はい、そうです。私が鬼かわ最強のブラックな聖女です。

@-yoshimura-

第1話 「お前は首だぁ」その①

私の名は三華月みかづき

18歳になった日、処女神アルテミス様に仕える大聖女となった。

『美』と『弓』の神、アルテミス様の加護を受けた私は、美少女であり、狩人でもある。

私の使命とは、神託に従い、世界を正す事。

覚悟しなさい、異教徒のクソ共。

皆殺しにして、世界を浄化してあげます。



ここは、大陸一の規模を誇る帝都。

別世界へ旅立ったと言われている古代人に創生されたと言われている機械人形達が、衛生管理や都市整備復旧を行っている都市だ。

そして帝国には武神と呼ばれている世界最強戦力として名高い三条家がいるため、世界で最も安全な街として、人が集まり最も繁栄をしていた。

通常の都市は他国からの侵略に備え、迷路のように入り組んだ道をつくっていくのが定石であるが、侵攻される心配がない帝都に限っては、一般の者が暮らしやすくした都市設計がされ、東西南北に主要道路が何本も走り、都市の中心には大きな川が流れている。


帝都筆頭貴族である武神の家系の純血種として生まれてきた私は、8歳の時にアルテミス神からスカウトをされ神官となり、現在は歴史上、最も神格の高い聖女となっていた。

やるべきことは一つ。神に従い『信仰心』を積み重ねること。

アルテミス神から『運命の弓』を与えられた私は、『神託』に従い世界に点在していた邪神の信者達を一掃し終え、生まれ故郷である帝都へ戻ってきていた。


空には星が広がっていた。

古い建物が整然と並ぶ帝都を、古代人が創生した機械人形達に整備された街灯が街を明るく照らしている。

大きな石板が綺麗に敷き詰められている歓楽街の道路には、お酒に酔った多くの冒険者達が溢れており、活気ある声で生き物のように街がうなりをあげていた。

未知の物質ダークマターを『信仰心』に刻み込んで創った派手な十字架がデザインされた聖衣を着た、聖女の中の聖女のような清らかで可憐な容姿をした私は、繁華街の真ん中のある400人以上が収容可能な酒場内の5人掛けテーブルに座っていた。


店内は満席状態で、活気がある陽気な声がホール内をこだましており、店員達が忙しそうにしている姿が見える。

私が座っている丸テーブルには、現在B級冒険者でありながら既に超S級の実力を持っていると帝国でも名高い勇者パーティーが座っていた。

その勇者パーティーが座るテーブルで、よくある追放劇場が開始されたのだ。

勇者ガリアンが、持っているジョッキを机に叩きつけて勢いよく立ち上がり、向かいに座っていた男へ、感情を全面に押し出し怒鳴り声をあげた。



「ゾロア、お前は首だぁ!」



B級冒険者の勇者が叫んだ相手であるD級冒険者の魔術士ゾロアは、驚く様子がなく冷静に勇者へ視線をおくり向かいの椅子に深く座っている。

対称的に勇者の方は額に青筋を走らせ、顔を真っ赤にしているがお酒に酔った様子には見えない。

勇者の怒鳴り声に、今日一番の盛り上がりをみせていた酒場から陽気な声が消えていく。

波が引くとはまさにこのこと。

酒場で働いているホールスタッフを含めると400名以上の好奇心に満ちた視線が集まってきていた。

興味津々なワクワクした目をしている。

怒声をあげホール内を静まりかえらせた勇者については、怒りで周囲からの視線に気がついていない。

首を宣告された魔術士については動じる様子が無く、半笑いの表情を浮かべながら飲んでいたお酒をテーブルへ置き、深くため息をついた後、宣告された首について勇者に対し上から目線の口調で質問をしてきた。



