第318話 再会のバノッサ

「お久しぶりです、バノッサさん。ずいぶんとましたね」


「てめぇ、言うべきことはそれだけかっ!」


ウォールについたその日の晩、日が暮れきったころにバノッサさんが拠点へと顔を出した。

彼の外見は初めて会った時の30代前半の容姿から、赤毛の特徴だけを残して20代前半、こちらの感覚だと10代で通じるくらいまで若返っていた。無精ひげも無くなっている。これは剃ったか。

久しぶりの挨拶にと、事実を告げたら秒でキレられたがこれ如何に?


「なに?何事?!」


「タリア、気にしなくていいよ。恩師が叫んでいるだけだから」


「そのセリフにだいぶ無理がある事には自覚しなさい」


「おっと、すまねぇお嬢さん。ちょっとその非常識を貸してくれ。いろいろと話がある」


「え、あ、はいはいどうぞ」


そんなホイホイ貸し出さないで欲しいんだけど。


「こい、内緒話用の部屋を作ってあんだろ。いろいろと訊きたい事があるから行くぞ」


「はいはい、付き合いますよ」


バノッサさんが時の賢者になるまでの話も聞きたいし、それには誰も聞いていないほうが良い話題もある。

小音化の掛かった応接室で、、ドカッとソファーに腰を下ろしたバノッサさんの前に座る。


「色々聞きたい事はあるが、まずは順番にだ。てめぇ、この状況知って居やがったな?」


「若返ってることですか?ええ、もちろん」


バノッサさんと別れる前、俺は時の賢者の資質を手に入れるために10年分の寿命を差し出す必要があると伝えた。10年というのは一区切りという意味合いで、まぁあまり大きな意味は無いらしいが、それはさておき。


魔術師の国であるニンサルには、魔術の塔と呼ばれる15の塔がある。魔術師たちが謳う属性に応じて建てられた魔術の塔だ。

その一つ、時の塔にはクロノスの時間迷宮から持ち出された時のクリスタルがシンボルとして掲げられている。時の魔術関連の素質は、これに祈り代償を差し出すことで得ることが出来る。


その素質を有した状態で、時の迷宮にあるモニュメントに祈ると時の賢者に成れるわけだが、その際にもう一つ条件がある。それがバノッサさんが若返っている原因だ。


「無事に時の神に見初められて、使徒に成れたようで良かったです」


時の神は人類に対して平等だ。逆説的に、誰に対しても加護を与えない。それもなお、加護を貰うと言うのなら、それは今ならこう表現できる。すなわち、人類を辞める事であると。

バノッサさんは時の賢者になる際に、疑似的にではあるが進人類ネクストと類似した刻印を施された推測できる。集合知に有る知識では、恩恵特別扱いは若返りと長寿化として記録に残っている。そしてその恩恵を得られるのは自らたどり着いた者のみ。その恩恵を知っている者に、加護は与えられない。だからこそ、どうなるかは話せなかった。


「時のクリスタルに祈った後、こっちがどんだけ覚悟決めて挑んだと思ってやがる。文句ぐらい言わせろ」


「悪趣味なのは俺じゃなくて神様の方ですよ。……それで何をしろって言われました?」


神の使徒になったからには、神から授かった命があるはずだ。


「使命は時の迷宮を攻略しろ。後は、いつもどおり魔王を倒せってだけだよ。むしろ拍子抜けだ」


「いつも通りですね」


迷宮攻略が入っているのは、おそらく進人類ネクストを増やしたいからだろう。


「迷宮の方は、奥に進んでみたんだが今の俺じゃ突破出来なさそうだったから戻ってきた。いつまでとは言われてないからな」


「いつ愛想つかされるか分かりませんが、忘れてなければ平気でしょう」


記録によると、神に見放せされた場合は風化して灰となって消えるらしい。その人が生きた時間の清算なのか、それとも無理やり刻んだ刻印の反動なのか詳しくはわからん。


「まぁ、おめでとうございます。これでバノッサさんも魔王討伐組の一人ですね」


「それは端から……お前さんにヒントをもらった時からそのつもりだよ。それ以外にも聞きたい事が山とある」


極めし者マスターの件ですか?それともニンサルから出る際に揉めたらしい原因?……どっちも同じ流れか」


俺はバノッサさんが旅立った後、何があったかを順を追って話していく。


「はぁ?!エリュマントスとやり合った!?」


「やり合ったと言うか、倒しました。奴のドロップがタリア……さっき出て来てた彼女で、その経験値で極めし者マスターになりました」


どうやら四魔将討伐の話とマスターの話は別々に伝わっているらしい。

いくら人類初の極めし者マスターであっても、1万G級オーバーサウザンツ以上の魔物を討伐したと言うのは眉唾らしい。


「クロノスに来てから二度やり合ったことがあるが、あいつはおそらく10万G級準ミリオンズの後半だぞ。まともに戦える相手じゃなかったたろ」


……最近魔物の強さに疑問が湧いてたが、あいつそんなにか。

勝てたのは本当に運が良かったんだな。意表を突くって大事だ。


「それでその戦いの時、俺と臨時パーティーを組んでいたエトさんと言う魔術師が、復唱法をアインス領内で教えました。賢者の弟子に教わったと話したそうです。ちなみに俺はバノッサさんから魔術を習いましたとしか言ってません」


「やっぱ悪いのおまえしゃねぇか!」


責任が無いとは言ってない。感じては居ないけど。

その後は王都に呼ばれて、道中でブギーマンに襲われた話。付与魔術師エンチャンターとして封魔弾と名付けたエンチャントアイテムを売りつつ、貧民街で犯罪組織ミラージュの人身売買に首を突っ込んだ話。国王と会って特使に任命された話。錬金術と合わせて装軌車両を開発た話。ウォールから東群島への旅と、死霊術師への転職。邪教徒との闘い。そして飛行船。

話せるところは大体話した。


「よくもまぁ……お前と最初に会ってからまだ1年も経って無いだろ」


「バノッサさんだって、アインスからニンサル往復して時の迷宮攻略してウォールですよね?生身で旅する速度じゃないです」


深く考えてなかったけど、アインスから西に行った山脈は険しく、滞在できる都市も少ない。しかもニンサルまでは、クロノスの王都ヒンメル~南端ウォール間より距離がある。普通にソロでの踏破とか無理があるだろ。


「俺は良いんだよ。コレでも3次職の賢者だぞ。ポーション飲みながら飛べば大した問題じゃない。むしろ時間をかけちまった位だ」


……これだから脳筋術師は。


「そちらはどうだったんですか?」


「ニンサルまではひと月くらいかかったかな。そっから時の塔入るための手続きに2カ月かかったか。祈って素質が増えてるのを確認して、その日のうちに戻るルートに乗ったんだが、国を出るところできな臭い感じで待ったがかかったわけだ。もちろん、無視して突破したんだがな。その後、途中の街で魔術師ギルドに手配書が回ってることが判明した」


「あ~、指名手配犯に成りましたか。ご愁傷さまです」


「お前の所為だろ!……ちょっと口が軽いのから聞きかじった話じゃ、ギルドにかなりのクレームが行ったらしい。クロノスだけじゃないぞ。リャノ、クーロン、幾つかの都市国家。中央山脈を挟んで東側からの連名だ」


「暗にニンサルへのクレームですね。東大陸国家連合の会合か何かで調整されたかな」


その辺の政治的な話はノータッチだが、それなりにあり得る話だ。

国家間レベルの連絡であれば、地球で言うリモート会議のようなものを実現する魔道具と術が存在している。アインスでも王都でも復唱法について深くは探られなかったのだが、責任の所在がはっきりしたからかな。


「バノッサさん捕まえてどうするつもりなんですかね」


「知らねぇよ。だが実際に一度山賊まがいの賞金稼ぎに襲われたぞ」


「大丈夫……だったんでしょうね」


「全員ボンバヘッドにして、依頼主に中指立てて来いって追い返した。どうせトップは大賢者の糞野郎だ」


「政治にも体制にも興味ないんで、あまり興味のない話ですね。ちょっかいをかけて来なければ放置でしょう?」


「ああ、そのつもりだ」


集合知のおかげでニンサルには行く必要が無い。

魔術師どもが迷宮から落ちだした異物も、分かっているのは『時のクリスタル』ともう一つ、天空の迷宮に合った『空のクリスタル』。どちらも貴重ではあるが俺には不要だし、誰かに使ってもらう必要もない。


クリスタルってのは巨大な魔石らしい。神界との通信機の役割もはたしていそうだけれど、人類にとっては今の所、権威以外の価値はなさそうだ。属性の名前が付けられているが、どんな意味があるかはよく分かっていない。

どちらにせよエルダーたちと知り合った今となっては、頼ることは無いだろう。


ちなみに、技術迷宮に有った『炎のクリスタル』があしらわれた鎚は、長い戦乱で行方不明。西大陸の豊穣の迷宮には、今も『土のクリスタル』が鎌が掲げられている。


「今後はどうするつもりです?」


「レベルが足りねぇから、お前さん次第でクーロンに行くつもりだった。2次職には成ってるだろうが、中央に打って出るのはまだ先か?」


「ええ。3次職までは進めるようになりましたが、邪教徒の件もありますからね。クーロンの戦争に参加して、その後はクトニオスで邪教徒を叩きます。中央に向かうのはその後ですね。……一緒に来ますか?」


皆に相談しなきゃいけないけど、バノッサさんが加わってくれるとかなり嬉しい。

アルタイルさんより経験豊富で、実力も申し分なく、亡者と違って制限も無い。それに賢者が増えればパーティーを分割して行動するのも視野に入って来る。


「お前さんの仲間が良ければそのつもりだ。こっちも昔の仲間には連絡したが、集まるかはわからん。皆、故郷やスカウトされた国で要職についていたりする」


「……バノッサさんの故郷ってどこです?」


「俺は南大陸の出なんだよ。俺とバーニィ、それにアイリスとダニーは南大陸出身で、それ以外の仲間は東、西を回って中央に渡る道中で加わった。今、東に居るのはクーロンで将をやってるはずのホアンだけだな」


「……クーロンは厳しそうですね。むしろこちらが助けになる必要があるかも」


「ああ、そのつもりだった」


なら、とりあえずはクーロンか。

俺がバノッサさんに提示できるのは、クーロンの戦争に参加するか、時の迷宮の攻略を勧めるかの二択。

時の迷宮の攻略は、魔力視と魔力制御を得てからでないと意味が無い。そうなると誰かのキューブを貸して、道中トレーニングに励んでもらったほうが効率的だ。


「それじゃあ、みんなに紹介しますよ。……あ、一人飛行船にいるか」


コゴロウにも来てもらわないと。

……それから話し切れていないコクーン絡みの話の意識合わせも必要か。

想起リメンバーを使って重要な事を忘れていないか確認しつつ、どの順で進めるかを頭の中で整理していくのだった。


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□雑記

そんなわけで、一緒に行動していなかったものの一番最初の仲間であるバノッサさん、ようやく再開です。

ほんとは中央大陸での合流予定でしたが、彼のスケジュールとイベントでこのタイミングに成りました。


先日5話を公開したスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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