第358話 感染するモノ
魔物たちが引き始めている。それに気づいたのは、ウォルガルフを撃破してしばらくしてからだった。
最初に気づいたのは戦場を監視していた斥候。
アルタイルさん達が対峙している巨大スライム、コゴロウ達が対処しているヘラジカの化け物のほかに、もう一体いると思しき1万G級の魔物を監視していた彼は、その周囲で千G級の魔物が減っていくのを確認した。
『減っているのは召喚士やテイマーと思しき指揮官です』
『リーダー二人がやられて、分が悪いと判断したか』
石切り村は1度制圧された村なので、あちらとしては魔物の核となる財産は少ないと判断したのだろう。
ここへの攻撃は、ホクレン襲撃の際に挟み撃ちを避けるための予防的な進行だ。分が悪いのに人類側が有利なしかも守る価値のない防衛拠点を攻める理由は無い。
むしろあちらとしては挑発に乗らずにらみ合ったまますましたかったまである。
『逃がしてるのは転送を得意とする術者で将だと思います。どんな相手か分かりませんが、威力偵察をしてきます』
戦況は安定していて、まだこちらに大きな被害は出ていない。
ウォルガルフが弱い所を狙って崩しにかかるような戦い方をしなかったおかげだ。
魔物の
ほか2体もまだ残っている状態だが、仲間を信じて前に出る。
もしかしたら大規模破壊魔術を使うつもりで、その為に価値の高い魔物を逃がしている可能性もあるのだ。結界使いだった可能性も考慮しして、霞斬りを有する俺が対処するのが安全だろう。
魔物たちを切り開きながら戦場を進む。
鎧が防ぎきってくれてはいるが、遠距離から魔術が飛んできて被弾することもある。流石に数が多い。
アルタイルさん、コゴロウ達の叫びが念話で入ってくる。何とかなりそうだ。こっちに集中しよう。
縮地を連続で発動して距離を稼ぐ。
……
「見えた!」
魔物たち向こう側に、指揮官らしき存在が確認できた。
身体は小さい。人間位で、やはり術者……気づかれたかっ!
複数の魔術が放たれようとしている事が、魔力の流れで分かる。
避けるために縮地を発動し……ない!?高速移動の妨害!?
次の瞬間にはジャベリン系と思われる魔術が複数発動し、行きつく間もなく降り注ぐ。
「っ!」
「がぁっ!」
……っ!ああ、そうかい!見方も気にしないか!
届く範囲の魔物を叩ききって、
妨害がうっとおしいな!解放済みの
疾風斬りを使って、霞斬りで魔術を切り払う。
デバフにコストを割いてるなら、その間に走って距離を詰めるだけだ。
雨あられ路降り注ぐ魔術を打ち落としながら距離を詰める。
「邪魔だってんだよっ!ビット!」
側方に飛び出したビット達が、
さぁさぁ!ご対面だぞクソめっ!
「八面六臂のご活躍痛み入りますね。ワタル・リターナー殿」
それを取り巻いていた魔物たちが散って、フード付きのローブを被った魔物が歩み出て来る。
照明弾の明かりを受けて、鏡のようなソレの顔が銀色に輝く。
見たことがある姿。
「会ったことあるな。ノーフェイスだっけか?」
「覚えていただけたようで光栄です」
ウォール防衛線の時、カマソッツを倒した俺を魔物に成らないかと勧誘して来た奴だ。
たしかルサールカの配下とか言っていたと思うが、こんな所までご苦労な事で。
「いえいえ。確かに活動エリアはそれなりに分れていますが、大きな戦いの際は近くなら協力くらいするものですよ」
「相変わらず人の心を読むんじゃねぇよ」
顔が無いからこっちは表情も読めないってのに。
「術師が他人の配下って事は、プリニウスの部下は3体で打ち止めか?」
「皆さんお忙しいんですよ。ウォルガルフ殿が貴殿とやり合いたいというので付き合いましたが、あえなく敗北されてしまったようで。全く……」
そう言うと少し呆れたように肩をすくめる。
「ヘドウィグ殿はあっさりやられましたねぇ。スローグルクもソウルイーターも名前ばかりで役に立ちませんし、全く困ったものですね」
……アルタイルさんも、コゴロウも、対峙する魔物の攻略法を見つけたらしい。
「まあ、彼らは指揮官には向きませんし、知能も低いので致し方ないですね。精々時間を稼いでもらいたいところです」
「……それで、共食いしたカマソッツより明らかに魔力量が多いお前が2度目も逃亡準備か?」
「想定よりずっと分が悪い戦いのようですからね。直接戦うのは私の得意分野ではありませんし、二度でも三度でも必要なら逃げますよ」
「なら、今度は逃がさないぜ?」
霞斬りなら相手のワープ系高速移動をキャンセルできる。そして縮地の方が速い。
「まあ、そうでしょうね。致命傷に成らなくても、それなりにダメージを与えるだけ魔術が当たったはずなのにぴんぴんしてますし。どれだけ硬いんですか、まったく」
流石にHPは2割ほど削れている。ただ一発一発のダメージが大きくないから、行動には支障が無い。
ウォルガルフの蹴り1発の方が肉体的なダメージは大きかったくらいだ。
「貴殿相手に負け続きなのはちょっとまずいんですが、正面切って戦うのも面倒なんですよね。こちらに付く気が無いなら、クロノスで大人しくしてませんか?50年くらいなら不可侵条約を結んでもいいかも知れませんよ?」
「のーせんきゅーだな」
「そんなに魔物が憎いですかね?」
「ああ。どうしても俺を抑えたけりゃ、魔王の首でも手土産に持って来るんだな。それなら滅ぼすのは最後にしてやる」
「……殺しますよ?」
「おっと、やる気になったか?」
こいつの能力は幻術系のスキルと、おそらくワープ系の高速移動。
高速移動禁止のデバフもこいつの能力か?
