ばらがき辰の祓い道
白妙 スイ@書籍&電子書籍発刊!
異世界転移は波乱の幕開け
月明かりでうっすら明るい町の中。
私は必死で走っていた。
はぁはぁと弾む息、長い髪が背中でぱたぱた跳ねる。
土の上はいつものヒールの靴では走りにくいけれど、走らなければいけない。
なにしろうしろからは、日本刀をかざした男が追いかけてきているのだから。
「この……っ、大人しくっ、しやがれっ!」
野太い声がする。走っているので息が上がって余計に恐ろしい声だ。
大人しくなどするはずがない。
私は必死に駆ける。
けれど不意にかつっとヒールが石に当たってしまった。
「きゃ……!」
走っていて勢いがついたために、私は勢いよくふらついて……。
ズシャッ!
土の地面に倒れ込んでいた。
男は勝ち誇ったような顔をしただろう。
なんとか上半身を持ち上げた。振り返った。
せめて這ってでも避けようと思って。
だがそんな甘い考えは吹っ飛んだ。
私の目が見開かれる。
男がザッ、と日本刀を振り上げるのが見える。
月の光が反射して、ぎらっと恐ろしく光った。
斬られる……!
私は目を見開いた。
眩しい光が日本刀の向こう側に、パァッと弾けたのだから。
倒れ込んだときに見えた橙色の光は、夜空を明るく焼くようだった。
「ぐぁぁーっ!?」
恐ろしい悲鳴を上げて、ガシャッと重いものが落ちる音がした。
パッと飛び散った赤は、血液。
まるでスローモーションのように、夜空に弾けるのが見えた。
けれど私のものじゃ、ない。
ぼたぼたと目の前に、さっき飛び散ったのと同じ血液が滴って、私はヒッと声を洩らした。
「よぉ、あんちゃんよ。丸腰の女を試し斬りたぁ、いい趣味してんね」
からん、ころん、と下駄の音。
固まった意識と体で、なんとかそちらを見る。
血と刀と、呻き声。
この場にそぐわない、のんびりとした声を発した人物を。
すらりと長身の彼は、まるで荷物でも担いでいるように、肩に刀の背をぽんぽんと跳ねさせて、笑顔で私の目の前にうずくまっていた男を蹴り倒した。
倒れ込んだ男はだらだら血を流していたけれど、その血の中から黒いものがぬるりと抜け出すようにうごめいた。
けれど私が震えるより先に、すぅ、と霧のように四散して見えなくなったのだった。
ついさっき。
私が突然、道の向こうからやってきた男に刀を振りかぶられ、襲い掛かられたより、少し前。
私は気付いたとき、この奇妙な町の中に居た。
映画のセットの中のよう。
例えば映画村とか。そういう場所で見られる、端的に言ってしまえば『昔の日本の町』といった様子だ。
しばし呆然とあたりの光景を眺めていた。
時間は夜らしくて真っ暗だった。
ただ、空には月と星がはっきり見えた。遮る建物がないうえに空気が澄んでいるからだろう。
そう、遮る建物がないのである。
さっきまで私は東京、ビルのそびえ立つ都内のど真ん中にある大学の建物にいたはずなのに。
なのに気付いたら映画村。
どう見ても昔の日本、といった雰囲気であった。
木造平屋が立ち並び、引き戸があって、のれんがかかっている、という具合である。
大江戸温泉とか。
東映太秦映画村とか。
私は詳しくないけれど、そういうイメージだ。
だがそれはおかしすぎるのだ。
だって私は、映画村ではなく、都内のど真ん中にいたのだ。
だがそこにある大学の建物、五階建ての、なかなか高いその屋上から落ちたのだ。
ただ、落ちたことは覚えていれども、どうして落ちたのかは思い出せない。
自分で跳び下りたのか……誰かに突き落とされでもしたのか……わからない。
とにかく落っこちて、意識が薄らいで。
気が付いたら、ここ、映画村の地面に倒れていたのである。
むくりと起き上がった私は首をひねった。
これは夢かしら、なんて思いながら。
ただし、ぼうっとできていられたのはほんの数分であった。
ざくざくと土を踏む音がして、道の向こうから一人の男がやってきて……私を見つけ、にやりと嫌な笑みを浮かべ、そしてぎらりと刀を抜いてこちらへ襲ってこられるまで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます