第344話 付喪神の名前

壊れた石垣の修理は、人形遣いのスキルであっという間に完了した。

なのでバノッサさん達が返ってくるまでの間に、自分の出来ることをやってしまおうと、もう一つの受送陣を設置してコクーンへと渡る。出口は借りていた屋敷だ。


「あれ?お久しぶりです、ワタルさん。お戻りですか?」


転送先では数人の亡者が装備の手入れをしていた。

窓の外を見ると少し明かりが落ちてきている。時差があるのか。この世界も丸そうだな。


「ちょっとムネヨシさんに相談があって。最近見かけました?」


「自宅に居ると思いますよ」


この処は、俺の石斬り・霞斬りが想定よりずっと早く付喪神化した理由を調べているらしい。

彼らは経験値稼ぎのほか、その手伝いもしていて、今していたのはその武器の手入れだそうだ。


せっかくなので外に出られる亡者にも、クーロンの戦争参加希望者を募ろうと話を回してもらうようお願いする。

ずっとダンジョンに籠ってレベル上げと訓練ではマンネリ化するだろう。

想像していた通り、何人かは発露の試練までクリアできるようになっているらしい。これで戦力が増やせる。


「さて、ムネヨシさんがすぐ捕まると良いんだけど」


彼の工房は思いのほか静かだった。

しかし扉をノックして声をかけると、すぐにどたどたと足音がして『よく戻ったな。刀を見せろ』と再会の挨拶も早々に中へ引っ張られた。


「……やっぱり付喪神化してるよなぁ。……なんでだ? 刻印が自発するほど魔力の高まりも無かったはずなんだが……」


太刀を見ながらぶつぶつと何かを調べている。使っている道具は魔道具だろうか。

モノクルや小さなハンマーを用いているが、物体の中の魔力の流れは、魔力視が会ってもそうそう見ることが出来ないから、彼が何を調べているのかは外から見ても不明だ。


しばらく唸っていたが、結局のところどうなる物でもないと判断したのだろう。太刀を鞘に納めてこちらに向き直ると、『待たせたな』と太刀を返してくれた。


「まぁ、立ち話は何だし座って……はいるが、ずいぶん早い戻りじゃねぇか。何かあったか?」


「話が早くていいですね。付喪神化と、こいつらの性能についてです」


態々コクーンに戻ったのは、石斬り、霞斬りがウォルガルフを切り裂くことが出来なかったためだ。

特に石斬りは、ダンジョンのゴーレムを容易く両断する力を発揮できる。ここを発つタイミングでは、守護兵ガーディアンを魔術的補助なしで両断できるほどの性能を出していた。

山陸亀の甲羅だって容易く切り裂く。にもかかわらず、ウォルガルフの甲羅を切り裂く事が出来ていない。


「なるほどな」


「俺の力が足りないと言われればそれまでなんですが、太刀の性能を引き出し切れていない可能性も感じまして」


なにしろ、太刀も鎧も付喪神化したとは言われたものの変化は感じていない。

鎧の方は確かに防御力は上がっているが、言ってしまえばそれだけだ。


「難しいな。その様子だと、まだ鎧の方とも意思の疎通は出来ないんだろ?」


「むしろ、鎧と意志の疎通をどうやってするのか教えて欲しい所ですね」


こいつらに意思があったとして、どうやって発声するのさ?

音は空気の振動だから、頑張って震えれば声になるのか?


「いや、念話チャットとかあるだろ。振動でも良いが、そっちの方が速いぞ」


……なるほど。しかし念話で話すとなると、こいつらが念話の術式を発動させる必要があるのか。

……それはどうなんだ?難易度高くないか?


