第453話 1000年前の話を聞いた
「まずはじめに……七つの大罪、と言うものを知っているかね?」
唐突に、よく耳にするワードが飛び出してきた。
同時に集合知から情報が引っ張り出されて、日本で言われているソレと相違ないことが分かる。
「ええ。傲慢、強欲、憤怒、嫉妬、暴食、色欲、それに怠惰ですよね」
これ地球の文化じゃないかとの疑問が沸くが、考えても答えは出ないし、天啓は教えてくれないだろう。
「うむ。ではそれと対となる正しき行い、正道、正義、あるいは徳の有る行為、そう言ったものは何だと思うね?」
「正しき行いですか?……なんだろう、慈愛とか、公平とかですかね?」
七つ有るかと言うと明言しづらい。努力、友情、勝利では無い事は間違いないだろう。
「七つの美徳と言う物があるそうじゃ。知恵、勇気、節制、正義、信仰、希望、愛。または傲慢と対となる寛容や、強欲と分別、怠惰と勤勉など、言いようはいくらでもある」
理解できる反面、微妙に納得が行かない物もちらほら見える。正義……正義ねぇ。信仰も怪しいが、希望はそもそも美徳か?
「これらは誤りと言いづらいが……真に正しく言うならば、対となるような正しき行いなんぞない」
「なにそれ。トンチか何か?」
「ほほ、タリア嬢ちゃんは手厳しいの。じゃが、よく考えてみるが良い。正しさ、などと言う物は時と場合、人によって変わる。人を守るための力は、人を虐げる暴力となり、命を救う為の施しは、怠惰を産む糧となる。個としての正しさと、集団としての正しさが違うように、決まった正しさなんぞ存在しない」
「それを言うなら罪もそうじゃないですか。程度の問題であって、絶対的な罪なんて存在しないでしょう」
明確に神が存在するにも関わらず、邪教徒の様な背信行為も、神が罰する罪には成っていない。NG行為は幾つか存在するが、それを犯したものを裁けと言っているわけではない。
状況によっては殺人すら許容される。集合知に重罪人の情報が含まれるのも神の都合だ。以前、なぜ重罪人から職やスキルを奪わないか天啓に問いかけた事がある。答えはと言えば、魔王や魔物の討伐に悪影響を及ぼす人類を指定しているが、それが偶々人類が罪だと考える行いに類似しているだけとの事。この世界の神は、本質的には人を裁かない。
「うむ。じゃが、それを理解するのに人類は多くの時間を費やした。むろん、儂もじゃ。そして魔王は、それが分からなかったから生まれたらしい」
長老は語る。それは魔王が現れたと言われている1000年前より、さらに昔の話になるらしい。
「当時、世界は荒れておった。飢餓、疫病、そして人類同士で繰り返される戦争。村が、街が、国が生まれては消える時代が長く続いたと聞いておる」
地球の文明でいうなら、古代から前期中世のどこかに当たる時代だろうか。
当時は魔力や魔術の認識は薄く、効果の安定しなかったそれを外法として扱う国もあったらしい。
迷宮に挑むのは一攫千金を求めた荒くれ達や一部の好事家によって集められた死兵であったが、中間点に置かれた碑文に刻まれた知識は人類に繁栄をもたらした。その中には魔力に関する記述もあったが、より容易く扱える農耕、鍛冶、気象、地理に関する情報の方が融資され、余り研究は進んで居なかったらしい。
それでも少ないモノ好きや、運よく魔力操作や感知の才能に恵まれた者が試練を突破して
昔の迷宮は今ほど難易度が高くなく、試練も同様。そして
「神の教えは、神へと至れ、と言う物だった。ここにたどり着き、そして残ることを決めた者の多くは、その教えを目指した。しかしの、それでは満足しない者も、確かに居たのじゃ」
現在でもそうである様に、
「ここで術を学び、修業として旅するような時代も長かったそうじゃ。そもそも、迷宮の側に十分な大きさの集落が出来るようになったのは、魔王が生まれた後の話じゃからな」
そうして迷宮から出た者が、新たな住人を連れてくることも多かったらしい。
現在も根無し草として各地を転々としているらしい、
「じゃがの、外は今よりずっと荒れた世界じゃった。
「……想像に難くありませんね」
「じゃが、ここの話は外では語れぬ。また、多くの術は長い修行の下に身に付く物であって、外で教えても使える者などほとんどいなかった」
それはそうだろう。俺達だって、魔力の感知や操作はレベルアップでスキルが生えたから出来るのだ。
唯一、その影響を受ける前に
当時に、今と同じ知見があったとは思えない。
「そして我々は、目の届く所の人々を救うだけの数も居なかった。儂がエルダーになった当時ですら、使える術は今よりずっと少なく、また、神に至る為の術に特化して居ったのでの」
今の回復魔術などはエルダーの身でも再現が難しく、火を起こすだとか、風を起こすだとか、運動に働きかけるような単純な術では、出来ることは限られていたらしい。
「されど、諦めぬものも居た。何せ長寿を得た者たちじゃから、時間切れを気にする事も無かった。そして、弱者を助け、人々を苦しみから救う事は良い行いだと考えていた。神も、民が増えればここにたどり着く者も増え、同胞も増えると思っておったそうじゃ」
「不老長寿の悪影響ですか」
「うむ。そしてその者たちは考えた。人々の苦しみの原因はなんであるか。……至った結論は”飢え”じゃったらしい」
「基本よね。ご飯が食べられなきゃ人は死ぬもの」
「そうじゃの。だが、飢えを解消するには、食料を増やす必要があったが、当時の者たちには難しい問題でもあった。農耕の知恵は有ったが、それは人類すべてを飢えから救うような物では無かったし、天候によって発生する飢餓には対処できぬ。そしてそれは局地的に起こる。ある国では食料が余っている時に、遠く離れた国では飢餓が起こる。我々はそれを知ることが出来るが、地上のものはそうでは無い。むろん知っていたとして、食料を運ぶすべも無い」
食料の不均衡は現代の地球でも起こっている。日本は飽食だったが、発展途上国では今も飢餓が発生し、餓死者が出ている、
「ならば、まず必要とする者の下に、必要とする物が届くようにすればよいと考えた」
「……途端にどこかで聞いた事のある話が始まった気がするのは、私の気の所為かしら?」
「まず、長期に術式維持するため自己再構成する術式は、当時すでにあった。これは神の意思を維持するための、根幹の様な循環術式じゃ。次に必要とする人の心を読む術、これも存在した。肉体を持たぬ神が意思の疎通をするのに必須な術じゃ。これらを広い域に施せば、人々の求めている者は分かるようになる」
「問題になったのは、保存と移動。食料を保存する場合、冷やせばよい事は分かっておったが、これは実現が難しかった。冷やすし続けるには大きな物理的熱量が必要じゃった。そこで、食料は亜空に格納することにした。人の身から神に至る際、その肉体は亜空へと保管され、動かぬ時の中で分解されていく。分解の術式を止めることで、腐敗を防ぐ事が出来るようになる」
「そして最後に運搬。空間を跳躍するような術は難しかったが、運動エネルギーを与えるだけなら容易かった。この術を各地に施し、飢える者に食料が施されるようにした結果……争いが起きたらしい」
「逆効果じゃないですか」
「うむ。前例があればわかるが……ほとんどの場合、その術は誰かが作った物を掠め取る術じゃったからの。奪われる者はたまった物ではない」
「……
「儂らもまだ神ではないからの。そして魔術の専門家であって、
ベーシックインカムかな? 争いが収まらなかった理由は、狩猟・採取を生業としていた人々の収入が減ったのが原因らしい。
「そこで、供給される物を食料品に限らず増やした。食料品なら食べて終わりじゃが、食べられない物なら、売って経済が動く。それから高価なものほど入手を難しくなるよう術を変えた。当時は生き物を模して、追いかけっこの様な事をしたらしい。そして大きな価値を持つ物を得るためには、それを捕まえる必要があった」
「魔物ではないのですか?」
「原形ではあろう。……そしてその結果、また争いが起こった」
「なんでよ」
「地域によって得られるものが違うからの。それで貧富の差が生まれた。また、自国の資源、鉱石や宝石などが、勝手に歩いて他国に流出するのを認められなかった国もある。今まで鉱山を掘って居れば得られた鉱石が、勝手に逃げ回るようになったのじゃ。そこで働いていた人々にとってはいい迷惑じゃったろう」
「さもありなん」
概ね流れは理解した。そろそろ魔物が現れるかな?
「ここまでやって……当時の者たちは……投げた。らしいじゃが」
「おおっと!?」
「人の身で有りながら、人を救うなどおこがましい、とか、あれは儂らには救えぬ者じゃ、とか、色々と言い訳の言葉は残っておるがの。救済は諦めて、ほとんどの者は神の道に進んだのじゃ」
「やるだけやって失敗して丸投げって」
「仕方なかろう。人々を思い通りに動かす事などできぬし、やってみた結果、うまく行かぬとか、思った以上に酷いことに成ったとか、いくらでもある話じゃ。うまく行かなかったのは結果論でしかない。それに、命だけ見れば救われた者の方が多い」
地球の神話でもそうだけど、神様って結構やらかす。それが人から発生した者なら尚のことなのだろうか。
「この教訓を先人たちは大罪に例えた。人とは一線を画する力で、人を救おうとしたのは、それが良いことであったとして傲慢であったと。そして人々の強欲や嫉妬、怠惰を見抜けなかったと。ここまでが、先人達が直接見た話を聞いた内容になる」
「……魔王、出て来なくない?」
「魔物っぽい物の話が出たけど、まだ追っかけっこ状態なのかな」
「うむ。ここからが推測じゃ。この救済モドキは、魔王登場の前、およそ数十年に行われた。そしてほとんどの進人類が諦めた後……すなわち、諦めずここ来なかった者たちが行方知れずになってから、同じく数十年の時を経て……魔王が蜂起した」
「魔王蜂起の声明で、魔王は自らが世界を支配すると宣言した。争いが絶えず、飢えが無くならぬのは、人々が愚かであるからだと。そして各地に魔物が生まれるようになった。それはかつて、先人たちが生み出した、飢えを無くすための術を乗っ取った物で……されどより深く、世界に刻まれておった。当時の先人達でも解除できぬほどにの」
「……?……それ、やったの誰なんですか?」
ちょっとだけ、言い回しが引っかかった。
もし、諦めなかったのが
「それが分からぬのじゃよ。ここに来なかった者、その者たちは試練に挑んでおらぬ。当時、地上に出ていた者たちがその場で弟子を取り、羽ばたいていった者のうちの誰か、と言われておる。魔物の様に、魔力で仮初の姿や能力を与える術を、当時の先人たちは持たなかった……地上で独自に生み出された物じゃ」
「……ベースとなる刻印は、今は神になった先人が作った。それを地上の弟子の誰かが悪用して魔王になったから、ベースには魔導刻印のような技術があるけど、詳細は分からない、……と」
「残念ながらの。神は人類にかかわるには制約がある。ルールは後だし出来ぬらしい。儂らは先の教訓を得て、むやみに地上の人類に力を貸すのを禁じたわけじゃ。今でも地上で活動をしているのは、ハーフリング達の商隊くらいじゃな」
「魔王も、我々の技術が使われているとは言え、人の争いじゃ。神も直接介入するつもりは無かったらしい……魔王の掛けた、呪いともいえる術式が世界中に広がり、神界の魔素循環に悪影響を及ぼし始めるまでは……の」
「ん……気になる事言いましたね?」
「神々が魔王を倒したいのは、肉体を持たぬ神々の命を繋ぐのに必要な魔素が枯渇する可能性があるからじゃ。魔物は地上で魔素を固着させて肉体を得ている。その数が増えれば増えるほど、神界にある魔素のリソースが減っていくらしい。そしてそれは創造神にも悪影響を与えると、そう聞いておる」
……なるほど。魔王は人類の危機というより、神々の危機なのか。だけど神々は直接人類に干渉する事をほとんど禁じていて、どうにかする事が出来ないと。
「最後に少し神々の都合の話も入ったが、儂が魔王誕生について知っている事はこれぐらいじゃな。他の者もそうは変わらぬハズじゃ」
「……ありがとうございました」
エルダーを始めとした
そして魔王が人類なら、大なり小なりはあれ、自らの研鑽で力を得た者と言うことに成る。結局、人の事は人で何とかしろ、と言う事か。
……俺がイレギュラーだなぁ。
期せずして改めて、この世界のルールから外れているの自分であると認識する会合に成ってしまった。
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