第418話 ボガードの能力

「おっと、動かない方が良いよ」


倒れ伏したゴールドスタイン卿の傍らで、ボガードはこちらに向けてそうのたまった。


「HPが無くなって虫の息だけど、ダニーはまだ生きてる。オイラとしたら首を撥ねるくらいは余裕だけどね。せっかくの4次職だし、どうせなら殺さずに捕らえたいじゃない?君らだって、死ぬ前に助けたいでしょう?」


……よく言うぜ。

既に観客だった周りの魔物が俺達を囲うように動き出している。殿下の所に向かうようなら待つ選択肢はないが、ゴールドスタイン卿を見捨てるのも流石に心苦しい。


「にらみ合う理由はないと思うが?」


「オイラにとってはそうでも無いよ。さすがにダメージを受けすぎたからね。ちょっと回復させてもらいたいな。ああ、キミたちにとっては何のメリットも無いだろうから、代わりに質問にくらいは答えてあげるよ?どうしてオイラが勝ったのかくらいは知りたいだろう?」


……面倒な奴だ。

闇払いの効果が続いている所為で、影渡しシャドウ・デリヴァーでゴールドスタイン卿を回収する事が出来ない。その上スキルの発動より、あいつが何かする方が明らかに早いだろう。死んでいれば屍体操作コープス・マニュピレイトで操れたが、生きている内はそれも構わないし、即戦力にする為に殺すわけにも行かない。


しかしなんで卿が負けたか知りたいのは事実。


「どうやって避けた?」


「……ふぅん。避けたって思うんだ」


空間断ディバイディング裂斬・ユニバースは完全に発動していて、上級は元より、伝説級の対魔魔術でも打ち消すのは不可能なハズ。あのスキルは防御もおそらく不可能。神話級スキルなら何とかなるかも知れないが、特化してもそれが使えるなら100万G級ミリオンズだ。


考えられる方法としては回避したと考えるのが妥当。しかしながらそれだと問題がある。


高速移動スキルはただでさえコストが重い。

こいつの高速移動スキルは影渡りシャドウ・トリップ、もしくは影渡しシャドウ・デリヴァーと、殿下の前で見せていた縮地。そこに合わせて空中から移動できる縮天を持っているとは思えない。アーニャが使う自在飛翔の方が魔物的にコストが低いはずだが、それでもリソース的に考えづらいし、何より自在飛翔ではよけきれないだろう。


「魔物の生態についてもそれなりに詳しいんでね。能力が上がる程“価値”に対するリソース占有量が上がる群棲に、縮地と影渡しシャドウ・デリヴァー?これだけ倒しづらいお前が、アレを防げる防御スキルや退魔スキルを持っているとは思えない。魔物は人類に倒せない能力は得られない。これは絶対だ。そのルールから逸脱しない範疇なら、避けたが一番現実的だ」


そう言うとボガードは嫌そうに顔をしかめた。


「いやいや……キミ、何者?いくら何でも詳しすぎでしょ。『リソース』とか群棲の特性とかどっから知ったの?魔物に協力者がいる?ダニーだけ攫って逃げてもいいかと思ったけど、ちょっとそうも行かなくなるじゃん」


「おっと、こっちが質問する側だぜ?」


「……ちっ、与太話をするくらいなら見捨ててもって顔してるね。それが一番おいしくないか。いいよ、教えてあげる。使ったのは交換転送エクスチェンジだよ。目の前のデコイが消えたのに気づかなかった?」


最初に話しかけてきたこいつの分体は、空間断ディバイディング裂斬・ユニバースが放たれた後、いつの間にか消えていた。短い間がスキルの影響で探査スキルはぐちゃぐちゃ、視界も封じられ、余波で消えたと思っていたが……。


「3つ目の高速移動スキル?それもリソース不足だろ」


「キミ、やな奴だね。オイラが影に潜むのは別のスキルだよ。縮地と交換転送エクスチェンジ、人類で言うなら3次職相当のラインナップさ。これでつじつまが合うだろう?」


……影に潜むのが別のスキル?

思い当たる情報は……あるな。人類には使えないスキルだが。


影歩きシャドウ・ウォーク、もしくは影潜りシャドウ・ダイブか?」


「……ああ、マジで面倒くさいね、キミ。そんなに殺し合いたい?」


魔物側の呼び名が人類側に名前まで知られているとは思っていなかったのだろう。

恐らくは邪教徒の知識だが、挑発しておくに限る。


「死にたい?とか聞かないとはずいぶん弱気だな」


「結構な価値だった子たちをほとんど無傷で倒されて、ドロップ品も回収できない。この回収妨害って何のスキルだっけ?なんにしても、ダニーを倒したから楽勝って感じじゃ無いくらいは理解したよ。……街の方も押されてるようだしねぇ」


先ほどまでの戦闘で倒された魔物のドロップ品は、アーニャのスキルである独り占めドロップイズ・マインの効果によって魔物が開封できない宝箱アイテムボックス化している。もし人類を核とした魔物が居ても、顕現した人を巻き込まなくて済む。


『ワタルさん!闇払いがもうすぐ切れます!』


『……殿下、ありがとうございます。皆、動きに出さない様に準備を』


「オイラも本気で行かなきゃね。まぁ、そっちもみたいだけど。これだけ囲まれて、4人で、一件不利に見える状況なのに、隠し切れない殺意があふれてるよ?」


「ああ、そうだな。俺はお前にうらみは無いが、人類の記憶はお前を殺せとうるさく叫んでるよ」


ネームドと相対するとダメだな。どうしても集合知に刻まれた憎悪に引っ張られる。

ダンジョンの悪霊王ワイトキング辺りだとそんな事は無いんだけど、あいつは生まれて間もないし、俺達にやられてばかりなのが大きいのだろう。


『後30秒ほどで切れるそうです!』


『アリッサさん、早めに切れて良いのでタイミングのカウントを!』


『……は、はい。……18、17……』


仕掛けるのはアリッサさんの集中力が切れて、闇払いが解けた瞬間。

影渡しシャドウ・デリヴァーでゴールドスタイン卿を殿下たちの元へ転送。それと同時に3人がボガードに攻撃を仕掛ける。

ボガードはゴールドスタイン卿にとどめを刺すことにメリットがない。つまり、卿を奪われない様に影渡しシャドウ・デリヴァーを妨害するか、3人分の攻撃を防御するかの2択しか取れない。防御せずにダメージを受ければ、今のボガードには致命傷に近い。


『13、12、11……』


「質問させて時間を稼ぐつもりが、こっちが聞きたい事が増えちゃったよ。ただでさえ普段しないタイマンの後だってのにさ。働きすぎだと思わない?」


「お前らの労働環境なんか知るかよ」


にらみ合ったまま、じりじりとカウントが減っていく。

向こうもこのままにらみ合いですむとは思っていないだろう。後はタイミングしだい。


「どうせだったらついでに教えてくれ」


『5……4……』


「待ち構えていた割には魔物の数も戦力も少ない様だけど、ほかの奴らはどうs……」


『1……切れます!』


その瞬間、全員が同時に動き出した。


影渡しシャドウ・デリヴァー!」「十字飛斬クロス・カッター!」「横一文字!」「対抗呪文カウンタースペル!」


俺の影渡しシャドウ・デリヴァーがゴールドスタイン卿を取り込み、アーニャの放った十字飛斬クロス・カッターとコゴロウの放った横一文字がボガードを滅するために飛び、バーバラさんの対抗呪文カウンタースペルが相手のスキルを封じる。

それは最善の布陣に思えたが……。


ゴールドスタイン卿が影に沈む。けれどそれは俺のスキルの為では無く……。

影から飛び出したボガードの分体がスキルを阻み、またスキルに打倒されて消えるが……。


「甘いよ。その程度の奇襲で、オイラをどうにかできると思わないでほしいな」


ボガードがスキルで距離をとる。

即座に縮地を発動し、攻撃の手を緩めにままに念話で叫ぶ。


『っ!ゴールドスタイン卿が持っていかれました。多分奴の影の中!安全でしょうが、倒さないと回収は無理です』


『むぅ、ますます逃がすわけには行かなくなったであるか』


『アリッサさん!闇払い再度行けますか?!』


『……は……はいっ!30秒下さい!』


『了解!みんな、全力で押し切るよ!』


全員が一斉にボガードに向かうと同時に、周囲の魔物たちが輪を狭めるように動き出した。


「悪いけど、数で押しつぶさせてもらうよ」


「雑魚をどれだけ集めても無駄なんだよ!」


「それ、負ける悪役の台詞だよねぇ」


ほんとにヤカマシイなこいつは!

しかも体捌きが上手い!4人での連携が完ぺきとは言えなくても、一人一人の攻撃は見て躱せる速度じゃないってのに!


『闇払い行きます!!』


そして二度目の影の無い世界が訪れる。


「神薙か。頑張るね。……仕方ない」


「引かせないぜ!」


「ここまでやって引かないよっ」


ボガードが魔物の集団の中へ飛ぶと同時に……近くにいた2体の魔物に腕を突き刺した。

突然の行為に驚いたのは俺達だけでなく、魔物が苦しみに声を上げる。


「!?」


「影を封じられると、分れるのがちょっと遅いんだよね。だけど、身体の中は互いに不可侵でしょう?」


貫かれた魔物が動きを止め、それをぶち破る様にボガードの分体が生み出される。

……それも結構な力を秘めてやがる。本体の魔力量も揺らいだ雰囲気が無い。


「さて、オイラの増える速度について来れるかな?」


そう言って余裕の笑みを浮かべた。

……さすがに10万G級準ミリオンズ……一筋縄ではいかないか。


『……皆、露払いをお願いできる?奥の手も使って、全力でやる』


『……わかったぜ』


『サポートします』


『任されよう。大鬼斬りも同胞の活躍の場を奪う真似は控えろと言っているである』


三人の返答にうなづく。

俺の全力は、ちょっとサイズ的にあれで、近接がメインの3人とは連携しずらいんだ。


『文月、如月……弥生、全力で行くよ』


『任せとき!』


『いつでも大丈夫です!』


『う~!がんばります!!』


自我が成長した付喪神姉妹との連携。

コクーンの長老の試想結界で試しただけ、現実で使うのは初めてだが……ここで出し惜しみしても意味がない。


「ボガードッ!」


「……?おっと、どうしたんだい?」


「全力で、お前を滅ぼす!」


息を深く吐き、静かに吸う。

息を併せろ、呼吸を併せろ。

4つの意思を一つにまとめろ。


「いざ……勝負っ!!」


スキルの発動度同時に、視界がブレた。


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感染経路不明の胃腸炎を発症して数日寝込んでおりました。

が、しっかり休むと筆が乗りますね。年末に向けて頑張ります。


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