勇者ガリアン、いま俺を首にすると言ったのか?」



同じテーブルには勇者ガリアン魔術士ゾロアの他に、私を含め5人が座っていた。

残りの美人賢者アメリア強斥侯ふぶきつきである。

勇者はイケメンではないが背が高くアタッカーらしい体格をし、魔術士は王宮とかで内勤をしているような線の細い男で、それなりの顔をしている。

美人賢者と強斥候は、ブチ切れてしまった勇者への対応に戸惑っている様子だ。

勇者はというと、余裕をぶっこいている魔術士の態度に、ブチ切れ度合いが急加速していた。



「その上から目線な態度が気にいらないんだよ!」

「そうカッカするなよ。本当に俺を首にしていいのか聞いているだけじゃないか。」

「しつこいぞ!」



自分より格下の者に余裕をかまされて上から目線の対応をされると、切れないにしても怒りはするだろう。

勇者については少し馬鹿っぽいし、簡単に挑発にのりそうだ。

追放劇がいい感じで盛り上がり始めている中、美人賢者が勇者の視線の先に割り込むように入り、魔術士の首を撤回するように求めてきた。



勇者ガリアン、落ち着いて。魔術士ゾロアはパーティーに必要な人材よ。追放は考え直して。」



美人賢者は魔術士を庇っているようだが、これはパーティー内であるあるの三角関係で間違いない。

何だか、ワクワクしてきたぞ。

私よりは可愛くわないが、一般的には相当な美人な部類に入り、更にダイナマイトバディである美人賢者からの言葉に、勇者はあからさまに不満か表情を浮かべている。



美人賢者アメリア、何でいつも魔術士ゾロアを庇うんだ?」



おいおいおい。そんなことも分からないのかよ。

勇者おまえ、馬鹿だろ。

美人賢者が魔術士を庇う理由は、勇者が男として負けているからだ。

現状ではパーティーリーダーである勇者が人事権を握っており、このままの流れだとクソ生意気な魔術士は首になる。

うむ。その後、美人賢者がどうするのか、見逃せない展開になってきた。

突然始まった追放劇を見守っている酒場の冒険者達も同じ気持ちだろう。

美人賢者が反旗を翻すかたちとなり劣勢になってしまった勇者は、何の前触れもなく私の方へ振り向き、とりあえずみたいな感じで意見を求めてきた。



「三華月。お前はどう思う。魔術士ゾロアはパーティーに必要だと思うか?」



知るか、ぼけ!

邪神に仕える者共を処刑した旅から戻り、今しがた美人賢者にスカウトされた私に、そんな事を聞いてくるのかよ。

はい。聞いてくれて有難うございます。

内輪もめは大歓迎でして、『信仰心』の次に大好物の一つだ。

うむ。私は空気が読める聖女なのだ。

成り行きを見守っている冒険者達が、私から出てくる言葉を待っている雰囲気を感じる。

心配するでない。そち達の考えていることなど、分かっておるぞ。

ここは勇者の期待に応える以外の選択肢は無いところなのだろ。

内輪揉めが加速する言葉を慎重に選びつつ、冷静な口調で勇者へ返事を開始した。



「客観的にみてD級冒険者の魔術士ゾロアは戦力外でいいのではないでしょうか。」



私の言葉に勇者がドヤ顔に変わっていく。

本当に分かりやすい奴だ。

成り行きを見守っている冒険者からのどよめく声が酒場のホール内をこだましている。

ふっ。この面白い内輪揉めに決定打を入れてしまった。

さすが世界最高位に君臨する聖女だ。

帝都について早々に、匠な仕事をさせて頂きました。

異様な空気に包まれる中、美人賢者が勇者の説得を続けてきた。



「三華月様は、魔術士ゾロアの事をまだご存知ないだけよ。」



はい。もちろん分かっていません。

私は自身の欲求を満たすために行動しているだけなのだ。

もっとドロドロのドラマを見せて下さい。

なぜなら、他人の揉め事ほど面白いものはないからだ。

魔術士が再び深いため息をつくと、美人賢者へ援護をしてくれた御礼を告げながら席をゆっくり立ち始めた。



美人賢者アメリア、俺の事をかばってくれて有難うよ。俺はパーティーを抜ける事にするぜ。」



魔術士のその態度からは余裕が感じられる。

潔いというか、元々パーティーを抜けるつもりだったようにも受け取れる。

対象的に勇者はというと、馬鹿っぽく高笑いを始め、その様子を美人賢者は冷たい視線を送り、全く発言をしていない強斥候は固まっていた。

テーブル席から余裕綽々な感じで立ち上がった魔術士へ、勇者が笑いながら言葉を殴りつけてきた。



「消えて無くなれ、負け犬がぁ!」



勇者の叫びに美人賢者の顔が歪んでいく。

この勇者からは、やらかしてくれるにおいがする。

私の討伐対象になる『神託』が降りてくる可能性を感じる。

このパーティーに参加したのは正解だったかもしれない。

動じる様子がない魔術士は、細く微笑みながら勇者へ最後となる言葉を返してきた。



勇者ガリアン一言いいか?」

「なんだ、負け犬!」

「今後、俺を頼って来ても、もう俺はお前を助けないからな。」

「OKだ。俺もお前を助けないぜ。」



パーティーから魔術士が抜けると、その日のうちに美人賢者も後を追うように去ってしまった。





翌日、私を含めた3名で『B級迷宮』の攻略を開始していた。

美人賢者が抜けてしまい、勇者と強斥候は穏やかな様子ではないものの、既に受けていた討伐クエストを取り下げると冒険者ランクに影響するため、予定通り攻略を開始したのだ。

私は冒険者登録をしていないので、ランクこそは無いが、S級相当の実力以上であり、B級迷宮程度など単独で楽に攻略出来る。


ここは迷宮の地下3層。

岩地帯が広がり見通しが悪い空間が広がっていた。

天井を構成している岩石が光を放っているものの、その照度は低く地上世界でいうと日が落ち時の明るさくらいだ。

荒野の岩地が迷宮内にあるといった感じがする。

風は流れ、僅かに湿気ているが、過ごしにくい感覚はない。

この階層に出てくる魔物はC級相当がほとんどであるが、勇者の調子が悪い。

美人賢者が抜けて精神的に荒れているものと理解できるが、それでも駄目過ぎる。

B級冒険者である勇者は街の噂では既に超S級の実力を持っていると聞いていたが、既に戦闘不能な状態になりかけていたのだ。

ここまでの戦闘を見る限り、B級相当の実力にも届いていないように思える。

負傷している勇者には、クエストを続行することは難しい。

勇者と強斥候に万が一のことがあると、それは見殺しにした行為とみなされる。

そう。『同族殺し』は重罪であり、私の信仰心が下がってしまう。

信仰心は私の命よりも遥かに尊いのだ。

やむおえないといった感じで、2人へクエストを断念する提案をすることにした。



「皆さん。今回のクエストは中断することにしましょう。」

「クエスト中断だとぉ、却下だ!」



私からの提案に、強斥候はホッとした表情を浮かべたが、勇者の方は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてきた。

クエストの中断は、勇者あなたのためにするということが分かっていないのかしら。

この勇者がある程度の馬鹿であるのは認識していたが、その態度に腹がたってくる。

信仰心に影響しなければ勇者が死のうが知ったことでは無い。

私の関与しないところで勝手に野垂死んで下さい。

駄目な目で勇者を見ていると、少し怒りを滲ませながら低い口調で回復出来ないことについて責め始めてきた。



「聖女なら俺を回復しろ。何故、聖女のくせにそれが出来ないんだ。」

「アルテミス神の聖女である私は他人の回復は出来ないと、パーティーに加入した時に話したはずです。」

「それでも聖女かよ!何が最高神だ、何が処女神の聖女だ。お前、処女なんだろう?だからガキは使えないんだよ!」 



私に喧嘩をうってくるとはいい度胸をしているじゃないか。

慈愛に満ちているはずの聖女であるが、人よりも遥かに低い位置に設定されている私の沸点を、怒りの棒グラフが一瞬で突き抜けていく。

ここで勇者を半殺しにしてやろうかしら。

勇者は世界に希望を与えるJOBであることを考慮すると、世界へ影響力が出るだろうし、『信仰心』に影響がでる可能性もある。

今回は見逃してやる。

ここで勇者と問答を続けても面倒だし、クエスト攻略はこのまま続けることにするか。



「承知しました。クエスト攻略はこのまま続行するとして、私が前衛に出ますので、勇者と強斥侯は後ろへ下がっていてください。」

「俺が後衛だと。そうだな。いいだろう。だが聖女に俺の代わりが出来るのかな。」

「そうっすね。聖女様の実力を拝見させてもらうっす。」



数年間、世界に点在していたS級相当の異教徒達を圧倒的戦力差で処刑し続けてきた私にとって、B級迷宮くらいならば余裕で攻略出来る。

だが、ここまでは2人に付いてきただけなので、私の実力を知らなくて当たり前だろう。

勇者達を後ろへ下がらせてB級迷宮の攻略を再開することにした。

―――――――運命の弓をスナイパーモードで召喚します。

全長3ⅿ程度の弓が手に現れてきた。

これが、私が大聖女に昇格した時に神から授かった弓であり、満月の下ならば無限大に出力を上げられる神話級の代物だ。

背後では、その召喚された弓を見ていた勇者と強斥候が間抜けな声をあげてきた。



「おいおい。そんな大きな弓を隠し持っていたなんて、お前、マジシャン聖女だったのかよ。」

「見た目だけ言えば、メイド喫茶にいるゴスロリ聖女に見えるっすよ。」



何の話しをしているのかしら。

ちなみ私の姿は、街にいる女の子とたいして変わりなく見えるが、全身には獲得してきた信仰心が刻みこまれており、実際には帝都に数人しかいないS級冒険者よりも遥かに運動能力が高くなっている。

とりあえず、この層にいる雑魚は殲滅させてもらいます。

月の加護が届かないダンジョン内においてでもA級相当の魔物までなら余裕で攻略可能だ。

―――――――私は運命の矢をリロードし、スキル『ロックオン』を発動します。 

あいている手に一撃必殺用の矢が現れると、やや腰を沈めて矢をゆっくりと引き絞り始めながら、前方に約1000m程度離れている魔物へ照準を定めた。

魔物の心臓部には『ロックオン』の効果により魔法陣が刻まれていたが、もちろん魔物は1000m離れた位置から狙われている事実に気がついていない。

ここから狙い撃たせてもらいます。

ギリギリと弓を引き絞っていく。

臨界点に達した弓のエネルギーを解放させた。

————————SHOOT


音速を超える速度で放たれた矢が、1000m先にいる魔物の心臓部に刻まれた魔法陣を正確に貫いた。

勇者は当然何が起こったか理解していないようであるが、強斥候についてはその状況に驚嘆している。



「可愛い聖女さんよ。適当に撃っても魔物に矢は当たらないぜ。」

「いやいや。それが偶然とはいえ、1000m先にいる魔物に矢がHITしちゃっているんすよ。メイド喫茶にいそうな女の子なのに、この聖女さん、なかなか出来るかもしれないっすよ。」



強斥候は、『ロックオン』が発動されていた事実を知らなないため、矢が偶然ヒットしたと思っているようだ。

うんこ勇者については上から目線の言葉遣いがムカツクものの、信仰心に影響がでる範囲ではない。

気にするほどのこともないだろう。

この後、私を先頭に隊列を組み、B級ダンジョンの攻略を終わらせた。

何げに強斥候については、戦闘力は皆無であるが、遊撃等の戦術は理解出来ており、戦闘においてもそれなりに役に立っていた。

超S級冒険者に匹敵するという勇者の方はというと、やはりB級相当、もしくは少し届いていないくらいの実力だろう。

その勇者は「畜生、畜生。」と迷走していた。




まだ太陽の陽が完全に落ちきっていない夕方。

昨日、魔術士の追放劇を繰り広げた400席ある酒場は、既にテーブルの8割近くが冒険者で埋まっていた。

これから夜をむかえる時間帯にもかかわらず、店内には酒の匂いが蔓延し、ボルテージが上がり始めている。

テーブルの向かいに座っている強斥候と、教会で傷を治したばかりの勇者は、運ばれてきたお酒をグイグイと飲んでいた。

私については、スキル『自己再生』の効果によりお酒に酔うことは出来ない。

加えて食事を摂取する必要もなく、脳に必要は糖分を摂取するためにテーブルの上に置かれているデザートにフォークを入れながら、抱えていた疑問をボソリと聞こえる声で呟いた。



「勇者ガリアンの調子が上がりませんね。」

「その事なんすけど。勇者の調子が上がらないのでは無く、魔物の方が強くなったように感じるんすよ。」



私の言葉に間をあけることなく、強斥候が恐る恐る答えてきた。

何か心当たりがあったようで、口にする機会を伺っていたようだ。

全身を黒装束に身を包み、小柄でな男である。

童顔な容姿はイケメンの部類ではない。腰にさしている2本の短剣は護身用のもので、細かい作業にも使える汎用性の高いものだ。

さて強斥候からの言葉であるが、私の評価とは異なる。

ダンジョンに出てきた魔物は、適当に弱いものであり、強くなっているようには感じられなかった。

強斥候が嘘を言っているようにも思えないし、会話を聞いていた勇者が黙っている様子を見ると、同じように私の知らない何か心当たりがあるようだ。

強斥候は緊張した面持ちで話しを続けてきた。



「三華月様。魔術士ゾロアさんは『デバフ』の使い手だったんです。僕はそのデバフ効果が魔物へ結構効いていたかもしれないように思えるんですよ。」



常識的に考えると、D級冒険者の魔術士が行うデバフの効果では、それほど戦闘に影響は無い。

だが、もし強斥候の感覚が正しく、B級マイナスの勇者が超S級の無双を出来るほど、魔術士がデバフをしていたならば、全ての話しが整合してくる。

その仮説が正しいならば、B級マイナスの勇者がC級相当の魔物を相手に無双するためには、能力を80%以上ダウンさせるデバフ効果が必要になってくるだろう。

該当するスキルは、S級の『アビスカーズ』であり、私でもお目にかかったことがない代物だ。

ぼんやりと物事を考えていると、強斥候と勇者から熱い視線を送られていることに気が付いた。

美少女である私にうっとりしているようだ。

はぁ、やれやれ。なんて罪づくりな聖女なのでしょうか。

というか、お前達は無条件に拒否だ。

美人賢者がいなくなったからといって、近くにいる美少女に手を出そうとするのは駄目だろ。

男という生き物は、ほんとうに屑なんだな。

告白されたら無条件に拒否しようと考えていると、強斥候から斜め45度を行く言葉が出てきた。



「三華月様。魔術士ゾロアさんについて、何か気が付いたことがあるのなら、教えてもらえないでしょうか。」



美少女だから私を見つめていたのではなかったのか。

危うく告白を断る返事をして、おかしな空気にするところだったぜ。

お前達。胸のサイズが大きい美人賢者の方がそんなにいいのかよ。

この世の中はおっぱい星人で溢れているという都市伝説は本当なのかもしれないな。

まぁその件は置いといて話しを進めることにしよう。



「D級冒険者の魔術士が、ステータス80%ダウンの効果であるS級スキル『アビスカーズ』の使い手だったとしたら、話しが整合するかもしれませんね。」

「ステータス80%ダウンだと!無い、無い。魔術士ゾロアがS級スキルの使い手なわけが無いぜ。」

「三華月様が言っていることは、結構当たっているかもしれないっす。S級相当の魔物を討伐した際、討伐した者にその器と適正があれば、稀に討伐した魔物が持っているスキルを獲得する事があるって言うじゃないですか。」



スキルを獲得するには、その者の資質が大きく左右する。

望んだスキルを取得できないこともよくある話しだ。

だが、S級スキルを獲得するには資質だけでなく、特定の条件を満たすか、S級相当の魔物を倒さなければならない。

多くのS級スキルを獲得している私の場合は、特定の条件の方に該当し、信仰心が上がり月の加護を受けた結果である。

一般の者がS級スキルを獲得する場合は、S級相当の魔物を狩らなければならないが、黒装束の男にはその心当たりがあるようだ。

そして、強斥候との会話を苦々しい面持ちをしながら聞いている勇者の方も、見当がついている様子に見える。

押し黙ってしまった2人へ、探るような感じで言葉をかけてみた。



強斥候ふぶきつきが言うように、S級相当のダンジョンマスターを倒した時、適正とその器がある場合、D級冒険者でもS級スキルを獲得出来ます。魔術士ゾロアはS級相当の魔物を倒したことがあるのでしょうか。」

「細かいことは分かりませんが、魔術士ゾロアさんは1年前まで帝国最強ギルドと言われている麒麟にいたと聞いたことがあります。そこでS級相当の魔物を狩ったパーティーに入っていたかもしれないっす。」

魔術士ゾロアがS級スキルの使い手なんて絶対に無いはずだ。」



全力で否定してくる勇者の口調からは動揺が感じられる。

強斥候の方は、何か確信を得ているような表情だ。

だが、真実にまでは辿りつくことが出来ない。

話しをしていて感じたことだが、勇者と強斥候は、魔術士についてあまり知らないようだ。

ホール内に陽気な声がこだまする中、私達が座っているテーブル席だけが、空間から切り離されたように静かな空気が流れていた。



「話しを聞いていると、勇者ガリアン強斥候ふぶきつきは、魔術士ゾロアのことをよく知らないようですね。」

「そうです。魔術士ゾロアさんがパーティーに加わってきたのは3カ月前です。自分のことを話したがらなかったため、三華月様の指摘とおり僕達は魔術士ゾロアさんのことをあまり知らないのです。」

「そうなると、魔術士は、帝都最強ギルドの麒麟へ在籍していた時に、S級相当の魔物を狩った際に運良くアビスカーズを獲得していたと考えてよいかもしれないということですか。」

