ったより反応が悪い。
過激な行動に出てくるものと想定していたが、今日の私は乗れていないのかしら。
もう少し煽らせてもらいましょう。
「やれやれですね。あなた達全員で、
「もし三華月さんの言われる通りでしたら、本当に、俺がメルンを追い込んでしまっていた事になりますね。」
なぬ。何ですか。
忍者のそのとぼけた反応は!!
想定外の答えが返ってきたぞ。
私に斬りかかるような反応を期待していたのに。
実際、腹心の重戦士も私の反応と同じような表情をしている。
そう、私は間違っていないはずだ。
もう一度再チャレンジしてみましょう。
「つまり
「はい。メルンに悪い事をしました。すいませんでした。」
ここは謝るところではなく、怒り狂うのが定番のはずだぞ。
私の予測に反して、忍者は深く頭を下げている。
思うようにいかないというか、私に斬りかかってくるように誘導が出来ていない。
やはり、今日の私はのれていない。
頭を下げ続けている忍者へ重戦士がフォローを入れてきた。
「
「はい。俺は皆さんのために行動しています。」
忍者の姿勢は、私に対してもそうだが、重戦士に対しても素直だ。
違和感があるというか、こいつの行動原理が理解出来ない。
もう少し、つついてみて反応を見てみるとするか。
忍者と重戦士との会話に割り込むように、少し強めのトーンで言葉を発した。
「
「はい。俺の行動が間違っていたかもしれません。」
まただ。
そこは素直に謝ってくるところではないと思うのだけど。
話しが噛み合っているのか、噛み合っていないのか、さっぱり分からない。
ここは再確認だ。
「
「はい。みんなの話しを聞いて、俺がそう判断しました。」
なんかよく分からない話しの流れになっているが、それでも分かった事がある。
忍者のキーワードは『みんな』だな。
その『みんな』とは一体誰なのだろう。
とりあえず、もう少し会話をしながら忍者という者について知る必要があるようだ。
「
「はい。俺が成り上がる為です。偉くならないと、帝都を変革出来ないじゃないですか。」
なるほど。帝都を変革するのか。
変革って具体的に何をするつもりなのかしら。
気になるところであるが、今は流しておこう。
周囲に視線を送ると、会議室の端で会話に聞き耳をたてている初心者冒険者達の顔も困惑しているように見える。
よく分からない会話になってきたが、とりあえず話しを続けていき、真意みたいなものを探らせてもらいましょう。
「
「
「そのみんなの1人である
「そうなると、三華月さんの言う通り、みんなでは無いですね。」
私のリズムが崩れている。
それは忍者が素直過ぎるせいだ。
痛いところを突いて怒らせたいのに、全てを肯定してくる。
つまりそれは頭の中が『お花畑』だからなのだろうな。
こんなお花畑が『S級スキル』を所持しているって、危険過ぎて素敵過ぎるではないですか。
忍者という者が分かってきました。
忍者は、私に莫大な信仰心をもたらしてくれる可能性が高い逸材だ。
そう遠くない未来に、忍者は大きな事をやらかしてくれて、討伐対象として神託が降りてくる予感がする。
この男は、しばらく泳がせておくべき逸材の中の逸材だな。
忍者を処刑するつもりであったが、もうこれは無罪放免でいいだろう。
そとう分かれば、用件を済ましてさっさと帰ることにしよう。
そう言えばだが、ここへは忍者に呼ばれてやって来ていたということを思い出した。
「ところで今日、私を呼んだ用件を教えて頂けませんか。」
「はい、そうでしたね。俺は『オリオン』でA級ダンジョンを攻略するつもりです。」
それくらいのことなら、誰もが知っていると思うのだが、それがどうかしたのかしら。
…。
この微妙な沈黙は何でしょう。
もしかして私が喋る番なのだろうか。
何か違うような気もするが、まぁここは困った時のオウム返しにて、乗り切らせてもらいましょう。
「つまり
「え、分かってくれるのですか!」
はい。忍者が言っている言葉は分かります。
だが、あなたの気持ちと言葉の意図は全く分かりません。
どうしたものかとは思うのだが、話しを合わせておくべきなのだろう。
『みんな』というワードを使用しておけば、とりあえずOKなのかしら。
「よく分かります。
「そ、そうです。俺は、一から帝都を作り直そうと思います。」
変革とは、帝都を一旦平地にして、最初から作り直すという事かよ。
迷惑な度合いが、災害級を超えているな。
うむ。さすが、私が見込んだ者だ。
ようやく私は乗れてきましたよ。
少し種に水と肥料を巻いて成長を促しておいてやるか。
「私から提案があります。一から造り直すのならば、帝都でなく未開の地で国造りを始めてはいかがでしょう。それこそが、本当の意味で最初からになるのではないですか。」
「そうか。一から作るなら、何も無い所から始めるべきですよね。」
やはり忍者は、素直だ。
話しがおかしな方向へ行っているように思えるが、それはどうでもいい。
会話を聞いている重戦士の戸惑っている様子が見ていて楽しい。
その重戦士が、黙っていられなくなった感じで、話しに割って入ってきて、忍者を説得し始めた。
「光太様。未開の地って、俺達を見捨てるつもりですか!」
「皆さんも、
「俺達は、この帝都を変えてほしいのです。」
「はい。僕は世界を変革したいのです。」
忍者は、世界にとってクソ迷惑な存在であるが、それはつまり私にとってダイヤの原石であり逸材中の逸材だ。
忍者は、泳がせるだけ泳がせられれば、世界が混乱する確率が上がり、同時に私へ神託が降りる確率が上がるわけだ。
心がワクワクとしてきていたその時、神託が降りてきてしまった。
その神託の内容とは……
―――――――――――――その天然忍者をなんとかしろ
ま、じ、で、す、か。
まだ刈り取るには早いと思うのですが。
このタイミングで降り来てしまうとはな。
熟す前の状態で果物を刈り取らないといけない農家の悔しい気持ちが分かる気がする。
だが神託を拒否する事は出来ない。
苦渋の決断となりますが、仕方がありません。
忍者を処刑しましょう。
とはいうものの、忍者は殺すにはほしい人材である。
どうしたものかしら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます