第323話 ホクレンの戦い3

魔術師の役割というのは、基本的に前衛のサポート兼火力である。

前衛が露払いをしている間はバフやデバフひ当たる強化・妨害系の魔術で前衛をサポートし、ボスに当たる強敵に対しては、前衛が作った隙を狙って高火力の魔術を叩き込む。

アルタイルの戦い方は基本的にセオリー通りであり、亡者仲間が誰であっても的確に指示を飛ばし、仲間を活かして効率的に魔物を狩っていくスタイルだ。


それに対して、バノッサの戦い方は異例と言っていい。

元パーティーの仲間であり最も頼れる前衛であったバーナード・ウィルスを失った後、10年近くほぼソロを続けてきた彼は、独りで戦う事を見据えた戦闘術をくみ上げていた。


「早い者勝ちになるってなら、俺も行かせてもらうか」


収納空間インベントリから取り出したMP回復ポーションを飲み干すと、彼は自身にバフ魔術を発動させてAGIとDEXを上昇させる。


「え、行くって?」


バノッサの前衛を引き受けた亡者の一人が戸惑いの言葉を返す。

魔物は目の前に迫っていた。それを悠長に返す彼ではない。

元々一人で前衛紛いの戦い方をしていた。それもINT重視のステータスをバフと技術で補ってだ。

それがワタルと合流して、サムライのマスターとなり近接2次職前半のステータスを得た。ならば躊躇う事はない。


彼は自分の目の前に強風を発動させると、迷わずその中に飛び込むと地面を蹴った。

背後からの強烈な追い風を受けて、一気に加速。その速度は易々と物理限界を突破する。

バノッサへの追い風は、すなわち魔物たちにとっては向かい風である。吹きすさぶ強風の中では、矢や石弾などの質量を持った攻撃は意味をなさない。

彼は手鹿な集団に得意とする火炎球ファイアーボールを叩き込む。


炸裂し、上がる紅蓮の爆炎。しかし敵も簡単にはやられたりしない。見え見えの遠距離攻撃など100G級でも防いでくる。

そもそも殆どの魔術は着弾と共に効果を発動させる。そして質量を持たない魔術であれば、発動地点から離れれば離れるほど威力を失う。一団から離れたところに発生した盾によって発動させられてしまえば、いくら3次職のINTを持っても致命傷には成らない。