「そうだとしたら疑問な点もあるんですよ。魔術士ゾロアさんがパーティーに加わった時なんですけど、それほどデバフ効果があるようには思えなかったんす。」

「とはいうものの、魔術士ゾロアがパーティーに加わってきたこの3カ月間で、大きな成果をあげてきたのでしょ。」



私の質問に強斥候は頷き、勇者は肯定も否定もしなかった。

魔術士はパーティーに加わってから少しずつデバフ効果を強めていたのだろう。

そうでなければ、話しが整合しない。

今更であるが、昨日、勇者が魔術士へ首を宣告したのは誘導されているようにも見受けられた。

うんこ勇者が、聞いていた会話を受け入れられない感じで、目を見開きボソリと呟いた。



「違う。俺が強くなったんだ。」

魔術士ゾロアが首を言い渡された時、とても偉そうにしていましたが、きっと勇者を見下していたのでしょう。」

「俺は認めないぞ!」


『ボコ』


「俺を殴るんじゃない!」


『ボコボコ』



勇者が気絶をした。

やはりこの勇者は弱い。

賑わう酒場の床に勇者が大の字になり、周りのテーブルに座っている者達が、楽しそうにその様子を眺めながらお酒を飲んでいる。

そして、酒場内にある掲示板に張り出されたばかりの情報を見た酔っ払い達が何やら盛り上がり始めていた。

―――――――魔術士が、B級迷宮を楽々と攻略した情報が張り出されたのだ。

魔術士がD級冒険者相当の実力だった場合、美人賢者の2名だけでは、B級迷宮の攻略は普通に考えて不可能だ。

いち早く情報を獲得していた強斥候が掲示板に書かれていた内容を話し始めた。



魔術士ゾロアさんと美人賢者アメリアさんの他に、2名の奴隷を加えた4名でB級ダンジョンを攻略したそうです。」



2名の奴隷とは、猫耳族の剣士と、人狼族の少女だそうだ。

奴隷2人の実力は不明だが、B級以上とは考えにくい。

その4人でB級ダンジョンを攻略することは、不可能と考えていいだろう。

だが、魔術士がS級スキルの使い手だったならば、話しは別となる。



魔術士ゾロアは、S級スキル、『アビスカーズ』の使い手で決まりと考えていいでしょう。」

「ちょっと待って下さい。腑に落ちない点があるのですが、魔術士ゾロアさんは自分が『アビスカーズ』の使い手である事を、どうして僕達に黙っていたのでしょうか?」



強斥候は魔術士がこの勇者パーティーに加わった理由が分からないのか。

それは美人賢者を手に入れるために決まっているだろ。

魔術士は黒、真っ黒だ。

私も踏み台にされた感じがして、ムカつくしな。

パーティーの要は魔術士だったということか。

勇者からボソリと呟く声が聞こえてきた。



「俺は認めない。」



もう気絶から復活してきたのか。

結構強めに殴ったのに、なかなかの回復力だな。

さすが勇者といったところかしら。

これは勇者の無駄遣いだといえるだろう。

その時、私は良案を閃いてしまった。

使えない勇者が出来る事だ。



勇者ガリアンには魔術士ゾロアにパーティーに戻ってきてもらうようにお願いをしてもらいましょう。」

「俺は認めない!」

「勇者は魔術師に土下座をして下さい。」

「断る!」


『ボコボコボコボコ』



勇者が気絶した。

役立たずの勇者のくせに生意気だ。

そして私は、追放した魔術士に勇者が土下座をする姿が見てみたい。

うん。きっと、魔術士も私と同じ考えのはずだ。




翌日の夕方。

勇者と一緒に、魔術士が暮らしている家へ向かっていた。

私の目的は勇者の土下座を見ることだ。

勇者は美人賢者に未練があり、魔術士邸へ一緒の行くことに同意したのだ。

強斥侯が調べてきた住所に、魔術士の住んでいる屋敷はあった。

帝都の外れとはいえ、大きなその屋敷は間口が広い2階建ての大邸宅で、D級冒険者が住むような建物ではない。

隣にいる勇者も目を丸くしている。


空の太陽は沈もうとしており、東の空は少し藍色に成りかけていた。

帝都のはずれに位置している事もあり、人の姿はほとんどなく、隣の家までは100ⅿ以上離れており、木や草が自由に育っている。

夏の虫の声が聞こえ、帝都でありながら田舎暮らしが味わえる地区だ。

魔術士が暮らす屋敷の扉をノックすると、家の中から美人賢者が出てきた。

勇者の挨拶が「よう、久しぶりだな。」とたどたどしく、顔もこわばり、かなり緊張をしているようだ。

私に対する態度と明らかに違うぞ。

確かに美人賢者はナイスバディであるが、私の方が可愛いはずなのだが。

性格で美人賢者を選んでいるとしたら納得するが、見た目より性格がいい女がもてるって、それは空想世界の出来事だろ。


美人賢者の話しによると、魔術士は不在であり、現在は猫族の剣士とB級ダンジョンを攻略中だそうだ。

戻ってくる時間は分からないらしい。

勇者の土下座を見るのはまた今度になりそうだ。

それはそうと、美人賢者がとてもやつれているように見える。

悩み事でもあるのでしょうか。

―――――――――その時、前触れもなく、スキル『真眼』が発動した。


『真眼』とは、世界の記憶『アーカイブ』を所有している者のみが獲得できるスキルで、効果を限界まで引き上げることが出来れば『神眼』に進化する代物だ。

この私をもってしても、満月の夜、月の加護を得なければ使いこなすことが出来ないスキルであり、普段は危険に陥ろうとした時に勝手に発動するのであるが…。

私に危険が迫っている状況ではないはずだ。

その『真眼』が、『美人賢者がめちゃくちゃエッチをしている』ことを教えてくれた。

若い者同士が同じ家に住んでしまうと、歯止めが効かなくなるのだろう。

そんな情報には、全く興味がない。

どうでもいい事を教えてきたこの超S級スキルって、ゴミ過ぎるだろ。

そうは言うものの、美人賢者がやつれている原因が分かって安心したのも事実である。

――――――――――――その時である。絶妙なタイミングで、勇者が胸に突き刺さってくる言葉を口にしてきた。



「アメリア。やつれているように見えるけど、大丈夫なのか?」



うんこのくせに勇者が私へ、クリティカルヒットを叩き出してきた。

これ以上ないくらいの衝撃だ。

タイミングが良すぎるだろ。

安心して下さい。

やつれているのは、エッチのし過ぎだからです。

美人賢者に対して、顔を真っ赤にしている勇者の姿が更に面白くしてくれていた。

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