「……やめましょう。本当に状況が悪そうですので、引かせていただくことにしますよ」
奴が片手を上げると、周囲を取り囲むように動いていた魔物が反応する。
「雑魚を集めても無駄だぞ?」
「ええ。なのでこちらの負けを認めて、私の能力の一端をお見せしましょう」
そう言うと顔無しはフードを取って、その姿をさらす。
「そう言えば……貴方の人形も顔無しでしたっけ?」
「今はこの鎧と共になったさ」
「ふむ。興味深い話ですが、またお時間があればお聞きしましょう」
その瞬間、ノーフェイスの周囲の魔力が動く。
縮地!
距離はほぼゼロ。疾風斬りを使った斬撃を避けるだけの時間は無い。
「
「っ!?」
俺の太刀がノーフェイスにとどくのと、それが膨れ上がるのはほぼ同時だった。
バンツ!!
ノーフェイスがはじけ飛ぶと同時に、人差し指ほどの針が周囲にはじけて俺は吹き飛ばされた。
自爆かよ!?
衝撃に転がる。
幸いにして針は鎧を貫くことが出来なかったようだ。フルフェイスのヘルムを貫くことも無く、わずかにHPへのダメージがあるだけだが。
「……なんだこりゃ!」
ノーフェイスが爆発した際には成った針は、周囲を取り囲んでいた魔物たちにも突き刺っている。
そしてその銀色の針が突き刺さった魔物たちが、銀色ののっぺらぼうへと姿を変えていく。
「
何処からともなく声が響く。
即座にサーチを発動すると、周囲一面をオーバーサウザンツ相当の魔力に囲まれていた。
こいつっ!自分を増やせるのか!
魔力が揺らめき、術が発動する予兆が周囲を覆う。
ヤバいっ!
次の瞬間、一斉にジャベリンが放たれる。
「がぁっ!?」
最初の数発耐えてデバフを解除し、縮地で爆心地から逃れる。
くっそ!死ぬかと思った!
地面がえぐれた爆心地には濛々と煙が上がっており、周囲の見通しは悪くなっている。
俺は近くに居たノーフェイスの首を撥ねると、そいつは急速に力を失ってそのままドロップに戻った。
恐ろしく脆い。
「風船人形かっ!」
先ほどの一斉攻撃で、既に感染した半数以上の魔力反応が消えている。
HPを回復しながら増えたノーフェイスに切りかかると、簡単に切り捨てて倒すことができる。
一体一体のHPはかなり少ない?
「仮初でも能力は私と変わりませんよ。それではごきげんよう」
またいくつかのノーフェイスが破裂して針をバラまく。
その針に当たった魔物たちがまた姿を変え、銀色の人型に変わっていく。
そしてそいつらもデバフやジャベリンを放ってくる。くぞがっ!
「がぁ!伸びろ!
敵は全方向に居る。
理力の
数は……減った!
そう思った瞬間にはジャベリンが飛んでくるが……それでも減る!?
ノーフェイスのコピーたちは、スキルを使うたびにその身体を崩壊させてドロップ品に戻っている。
感染症か!
どうやらコピーを作るための自爆にもそれなりの魔力が必要らしい。強化された魔物はその力に耐えられず、スキルを使うたびに身体が崩壊して自滅しているようだ。
周囲に力のある魔物が居なくなると同時に、感染した魔物が減っていく。
元々耐えられる強い魔物は逃していたのもあったのだろう。数分でノーフェイスの残骸はきれいさっぱり消え去った。
そして本体らしき反応は、どこにもなくなっていたのだった。
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昨日は急遽お休みをいただき申し訳ありません。明日も更新できるよう頑張ります。
現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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