当然そんな事は判っている。これは目くらまし。

バノッサは短距離転移ショート・ジャンプで敵集団の背後にワープすると、目の前のゴブリン頭をむんずと掴んだ。


魔素吸収マナ・ドレイン


自らの命でもあるMPを吸われたゴブリンが叫びをあげる。

それに気づいて振り向く一段。その動きは遅すぎた。


掴んだゴブリンを叩きつけて一体を吹き飛ばし、殴ると同時に発動した火槍が近くにいた1体を灰に帰る。

一斉に発動する敵のスキル。それに向かって掴んでいたゴブリンを叩きこむと同時に至近距離から火炎球ファイアーボール。数体をまとめて吹き飛ばす。


残ったのは1体だけ。おそらく1000G級と思われるオークの剣士。

次の瞬間、影から伸びた刺がそれを串刺しにした。消えてなくなるのを待つ事は無い。


振り向きざまに強風を発動。彼に向かって降り注ぐ攻撃を吹き飛ばし、自身は風に乗って駆ける。なるべく強い方へ。経験値になる方へ。

アーニャは弱い方から狙うと言ったが、是が非でもレベルを上げたい彼はそれに付き合うほど穏当ではない。


「あれが美味そうだ」


視線の先には7体しかいないと言われた1万G級3体。

おそらく1体は攻城戦のためのスキルを有した魔物だろう。残りの2体が護衛の前衛と術者と想定する。


1体はハルバートを構えたケンタウロスタイプ。全身を金属鎧で防御してて、前衛と思われる。

真ん中に居るのは、巨大な牛に跨ったミノタウロス。大槌を抱えているからこいつが攻城兵。そしてその牛とにちょこんと座ったのはゴブリン魔術師か。

ミノタウロスとゴブリンが相乗りする牛は数千Gクラス。美味しい。


倒せるかは考えない。倒す、ただそれだけ腹をくくって突っ込む。


「この戦場には愚か者が多いと見える!」


身構えるケンタウロスの叫びを無視し、自らに炎の守りフレイム・ガードを発動。冷気から身を守り、熱と光をMPに変換してくれる防御魔術。

物理的な防御力は無いため使い勝手が悪いとされる術ではあるが、その耐熱効果は中級魔術としては破格である。そして彼が好んで使う術の一つでもある。


火炎暴風ファイア・ストーム


その瞬間、自らを含む周囲一帯が炎の嵐に包まれる。

予想しなかった術の選択に、ゴブリン魔術師の防御が間に合わない。展開された壁を回り込むように、敵の集団も炎に包まれた。


「がぁ!?」


灼熱の業火が辺りを包む。魔物たちが身をかがめて防御に徹するその瞬間、短距離転移ショート・ジャンプで牛の真横に転移すると、拳を叩き込んだ。

炎槍ファイア・ランス炎投槍ファイア・ジャベリンの連続起動。吹き飛んだ牛の魔物は、追撃のジャベリンを受けて霧散していく。


「ちっ!やっぱすぐに対応してくるか」


騎獣を吹き飛ばしたところで、荒れ狂っていた炎が収まる。魔術無効化ディスペルによる無効化である。ダメージは与えただろうが、それで倒せるほど弱い相手でもない。


「死ねっ!」


一瞬の躊躇も無く、全力で振るわれるハルバート。衝撃波をまとったそれを、バノッサは避けない。

彼の闘いは意表を突き、隙を作り、そして圧倒的力で押し切る。だから無謀ともいえる行動、すなわち、振りぬかれるハルバートに向かって手を突き出す。


灰塵へ還す手アッシュ・ハンド


それは厳密には力ある言葉キーワードではない。

発動したのは火炎放射フレイム・スロワー。INTに応じ、数十メートルに高熱の炎を放射して周囲を焼き払う中級魔術である。

本来は遠方へと延びるその魔術を、バノッサは極端に効果範囲を狭め、1メートルを切る範囲に集中させたオリジナルの術。それは赤から青へ、そして白く輝く。


「!?」


疑似的物質であり、見た目通りの金属的特性を持たないはずの魔物武器。そのハルバートが白い閃光に包まれると同時に、跡形も無く消失する。あまりに高温の魔力の渦に、その形を維持することが出来なくなったのだ。

その威力は上級魔術を軽く凌駕していた。


広げた手を握り込んだその動作に合わせて、ケンタウロスの身体が5つに分断されて燃え上がる。1万Gに届かんとする魔物にしてはあっけない最後。

それを見て残り1体は覚悟を決め、1体は逃げを決めた。


短距離転移ショート・ジャンプ!」


ゴブリンは転送魔術を発動し自らを安全圏へ逃がす。


「飲み込み砕け!次元破衝……ディメンション・ブレイ……!」


ミノタウロスは城壁へ放つはずだった伝説級の一撃を叩きつけようと振り下ろし……。

あるいは、2体が息を合わせる事があったなら、成功していたかもしれない。


炎剣ファイア・ソード


灰塵へ還す手アッシュ・ハンドに重ね掛けされた剣は、その白い刀身を伸ばす。

その剣はミノタウロスのスキルが完成する前に、下から上に奔り抜けた。攻城戦に特化した魔物に、それに耐えるだけの力は無い。


ゴブリンの魔術師が見たのは、ミノタウロスが真っ二つに裂けて消える姿だった。


仲間を、ゴブリン魔術師はアレを倒せる魔物を探す。他の1万G級が近くにいるはず。術者が複数集まれば、魔術無効化ディスペルで無力化できる。そうすれば術者など取るに足らない。

そう思って一瞬、バノッサから意識をそらした。


次の瞬間、ゴブリン魔術師の上半身が消失した。そして運悪くその背後にいた魔物たちも。


再魔砲リユース・カノン


それは賢者が覚える数少ない上級魔術の一つ。

極めて短い詠唱の代わりに、単体では威力を持たない欠陥呪文。周囲に満ちる、かつて放たれた魔術の影響を収集して攻撃へと変換する魔術。

ワタルが考案し、タリアが生み出した爆発ボムと同系統のその術は、火炎暴風ファイア・ストームから炎剣ファイア・ソードまでの間に発生した熱を光へと変え、ゴブリン魔術師をその背後のものどもごと消滅させた。


多彩な魔術と、それを自在に使いこなす才能。

若くして3次職に至った者が、仲間のためにつぎ込んだ全力は、周囲に灰を振りまくのみ。


「……さて、次は?」


そうして何事も中たように次の獲物に狙いを定め……。


『魔物の中に子供をコアにされたのが居る!』


アーニャの叫びに我に返り、足元に目を落とし……。


「うわ、マジかよ」


彼女と同じように、倒れた子供を慌てて抱き起すのだった。

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□賢者

魔術師系2次職で、転職には素質を持つか、3種類以上の魔術適正を持つものが魔術師と魔導士の双方を修める必要がある。

30レベルで初級魔術ビギナーズ・マギ、50レベルで中級魔術セカンダリ・マギというスキルを取得し、そのクラスのすべての魔術が発動可能になる。(このスキルで使える術が【魔術】と定義される一つの指標に成っている)

また、他の術師に比べて2次職で覚える上級魔術、3次職で覚える伝説級魔術のレパートリーが少ない上に癖があって使い勝手が悪く、代わりに消費MPを減らすスキル、MP回復を向上させるスキル、魔術を詳細にコントロールするスキルなどを覚える。

膨大な術を使えるようになるが、使いこなせるかは術者次第。


現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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