「あとは……そうだ、名前は付けたか?」


「名前?」


石斬り、霞斬りって名前があるじゃないか。


「それは素体の名前だろう。お前さんの鎧も、もうフェイスレスじゃねぇ。それと同じだ。もともと付喪神は意思のある道具、あるいは道具に宿った意思だが、より深くつながるなら『名づけ』は選択の一つだな」


「愛称みたいな物ですか?」


「どっちかっていうと真名に近い。人類に例えるなら種類、つまり太刀や鎧というのが種族。石斬り、霞斬りってのは名字とか氏みたいなもんだ。元の刀匠が同じ素材を使えば同じものが出来る。だが、その太刀や鎧がした経験は同じになる事は無い。つまり、お前さんが使ったその変遷が、付喪神としての個を生み出してる。それを表すのが名があると良い」


「なるほど。……どんな名前でも良いんですか?」


「既にそいつらに意識があるからなぁ。これまでのお前と周りのやり取りから学習していれば、好き嫌いはあるかも知れんが、なんとも言えん。とりあえず、候補を上げてみたらどうだ?何か反応があるかも知れん」


「候補ですか」


石切り……霞斬り……石……霞……カスミ? で、石と。


「ふむ。それなら霞斬りはそのままカスミ。石斬りはタケシですかね」


そして鎧はサトシかな。


「……ダメだそうだ」


「速攻否定!?」


「なんか邪念が混じっただろ?」


「いや……そんなこと無いですけどね」


ネタだなぁとは思ったけど。

そう言うの察知するの? 天啓オラクルさんも含めて、心を読むのはやめてもらいたいんだけどなぁ。


「……じゃあ、生まれた月から、石斬りは睦月、霞斬りは如月、鎧は弥生でどうでしょう」


鎧の方は3月生まれか4月生まれか悩む。


「……意味は分からんが、良さそうだな」


ムネヨシさんが何をもってOK、NGを判断しているのかも教えてもらいたいところ。


「この場合、フルネームはどうなるんですかね。陽刀・石斬り・睦月とかですか?」


「呼び方はそのままでいいと思うぞ。念話で名付けた名前を指定して読んでみろ」


そう言われたので、普段通り念話チャットを発動して彼ら(彼女ら)?を指定する。


『えっと……睦月?』


『……………………』


返事はない。だが、確かに意図しない魔力の脈動を感じた。


『……如月』


『……………………』


こちらも同じく。反応として帰ってくる魔力の流れにも違いがある。石斬りは力強く脈打ち、霞斬りは優しく包み込む感じ。


『……弥生』


『……………ぁ……』


「あ!……いま鎧の……弥生だけ、少しだけ声が聞こえました!」


「そいつは良かったな。別に太刀二刀は話す武器にしたいわけじゃないだろうが、力を引き出す時に話しかけてやるのは一つの手段だ」


なかなか難しいな。剣とか鎧に話しかけるって、何を話せばいいんだろう。

コゴロウは大鬼斬りに話しかけているはずだが、どうしてるんだろうな。ちょっと聞いてみよう。


「どれだけ力を引き出せるかは分からないが、気にかけてやるんだな。そいつらが分だけ、その力は大きくなるだろう。だが、無理をすればその反動も生まれる。大事に使え」


「ありがとうございます」


少しだけ、この新しい装備たちの使い方が分かった気がする。


「必要だったのはそれくらいか?」


装備については、少しとっかかりが出来た。

ただ、これでウォルガルフや混沌の獣カオス・プリニウスに対抗できるかは未知数だ。


「……もう一つ、ちょっと相談したい物があります。出来る限り人目につかない場所でやりたい事があるのですが、地下を借りられませんか?」


ムネヨシさんの工房には、資材置き場として使っている地下室があったはずだ。


「ん、ここは人がそう多くないし、どこでも良いと思うが?」


「……亡者も含めて、人類には見せたくないモノがありまして。逆にエルダーには見てもらった方が良いかも知れないモノですが」


「……ふむ。お前さんがそう言うなら長の所に行くか。のぞき見防止ならそっちの方が良いし、長に話を聞いた方が良いかも知れん」


俺の提案にきな臭いモノを感じたのだろう。ムネヨシさんはそう提案してくれた。

幸いにして念話で長が捕まったそうなので、連れ立って長の家に向かう。

……何事も保険は大事。

使うことが無い事を祈りながら、どこから説明するかを悩むのだった。


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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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